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家族や友人と話していて、言いたいことが通じないと感じることがありますよね。
そんなときどうしたらいいのか教えてくれるTEDトークを紹介します。
わかってもらおうとするのをやめて、相手がなぜそう考えるのかをたずねると、話が進みます。
タイトルは What If You’re Wrong?(もし自分がまちがっていたら?)。
スピーカーは、コミュニケーションと世代間の理解を支援してきたコンサルタント、Cheryl B. Mitchell(シェリル・ミッチェル)さんです。
思い込みは、いつのまにか自分の一部になる
収録は2026年8月。動画の長さは10分24秒です。
英語のほか、数か国語の字幕がついています。
アメリカのアラバマ州で開かれた、TEDxAlabasterでの講演です。
■TEDの説明はこちら⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に
聞きながら、自分にも思い当たることが出てきました。
6歳の息子は、16歳ちょうどでないと運転できないと思っていた
ある朝、学校へ向かう車の中で、後部座席にいた6歳の息子のベンが叫びました。
「ママ、運転をやめて。車を停めて」
シェリルはあたりを見回しました。
何かにぶつかりそうなんだろうか。
でも、道路には何もありませんでした。
ベンは、車は16歳ちょうどの人が運転するものと思い込んでいたのです。
その少し前、2人は運転の話をしていました。
アメリカでは、多くの州で16歳になると免許が取れます。
そう説明したのが、ベンの中で、16歳でないと運転してはいけない、に変わっていました。
シェリルは、自分も同じことをしていたと気づきます。
私たちは、まっさらな状態で会話に入っていきたいと思っています。
でも、実際は違います。
目の前の人がどういう人なのかを、話し始める前にもう決めています。
自分のほうがよく知っていて、言いたいことがたくさんある。
こんな状態で口を開きます。
シェリルが持っていたのは、こんな決めつけです。
酪農場で育っていない人は、朝4時半に起きて牛の乳をしぼることも、仕事で汚れることもない。
だから、働くということを知らないはずだ。
こんなふうに固まってしまった思い込みは、物事を2つに割ります。
16歳か、そうでないか。
実際には、16歳でなくても運転はできますし、酪農家でなくても働き者の人はいます。
決めつけたまま話し始めると、目の前の人と話が進みません。
シェリルは、気づかないうちに、人と新しい考えに触れる機会を締め出していました。
思い込みの出どころは、育ちと自分の経験
シェリルは、こうした決めつけがどこから来たのかを、さかのぼって考えました。
ひとつは、育ちです。
酪農場のある田舎の町で育ち、学校のある日は外出しない、こんな決まりごとの中で暮らしていました。
きょうだいの中で最初に大学に行ったときも、このルールをそのまま持ち込みました。
入学してすぐのころ、出かける支度をしている同級生に、「だめよ、明日は学校があるでしょう」と言って、驚かれました。
もうひとつの出どころは、これまで自分が歩いてきた道です。
出会った人、行った場所、うれしかったこと、悲しかったこと。すべてが合わさって、物事の見方になります。
ただ、出どころに心当たりがあるだけでは、自分の見方を疑うところまではいきませんでした。きっかけは、義理の姉の一言です。
「シェリル、あなたは自分の意見を、まるで事実みたいに話すのね」
え、事実でしょう?
シェリルはそう思いました。
このとき、意見がいつのまにか信念になり、信念が自分自身になっていたことに気づきます。
だから、意見を否定されると、自分が否定された気がしていたのです。
人との関係がうまくいかなくなったのは、そのせいでした。
曇ったレンズは、入れ替えられる
最近、シェリルは眼科で、白内障が出始めていると言われました。
原因は年齢でした。
でも、曇ったレンズを取り出して、澄んだものに入れ替える手術があります。
同じことを、自分の中でもできるのではないか。
シェリルは、持っている考えをひとつずつ点検して、もう役に立たないものを外しました。
やってみると、自分の意見をどれだけきつく握りしめていたかがわかりました。
その結果が、あなたはまちがっていて私が正しい、という態度でした。
育ちも、これまでの経験も、悪いものではありません。問題は、それを持ち物のように抱え込んでいたことです。
手放したら、教えてくれた人たちと自分の過去を、まとめて否定することになる。シェリルはそう思っていましたが、そうではありませんでした。
考えの合わない息子に理由を聞いたら、自分が変わった
シェリルは、大人になった息子のひとりと、とてもデリケートな話題で意見が合いませんでした。
本当のところ、自分と同じ考えになってほしいと思っていました。
でも、そうはならないことも、よくわかっていました。
そこで、こう切り出します。
「どうしてその考えに行き着いたのか、教えてくれる?」
息子は話してくれました。
変わったのは、シェリルのほうでした。
今も、2人の考えは違ったままです。
ただ、以前は触れられなかった話を、話せるようになりました。
シェリルが自分に投げた問いです。
What if I came to conversations curious about them instead of certain about me?
(自分は正しいと思って話し始めるかわりに、相手に興味を持って話し始めたら、どうなるだろう)
思い込みは、放っておくと年月をかけて偏っていきます。
性別や年齢や人種で人を分ける見方も、そうやってできあがります。
シェリルは終盤に、会場の人にこう問いかけます。
自分自身だと思い込んでいる考えは、どれだろう。
気づかないうちにかかっているフィルターは、なんだろう。
それを脇に置いて、目の前の人と話してみたらどうだろう。
会話がかみ合わないときに見たいプレゼン
同じテーマが気になる方は、以下の記事もごらんください。
間違っているのに、自分が正しいと感じてしまうのはなぜなのか?(TED)
自分は正しいと思っているとき、実は間違っている理由(TED)
聞き上手になる。よく聞くための5つの方法・ジュリアン・トレジャー(TED)
私の思い込みも、あとから外れた
私にも、若いころから当たり前だと決めて、そのままにしていたことがあります。
ひとつは、お金です。
長いあいだ、自分はお金の管理がものすごく苦手だと思っていました。
レシートは取っておかないし記録もつけない。クレジットカードの明細が届いてから、こんなに使ったのかと驚く。それを何年も繰り返していました。
数字に弱いのは生まれつきだと思っていたし、人に「数字が苦手」と言うたびに、ますますそう信じました。
そのうちお金がないのが嫌になって、支出の記録をつけるところから始めました。
今は、自分なりに把握できています。
一度もちゃんとやったことがなかっただけだ、とわかりました。
もうひとつは、学校です。
私の実家に、シェリルの家のような厳しい決まりはありませんでした。
両親はどちらかというとおとなしくて、自分の意見を子どもに押しつける人ではなかったんです。
それでも、学校は行くのが当たり前で、休むものではない、とずっと思っていました。
この考えが変わったのは、カナダに来てからです。
子どもを学校に行かせず、家で教えている人に何人も会いました。
学校には行くけれど午前中だけ、という家庭も見ました。
そういう子どもたちが、別に困った様子もなく育っているのを見て、毎日行かなくてもいいんだ、と思いました。
40代になってからのことです。
それまでは、自分がそんなふうに決めていたことにすら、気づいていませんでした。
違うやり方をしている人を見て、当たり前だと思っていたことが、実はひとつの選択にすぎないとわかったのです。
「捨てるなんてとんでもない」も、強い思い込み
読者の方から、こんなお便りをいただくことがあります。
高齢の親に、そろそろ片づけてほしいと言っても、これでいいんだ、という返事。
いつか使うときが来るんだから、捨てるなんてとんでもない、と言われて話が終わる。
同じやりとりが何度も続いて、こちらもだんだん腹が立ってくる。
このとき、親は、シェリルの言う思い込みをがしっとつかんでいます。
ものが手に入りにくかった時代を生きた人にとって、取っておくことは正しい行動でした。
まだ使えるものを捨てるのは、惜しいし、恥ずかしい。
いただきものを手放すのは、くれた人への裏切りのように感じられます。
こうした感覚は、長い時間をかけて固まってきたので、ちょっと説明されたぐらいでは動きません。
逆に、こちら側にも思い込みがあります。
片づいた家のほうが正しい、という考えです。
私にもあります。
ものが少ないほうがラクなので、17年そうやって暮らしてきました。
誰かと話がかみ合わないとき、信念と信念が、正面からぶつかっています。
人は変えられないとわかっているので、私は自分の意見を通そうとはしません。
ただ、相手にどうしてそう思うのか聞いたことも、これまでありませんでした。
今度ぶつかったら、シェリルが息子さんにしたように、聞いてみるつもりです。
同じところで止まっている方は、いっしょに試してみませんか。
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相手の思い込みは、こちらの力では外せません。
外れるとしたら、シェリルの白内障と同じで、その人自身が、これは取り替えられるものだと知ったときだけです。
だから、自分の正しさを訴えて押し切ろうとしても、時間がかかるばかりです。
見ているものも、それをどう受け取るかも、人によって違います。
そう思って口を開くと、言い争うかわりに、その人がどうしてそう思うようになったのか、聞くことができます。













































