修理しても着ない服、便利なのに使わない道具:それ、本当に必要ですか?

ミニマルな日常

ページに広告が含まれることがあります。

不用品を手放すのが難しいのは、今の自分にはもう必要ないと、認めることが難しいからかもしれません。

今日は、そんな気づきが得られる読者のお便りを2通紹介します。

内容:

・今の自分にはもう合わないもの

・意外に便利じゃない便利雑貨

まず、kayさんのお便りです。

もう使わなくなったものを捨てた

件名 「自分に合わないもの」を読んで

お久しぶりです。
kayです。

6/17の記事を読んで「自分に合わないもの」に妙に納得しました。

部屋が散らかるのは、「自分に合わないもの」を捨てないから

修理しても結局使わない。

長年愛用したコートとバッグがあります。

コートの裏地は痛み、バッグなどは縁が擦れます。すると出番はなくなり、たまに使おうとするも使用感が嫌でやはり使いません。

処分を検討しましたが、もう一度使うことを選択しようと昨年修理しました。

コートもバッグもきれいになりましたが……使わないのです。

使わない理由

使わない理由を自分なりに分析しました。

この2点に共通しているのは「高価」「少し個性的」だったということです。

バッグに関しては「イタリア本社での修理になる」と6カ月かかりました。待った甲斐があり新品同様です。でも、使う気がしないのです。手に取る気もしません。

そのコートとバッグを買ったのは、スーツにパンプスで出勤する時代でした。

今は、ウォームビズ・クールビズが推奨され軽装になり、スポーツ庁のスニーカー通勤推奨で靴も変わりました。当然それに合わせるバッグやコートも変わります。

私の場合、経年劣化で痛み「修理すれば使えるから」と一定期間放置したものは修理しても出番はないと結論付けたところでした。

そして、6/17の記事を読んで、まさに「今の自分には合わない」からかぁ~と腑に落ちました。

いつかは来ない

そして、春にあった出来事を思い出しました。

「そのうち」「いつか」「これだけは残しておこう」は要らない。

「上質な黒の服と靴とバッグの『黒の一揃え』を必ず用意しておきなさい。夏冬用に2セットは必要だから」と親に散々言われました。

疑問を感じながら1セットだけ残していました。

そのフォーマルスーツのスカートがキツクなり数年前から履けず、「また痩せたらスカートを使えるし」とそれは残し、ジャケットだけを使っていました。

先月、勤務先の式典のため、黒ワンピースに黒ジャケットを合わせようと事前に試着したら肩が入りません。慌てたものの、修理や新調する気がしませんでした。

結局、手持ちの黒カーデでしのぐことにしました。

当日の朝、唯一のパンプスを出して履いたら、ヒールが高くて怖く、パンプスを手荷物にして会場に持ち込みました。

結局、式典中に転倒でもしたら意味がないと考え、出勤時の黒のレザースニーカーで式典にのぞみました。誰からも「靴どうしたの」と聞かれることはなく、パンプスを履いている女性は1割程度でした。

その数日後にスーツとパンプスを処分しました。

「そのうち」「いつか」はなく、また必需品と思っていたものがなくても何とかなるようです。

歳をとって購買意欲が落ちただけかもしれませんが、購入に頼らず乗り切る力が少しついたのかもしれません。

「黒の一揃え」は私の体系や価値観に合わなくなったようです。

必需品に見えるだけ

良質で高価なモノの清水買い(死語?)癖はすでになくなっているのですが、過去の遺品たちが時々判断を鈍らせます。

それだけでなく、現役の必需品が徐々に不用品へと変化したことに気づくのが遅れるだけでなく、本来は不要品なのに「必需品です!」と胸をはっている姿に惑わされて購入しているかもしれません。

それでも、まだ捨てる力があることに感謝して、細くても絶えることがないように定期的に不用品発掘を試みます。

6/20の記事にもありましたが、「自分に合う・合わない」という視点はすっきりしますね。

親が残した仏具や掛け軸、手放しても大丈夫?:片付けに迷ったときの考え方

時代に合っているか、暮らしに合っているか、外形上だけでなく精神的な面でも自分に合っているかを考えるとスッと変な思い込みフィルターが外れるのかもしれませんね。

長くなりました。夏が来ます。体調崩さないようにご自愛ください。

kayさん、こんにちは。お便りありがとうございます。

記事の感想をお寄せいただき感謝します。

確かに、必要に迫られて使うものや好んで着るものは時間とともに変わりますよね。

身につけるものは、今の自分の生活スタイル・役割・価値観に大きな影響を受けますから。

ここ10〜15年ほどで、社会全体の服装の基準が確実にカジュアル寄りにシフトしていると思います。

新型コロナウィルスのせいで、在宅勤務をする機会が増えたし、職場に着る服にしても、昔より、働きやすさや動きやすさ、着心地の良さが大事にされています。

もはや、フォーマルウエアを着ることが偉いとか仕事ができるとかは思われません。

古い価値観や必要性に従って手に入れたものは、どんなに高かったとしても、不用品になるでしょう。

そのようなものを見つけて手放していくと、より暮らしやすくなりますね。

では、kayさん、毎日暑いと思いますがどうぞ、お元気でお過ごしください。

次は、和香(わか)さんのお便りです。

結局使わなかった便利グッズ

筆子さん、こんにちは。

いつもブログとnoteを拝見しています。

最近、便利だと思って買ったキッチングッズや収納用品が、実際はあまり役に立っていなかったことに気づきました。

たとえば、油が飛ばないようにするフライパン用の網や、パスタを量る専用のメジャー、収納棚に乗せる小さな引き出しなどです。

出したり、洗ったりが面倒で使わなくなり、引き出しは断捨離をしたおかげで無用になりました。

私は便利グッズに弱いタイプです。

店頭で見かけると、時短できそうだと買ってしまいますが、使おうとすると、案外ストレスの種になっていると気づきました。

使わないまましまい込んで、忘れてしまうこともよくあります。

ようやく、そういう便利グッズより、使い慣れたシンプルな道具の方が長く使えて、気持ちもラクになることに気づきました。

同時に、私は手間がかかることが嫌だと改めて自覚しました。

筆子さんの記事で性格に合わないグッズは使いこなせないと書いていたと思うのですが、それは、私のことです。

50代も後半に入り、体力的にもできることが少しずつ限られてきたと感じます。今後は、ラクで自然な暮らし方を心がけたいです。

これからも記事を参考にします。

蒸し暑い季節になりますが、どうぞご自愛ください。

和香さん、こんにちは。お便りありがとうございます。

便利雑貨がガラクタになることに気づいたのは貴重な体験ですね。

かゆいところに手がとどくような便利グッズもありますが、この手の雑貨はあまり使わないまま、放置されがちです。

便利グッズは、汎用性の高いツールに比べて「特殊」なので、収納や置き場所に困るものが多いんじゃないでしょうか?

それと、いつもの作業にうまく溶け込ませるまでに少しハードルがあります。

また、ほかのツールで間に合うことが多いのも、使わなくなってしまう理由の一つでしょうね。

私の娘も、先日、すでにあるのに、もう一つ、水筒を洗う専用の細長いブラシを買ってきましたが、長細すぎて、いまだ、置き場所が定まっていません。

買う前に置き場所や実際に使っているシーンをしっかりイメージすると買い物の失敗を減らせるでしょう。

和香さんの、楽に自然に暮らすこと、とてもいいですね。

これからもマイペースでシンプルライフを楽しんでください。

どうぞ、お元気でお過ごしください。

あったら便利な物はなくても平気な物:ミニマリストへの道(79)

掃除が楽になる便利グッズを100均で買って、掃除がしにくい家を作っていた。

*********

今の自分の生活に合わないものは、ガラクタになります。多くの場合、それをもう使わないとわかっています。

でも、それがガラクタだと認めたくない気持ちや、手放すことへの罪悪感や葛藤があって、結局、そのまま持ち続けるのです。

あきらめて「もう使わない」と判断して処分すると、もっと暮らしやすくなると思います。

それでは、あなたも記事の感想、質問、思うことなどありましたら、お気軽にメールください。

こちらからどうぞ⇒お問い合わせフォーム | 筆子ジャーナル

お待ちしています。

関連記事

カナダ在住の60代。ミニマリストです。

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

1,741人の購読者に加わりましょう
カテゴリー
アーカイブ
TOP
CLOSE