シニア目前、主婦でミニマリストなブロガー筆子が、断捨離と節約をして「老い支度」に励む日々をつづっています。

おもちゃを大量に家の中に入れてしまったのは、断捨離マインドが定まっていなかったから~ミニマリストへの道(14)



ミニマリストへの道シリーズでは、筆子がモノを減らして、ミニマルライフ追求を始めるまでを書いています。

前回は、断捨離のやる気が120%上昇する本を買い、家の中の整理整頓に励みだした筆子の前に、マクドナルドのハッピーセットのおまけという、強敵が現れたことについて書きました。

このおまけたち、小さいけど手ごわかったです。片付けても片付けても、どこからかわさわさとわいてきます。

しかも、マクドナルドは、どんどん魅力的なおまけをテレビで宣伝。幸か不幸か、家は貧乏でしたから、そこまでファーストフードばかり食べていたわけではなかったのに、おまけたちは、静かに、けれども確実に増殖していきました。

ただ、娘はこうしたおまけにあきるのも比較的早かったです。時々「新しいの、もらってきたんだ。じゃあ、もうこっちはいらないね」と聞くと、「うん」と首をふることもありました。10回に1回ぐらいでしたが。

しかし、娘が絶対首をふらない物がありました。別ルートから家にどんどん入ってきた着せ替え人形とその小物です。
人形

誕生日パーティで人形をもらいまくる娘

4歳から友だちを呼んで誕生日パーティをやっていた

前回の記事で子どもが小学校に入ったから、片付ける時間ができた話を書きました。カナダの小学校は9月に始まります。

実は娘の誕生日も9月。

娘の学校は小さくて、1学年1クラスしかなかったので、小学校にあがったとき、すでに幼稚園からなじみのお友達がたくさんいました。

こちらでは、子どもたちの誕生日パーティが盛んです。小さいときからよく呼ばれていたので、筆子も「パーティをするべきなのだろう」と思い、4歳(2002年)から友だちを10人ほど呼んで開いていました。

はじめは自宅で行っていましたが、だんだん手狭になってきたのと、パーティの進行役と、料理番を1人でやるのが面倒になってきたので、小学校にあがってからは、外部の施設を利用していました。

夫は、スーパーで大きなケーキを買ってくる役目だけ果たしていました。

パーティを開くのは疲れますが、娘が喜ぶので、親はがんばるのです。しかし、このパーティに思わぬ伏兵が。

なぜみんな、複数のプレゼントを持ってくるのか?

「子どもの誕生日プレゼントの予算はだいたい20ドルぐらい」、と夫から聞いたので、筆子は娘をパーティに送り出す時は、18ドル~25ドルあたりのおもちゃを1つだけ持たせていました。

ところが、娘のパーティには、なぜかみな、複数の贈り物を持ってくるのです。人形と小さなぬいぐるみ、とか、人形と小物のセットとシール、とか。

ぬいぐるみ1つではプレゼントが成立しないのでしょうか?

単品を持参する子どもはまれで、単品だとしても人形と服の大きなセット物だったりします。たまたま裕福な家の友だちが多かったのかもしれません。


こんなプレゼントをもらっていました

下の写真はすべて小学校にあがった年にいただいたものです。これは一部で、まだたくさんありました。

4人の友だちからもらったプレゼントを一人分ずつ写真にとったものです。

1人だけ商業主義がきらいなお母さん(anti-commercialism)がいて、その人の子どものプレゼントは虫の触覚(?)がついたカチューシャと魔法の杖でした(右下の写真)。たぶんダラーストア(こちらの100円ショップ)で買ったのではないかと思います。

おもちゃ

おもちゃ

当時、ポーリーポケットというものすごく小さい人形や、Bratz(ブラッツ)という人形が流行っていました。

この年の暮れか、翌年はたまごっちが流行り、次に、Webkinz(ウエブキンズ)という動物のぬいぐるみ大流行しました。

毎年10人ぐらいしか呼んでいないのに、必ず複数のプレゼントを持ってくるから、少なく見積もっても、10×2=20 さらに、人形と服と靴や、雑貨のセットだと、アイテム数はもっとふくれあがります。

誕生日パーティのおもちゃのプレゼント攻めは数年続きました。そのうち、我が家が貧乏になりすぎて、友だちを呼んで誕生日パーティをやるのを停止したので、ようやくおもちゃの流入が止まりました。2009年のことです。

誕生日には日本の母や義理妹からも、おもちゃやお菓子が届きました。

流入はとまったものの、以前もらったおもちゃはたくさん残っています。

おもちゃがありすぎると、1つ1つを大事にしない

筆子が子どものころ、着せ替え人形は、はじめはリカちゃんを1つきりしか持っていませんでした。

そのあと、年の離れた従兄弟のお古のバービーとタミーちゃんをもらいましたが、この3体の人形でおとなしく遊んでいました。

しかし、今の女の子は、人形が3つというのはめずらしいのではないでしょうか?

へたすると、一度に3つもらったりします。

今の子どもはおもちゃを持ちすぎていますが、その背景には、たくさん買い与える親や、祖父母など大人の存在があります。すでに、親の世代も、消費社会、物余り社会にどっぷりつかっているのです。

もらいすぎて、使っていないおもちゃもたくさんありました。娘は、開封していないおもちゃもそのままずっと持っていて、去年引っ越しする前にようやく処分したのです。

誕生日プレゼントは人がくれたものですが、このおもちゃの流入を許してしまったことを筆子は後悔しています。

娘を手伝って、ほとんどのおもちゃを捨てましたが、その数たるや、はんぱではなかったです。

物がたくさんあると1つ1つを大事にしません。もっと早くから持たせるおもちゃの数など、何かポリシーを作っておくべきだったと思っています。

子どもは市販のおもちゃより、そのへんの草花とか、板っきれ、布切れを渡しておくほうが、創造力がのびます。

「子どものころ、おもちゃの海の中で暮していたから、もしかしたら、今、やたらと服を買って、汚部屋になっているのかしら」、と考えることもあります。

汚部屋の話⇒汚部屋を片付けられないのはADHD(注意欠陥他動性障害)のせいだと言う娘

小さいときから、身の回りをシンプルにしておいてやったら、もっと物を大事にする人間になったかもしれないな、と思うのです。

筆子は自分では「よし、これからシンプルライフを送るぞ」、と決意しながら、その一方で娘にはたくさんの物を与えていたのです。

これは、まだまだ考え方が、しっかり定まっていなかったから。捨てても、家にモノを入れ続けていたら同じことだ、という認識が甘かったのでしょう。

☆この続きはこちら⇒どんなに断捨離したくても、子どものおもちゃは捨てないほうがいい理由:ミニマリストへの道(15)

☆ミニマリストへの道、最初から読む方はこちらから⇒なぜ私は断捨離をしてミニマリストになったのか?【1】~物がたくさんあっても幸せではなかった

☆エピローグ
おもちゃがたくさんあるのも困りものですが、誕生日にもらう人形などの包装もすごくゴミを増やします。日本は知りませんが、ブラッツなどは人形と服、小物がセットになり、しっかりめの透明のプラスチックで上と下からガチっと押さえこまれています。

中で人形などがずれないように、人形や服にうまくはまるように、型取りしてあります。おもちゃ屋に並んでいるすべての人形に、このプラスチックの包装がついてくるのです。

なんだかすごく資源がもったいないのですが、輸送を考えると仕方がないのでしょうか?


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