シニア目前、主婦でミニマリストなブロガー筆子が、断捨離と節約をして「老い支度」に励む日々をつづっています。

考え方のクセを変えて「捨てられない人」から「捨てられる人」になる方法



捨てられない」という考え方のクセを変える方法をお伝えします。

断捨離の壁はいろいろあります。自分がせっせと捨てているのに、家族がたくさん物を買ってくる、とか、あまりに物が多すぎて手をつけられない、とか、家事や仕事が忙しくて、断捨離なんてやってる暇はない、とか。

しかし、断捨離できない理由は、実のところ家族でもなく、ガラクタの量でもなく、仕事でもありません。それらは言い訳にすぎないのです。

断捨離にはばかるもっとも大きな壁は、自分の「捨てられない」という思い込みです。この思い込みさえはずせば、断捨離はさくさく進みます。

「絶対捨てられない!」と思ったその時こそ、捨てるチャンスです。

そもそも全く捨てることが念頭にない物なら、「捨てようかどうしようか」とは思わないもの。「捨てようかな」と思った時点で、心の奥底では、「これは捨てるべきだ」と、わかっています。

だた、捨ててしまうと、自分の世界が変わりそうで恐ろしいから、捨てたくなくなり、いろいろ言い訳をするのです。

「捨てられない」と思ったら、「いや、でも、ひょっとして」と、ガチガチになっているその頭を少しほぐしてみましょう。

以下に、よくある「捨てられない」局面4つと、捨てられる考え方を紹介します。
捨てられない女

1.これは記念の品だから捨てられない

30年前、大学の卒業旅行で買ったイタリアのピサの斜塔の置物を手にしてこう思ったとします。

この反応をもっと細かく、客観的に分析してみてください。

「この置物、特に好きでもないし、私の人生をよくしてくれてるわけでもないけど、まだ持ち続けるの。だって、イタリア旅行の記念の品だから。記念の品は、たとえ今の自分にとって何の価値のないものでも、ずっと持っているべきよね。

だって、イタリア旅行は私の青春の思い出だから。このピサの斜塔は私の輝かしい青春の象徴なのよ。

もう終わった過去の遺物だけど、ずっととっておくの。そうすれば、旅行のことや、若かった自分のことをずっと覚えていられるから。

もしこのピサの斜塔を捨ててしまったら、大切な思い出も消えてしまうわ。だから絶対捨てちゃダメ」。

この独白からわかるように、あなたは、過去にしがみついています。そばにいる猫にこのピサの斜塔を見せれば、それは単に古ぼけた置物にすぎません。

しかし、「昔旅行で買った事実」があるだけで、あなたにとってピサの斜塔はものすごく影響力のあるものになってしまったのです。

あなたは、過去のおみやげにしがみつくことで、このピサの斜塔にとんでもないパワーを与えています。

ピサの斜塔だけでなく、その隣のエッフェル塔にも同じことをしているかもしれません。自分で置物に力を与えて、それが自分に跳ね返り、がんじがらめ。過去にしばられ、今の生活を楽しむことができません。

これから来るであろう楽しい未来のことも視野に入りません。今の生活より30年前のピサの斜塔のほうが大事なのです。

ずっとピサの斜塔が棚にのっているから、何も新しいものは入ってこないでしょう。

こんなふうに考えてください。「旅行は楽しかったわね。今ピサの斜塔を見ながら、さんざん思い出したわ。でも、もう1分したら、これは捨てましょう。

だって、思い出はピサの斜塔の中にあるのではないから。大事なことならみんな私の心が覚えているわ。

私は過去じゃなく、今このときを楽しみたいの。これ以上ほこりだらけのピサの斜塔と一緒に暮らすのはやめましょう。アッディーオ」。


2.これはすごく高かったから捨てられない

今度は、お皿を手にしています。「このバラのついたマイセンのお皿。5万円もしたのよ。これを捨てるなんて、ありえないわよね。だって5万円よ。

ふだんは全然使ってないし、お花のデザインってなんか好きになれないから、ここ15年食器棚の奥のほうに入れっぱなしだけど、やっぱり捨てるわけにはいかないわ。ヤフオクとかメルカリに出したら、10万ぐらいで売れそうだもんね」。

こんなふうに言うものの、フリマやオークションに出す気は全くありません。そんな面倒なことをする気は毛頭なく、単に捨てたくないから、「もし売ったら、高く売れる」という言い訳を思いついたのです。

私の母の捨てない言い訳にもこの手のものが多かったです。

自分は使ってないので、自分にとってはこの皿の価値は0(ゼロ)です。

このモノローグの意味するところは、自分にとっては全く価値がないのに、手放しはしない、というのもほかの人にとっては10万円の価値があるはずだから、というもの。

あなたは自分の価値観より、人のつける値段に重きを置いています。自分がどう思うかよりも、他の人がこの皿をどう思うか、社会的にこの皿にはどんな価値があるのか、そんなことのほうが大事なのです。

完全に他人のものさしではかっています。

自分の持ち物を他人の価値観ではかるのは危険です。なぜなら、このお皿をはじめ、他人にとって価値のあるものがたくさんガラクタになっている場合、あなたは他人がいいと思うもののために、住空間を圧迫し、他人のために家賃を払っているようなものだからです。

「高かったから捨てられない」と思ったら、こんなふうに考えてください。

「本当に10万円で売れるのか、まずはヤフオクで調べてみましょう。もし10万で売れそうなら、実際に出品して、10万円手にするわ。

もし売れそうになかったら、毎回皿を見るたびに、捨てようか、どうしようかと悩むのにも疲れたし、そもそも食器棚がいっぱいで使いにくいから、YWCAのクリスマスのバザーに出すことにしましょう」。

他人の価値観に引っ張られがちな人はこちらもお読みください⇒「値段が高かったから」といって捨てないとガラクタは増える一方~断捨離マインドを鍛える

3.これは贈り物だから捨てられない

次に手にしたのは、ピンクと黄色のしまのストールです。3年前、友だちから誕生日プレゼントにもらいました。

しかし、色合いが今1つ好みではないし、そもそもストールはあまり使いません。そのため、2,3度着ただけで、タンスの中にしまってありました。

「全然使わないし、好きなストールじゃないけど、捨てるわけにはいかないな。だって、友だちのE子さんからもらったんだもの。

もし処分してしまったらE子さんの好意を傷つけることになってしまう。だから、使わないけど、タンスの中にこうしてずっと入れておきましょう。

ストールだから、そこまでかさばるわけじゃないしね」。

このモノローグの意味するところは、「私は、自分の暮しよりも、誰かほかの人の幸せを優先するのよ。と言っても、はたして私がこれを持っていることが、E子さんを幸せにするかどうかは、全くわからないのだけど。

それに私、友情や愛情は物にかかっていると思っているのよ」です。

「贈り物を捨てたら、相手に悪い」と言って、断捨離をしない人が多いのですが、このとき、本当に相手の気持ちを尊重しているのでしょうか?

本当に相手に悪いと思うのなら、しまいこまずに出して使うべきです。自分で使うことができなかったら、誰か使う人の手に渡したほうがその「物」も浮かばれるというもの。

それに、贈った人は、自分があげたことなんてたいてい忘れています。仮に覚えていたとしても、「自分があげたから、使わなくても一生持っていてね」なんて、願い(怨念?)をこめてくれる人は普通いません。

そんなふうに友だちを縛るのはきわめておかしなことです。自分が好きでもない、使いもしないものを単に誰かの機嫌を取るためだけにとっておくのは、かえって健全な友達関係を損なってしまうのではないでしょうか?

「くれた人に悪いから捨てられない」と思ったらこう考えてください。

「私にとって本当に価値のないものは手放そう。その人がくれたものを使わずにいつまでも持つことが友情の証なんておかしなことよ。

信頼や好意があるから友情は生まれる。ストール1枚でこわれるような友情は、最初から友情じゃなかったんだ」。

それでも捨てられない人はこちらをお読みください⇒人からもらった贈り物を捨てる3つのコツ、罪悪感を感じる必要なし

4.そのうち使うかもしれないから捨てられない

次に手にしたのは大学のときに使っていた教科書や本、そして専門書。今のあなたは主婦なのでこうした本は全然使っていませんが、まだ持っています。

「本がたまってすごく邪魔だけど、捨てられないわ。だってまたいつか読むかもしれないもの」。

この言葉の真に意味することは、「この本には使いみちがあるわ。たとえめったにその機会が来ないとしても。そんな時がくるのは、30年先か50年先か、もしかしたら私が死んだ後かもしれないけど。

とにかくいつくるかわからないその日のために、卒業以来1度も手にしていなかった本をずっと取っておかないとね」。

使ってないのに家にあるものをガラクタと呼びます。ガラクタでも物は物ですから、使うことはできます。

しかし使うためには1つの大きな条件があります。

それは「実際に誰かが使う」ということ。そうしなければガラクタはずっとガラクタのままで、「有用な物」にはならないのです。

家に物がいっぱいなのは、こうした「いつか使うかもグッズ」をすべて取ってあるからです。

そのため、本当に使うときが来ても、さっと取り出せないという皮肉なことが起こります。

ためしに「いつか使うかも」とぼんやり思うものを全部排除してみてください。それはもうスッキリとした「何もない部屋」が生まれます。

「いつか使うかもしれないから捨てられない」と思ったら、こう考えてください。

「季節ものは別にして、ほかの物は月に1度使わなかったら手放しましょう。そうしないと、いつまでたってもガラクタがなくならない。

もしこの先何かが必要になったら、そのとき考えればいいわ。買うこともできるし、代用することもできるし、借りることだってできるから」。

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多くの人がガラクタを捨てられないのは、ガラクタを捨てると、自分や自分の生活が少し変わってしまうからです。

人間は現状維持が好きです。現状維持のほうが、毎日の生活の流れがだいだい予測できるので安心なのです。

コンフォートゾーンにいたいわけです。

別に今のままガラクタに埋もれて、「物のたくさんある暮し」「物がいっぱいあって身動きできない暮し」を続けたいのなら、現状維持をしてもいいと思います。

あまり無理をせず、「いつか使うかもしれないしね~」と思って、ガラクタをキープしてもいいでしょう。ただし、現状維持ですから、そこで断捨離は停滞します。

きょうはきのうと同じです。ただちょっぴり自分が年をとって、体力がなくなり、人生の残り時間が減っただけ。

けれども、もし今の暮しに不満があったり、閉塞感を感じているなら、変わらなければなりません。

そのために、「捨てられない」という考え方のクセを変えるべきです。

この世界は、自分の考え方を変えるだけで、ずいぶん様変わりします。思考を変えるのに、お金は1円もかかりません。


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