世界が混乱する今こそ、アートを作る理由(TED)

TEDの動画

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何かを作り出すことは、生きる力を与えてくれると伝えるトークを紹介します。

タイトルは、The case for making art when the world is on fire (世界が燃えている今こそアートを作るべきだ)

作家でクリエイティブコーチの Amie McNee(エイミー・マクニー)さんのトークです。

創造は人を癒し、力を与え、社会を変える行為だとマクニーさんは熱く語ります。

今こそアートを作るとき

収録は2025年3月、動画の長さは14分31秒。動画のあとに抄訳を書きます。

◆TEDの説明はこちら⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に

英語はわかりやすく、とても親しみやすいプレゼンです。

今こそものを作らなければならない

世界は今、火の中にあります。

だからみなさんはアートを作る必要があります。

創造することは、火を消すのにとても重要な役割を果たすんです。

みなさんはこう言うかもしれません。

「えっ、エイミー、それ私よ。ものを作ることが世界を助けるなんていいわよね。私はエロティックな妖精ファンタジー小説を書いているけど、それが何かの役に立つなんて思えないわ」

わかります。でも15分だけ私にください。みなさんの考えを変えたいと思います。

創造はすみっこに押しやられている

私たちは、創造という行為を横に追いやる文化の中で生きています。

アートは子どものためのもの、退職後にすること、ちょっとしたぜいたく、少し自分勝手、くだらないもの、飾りだと言われています。

この物語(ナラティブ)は有害です。私たちの作りたい気持ちを抑え込んでいます。

今日は、アートを作ることがいかに皆さんの人生、そして世界をよくするか、アートがみなさんにとってどれほど大切なのかお話します。

まず、このトークは皆さんのためにしていることを知っておいてください。

「アート」「アーティスト」という言葉を聞くと、人はそれを高尚なものだと思い、「私はそんなに上手くない」「アートは得意じゃない」「絵なんて描けない」と考えます。

でも、私がアートや創造性と言うとき、YouTubeでチャンネルを作ってお気に入りのポケモンカードについて語ることから、歌うこと、料理をすること、ガーデニングまで含みます。

つながりたいという意図を持って何かを生み出す行為なら何でもアートです。

創作への自信喪失の危機

サリー・ルーニーをご存知かもしれません。

非常に成功した小説家で、すばらしい本を書いています。多くの人が彼女の作品を読んでいるでしょうし、私自身も大きな影響を受けました。

サリーはこう言っています。

「私は小説を書くことに人生を捧げてきました。自分の作品がいいものかどうかはわからない。でも、たとえ本当にいい作品だとしても、地球を救うことにはならないでしょう。もっと生産的なことに時間を使うべきなのかもしれません。」

これが、いま私たちの文化に起きていることです。

深くて影響力のある本を生み出しているこの女性でさえ、自分の力を疑っています。

私たちは、創造性を「生産的ではないもの」として、脇に追いやり続けています。

「世界ではもっと大きなことが起きているのに、どうして私がピアノなんか弾いていられるの?」

こう感じてしまうのです。

私は何千人ものクリエイターやアーティストと一緒に仕事をしています。

毎週、「世界にこんなにつらいことがあるのに、どうやってピアノに向かっていられるのかわからない」というDMを何十件も受け取ります。

今日、皆さん全員に理解してほしいのは、困難な時代を生きている今こそ、私たちはピアノに向かい、自分のアートを作る必要があるということです。

アートは子どものためだけのものでも、大人のためだけのものでもありません。

平和な時代のためだけのものでもありません。

アートは「今」のためにあります。

私たちは、今、アートを必要としています。

自己成長に必要なのに、見落とされている

ではここから、なぜみなさん一人ひとりがアートを作る必要があるのか、遠慮なく語らせてもらいます。

まず、創造性は自己成長に必要なのにおろそかにされています。

私たちは最適化と生産性に取りつかれた文化の中で生きています。

呼吸法や、よりよい自分になる方法を伝えるポッドキャストが山ほどあります。

どうすれば最適化して最高の自分になれるか。こんなことに、人は関心を持っています。

でも、創造性については誰も話していません。

何かを作ることについて、誰も語りません。

だから、創造性は自己成長における欠けた柱なのです。

キアラン博士も、コメディや笑いの話の中で触れていました。

遊びや創造性、アートが私たちの身体にどんな影響を及ぼすか。すばらしい研究がたくさんあるのに、なぜか無視されています。

こんな研究があります。

人々が 45分間、ただアートを作るというセッションを行いました。

遊ぶように作るだけで、技術レベルは全く関係ありません。

たった45分で、コルチゾール(ストレスホルモン)が一気に下がったのです。

キアラン博士が「笑い」の話で言っていたのとまったく同じことが起きました。

これは数多い研究のほんの一つの例です。

遊ぶとき、ただ自分に何かを作らせてあげるとき、私たちの身体は反応します。

炎症がおさまり、痛みが軽くなります。

自分という人間をよりよくしたいとき、運動を20分するのは素晴らしいことです。

でも、ペンで遊ぶ20分はどこに行ったのでしょう?

シャワーで歌う20分はどこに消えたのでしょう?

こうした活動も取り入れるべきです。

豊かで満ちたりた人生を送りたいなら、私たちは自分のアートについて考える必要があるからです。

アートは主体性をもたらす

アートを作ることは、ほとんどコントロールできない世界で、私たちに主体性をもたらします。

創造性とは、いま私たちが経験している混乱に秩序をもたらし、変化を起こすための力なのです。

多くの人が、ある種の実存的なうつ状態を経験しています。

ニュースを見ては、「私には何もできない」「主体性がない」「力がない」「目的もない」と感じ、無為な気分になるのが流行っているとも言えます。

アロク・カノジア博士は、この傾向は特に若い男性に強いと指摘しています。

「前に進む意味がない」という感覚が大きいので、人々は横方向の刺激に依存するようになります。

未来に希望がない、すべてが無意味だと思うから、スマホ、ギャンブル、ポルノ、ゲームいったものに依存して逃げるのです。

世界の厳しいニュースを大量に浴びれば、未来を考えてひどく落ち込むのは当然のことです。

私はアートに戻ること、創造性に戻ることが解決になると本気で信じています。

忘れないでください。創造性には無数の形があります。それはどんな人にも関係があります。

創造すれば、「自分は小さすぎて変化を起こせない」と思う世界の中で主体性が生まれます。

私が小説を書くとき、私は自分の小さな世界の神です。

登場人物の行動も変化を起こせる場所も、すべて私の手の中にあるので、自分の影響力を感じられます。

創造性とは、変化を起こす力であり、私たち自身が力を持つ方法なのです。

ところが、多くの人が、創造性を脇に置き、「ただの遊び」として捨てています。

どんな道具を使おうと、何かを作ることは、とてつもなく強い行為です。

その力は、みなさんの手の中にあります。

奪われた注意力を取り戻す

何かを作るべきもう一つの理由は、奪われてしまった最も貴重な資源である注意力を取り戻せるからです。

スマホに釘づけになっていることで利益を得る社会において、アートに注意を向けることは反逆の行為です。

小さな詩を書いたりする行為は、時間の使い方としていいだけでなく、革命的なことです。

先日私は気づきました。

もし一日3時間スマホを使い続けたとすると、15歳から、平均寿命の79歳までの間に、なんと10年間をスマホの前で過ごした計算になります。

眠らずに、ただ10年間ずっとスマホに向かっていたことになります。

一日3時間という数字は、多くの人にとって当てはまるでしょう。

私は、みなさんに、奪われてしまった注意力を取り戻してほしいのです。

その注意力を何かを作ることに使ってほしいのです。

人は消費の文化の中で、作ることを忘れてしまいました。

必要なのは、消費を減らし、創造を増やすことです。

自分の注意する力を取り戻してください。

奪い返してください。

その注意力は、本来みなさんのものです。

みなさんが好きなように使うべきです。

みなさんには作れるものがたくさんあります。

この世界に与えられるものが、本当にたくさんあります。

どうか、その10年の一部をザッカーバーグから取り返して、自分が取り組みたいプロジェクトに充ててください。

自分の声を社会に届ける

以前、気候変動のセクターで仕事をしていたクライアントがいました。彼女はとてもつらそうでした。

彼女がやりたかったのはロマンス小説を書くことでした。

でも彼女は、「気候変動の仕事から離れて、そんな取るに足らない、軽いことをするなんて」と、ひどく罪悪感を持っていました。

しかし、これこそが私たちがこわしていかなければならない物語(ナラティブ)です。

アートは社会活動だということを理解しなければなりません。

自分の声を使い、自分の創作物で空間を占めること。これは本質的に政治的な行為です。

コミュニケーションも、政策も大切です。

しかし、私が動かされるのはアートです。

文化が動くのもアートです。

人は創作物に触れたとき、非常に深いレベルで影響を受けます。

それは政治的なことです。

みなさんは自分のアートで世界を変えることができます。

自分が望む変化を、創作物を使って求めてください。

アートを作ることは、アクティビズム(社会運動)です。

AI時代にアートはどうあるべきか?

先日、こんなDMを受け取りました。

「AIがもっと上手く、もっと安くアートを作るようになる世界で、私がアートを作る意味なんてあるのでしょうか? もう創作する理由なんてありません。」

こんな言葉を繰り返し耳にします。

「意味なんてない」「理由なんてない」と。

AIという嵐がやって来ている今ほど、アートを作るべき理由が存在する時代はありません。

私たちには、人間が作るものが必要なのです。

アートの美しさと魔法は、人間同士のつながりにあります。

私はそのDMにこう返信しました。

「私たちは、人間性に近づきたいからアートを消費します。あなたのアートの奥にある人間らしさを拠り所にしてください。

弱さ、混乱、不完全さを活かしてください。

人々はそれを求めるようになります。」

二度と私のところに「AIがアートを作るから」なんて言い訳を言ってこないでください。

そんなことを言ったら、私はあなたを座らせて、強制的に何か描かせますよ。

レガシーとしてアートを残す

ここで少し、皆さんのエゴに訴えてみたいと思います。

あなたは、この世界に何を残したいですか?

ここに私はこう書きました。

「アーティストは、今とは違う世界を思い描く勇気を持っている。

クリエイティブな人は、世界を元の姿のままにはしておかない。」

この場所を去るとき、スマホに10年以上も費やし、世界に、恐ろしさと不安と落ち込みの記憶だけを残して旅立つこともできます。

一方で、みなさん自身の存在の一部を、アートという形でこの世界に残すこともできます。

それが、子どもたちへ受け継ぐレシピでもいい。

イングランド各地に広がる庭でもいい。

私の父が私にくれる詩でもいい。

それが彼のレガシーです。

世界的なアーティストになってほしいと言っているわけではありません。

もし、皆さんがそう望むなら全力で応援しますが。

私は、みなさんに何かを作り始めてほしい。

自分の存在をこの世界に刻み始めてほしい。

レガシーを残してほしい。

何か美しいものを、この世界に置いていってほしい。

私たち人間は、生まれつき、作る存在です。

みなさんのレガシーは何になるでしょうか?

アートは痛みを癒やす特効薬

みなさんのアートは、多くの人の痛みに効く解毒剤なのに、みなさんはそれを自分の中に留めたままにしています。

私たちは「創造することは利己的だ」と教え込まれてきたのだと思います。

ピアノを弾きに行ったり、YouTubeの動画を作ったりするのは自分のためだけの行為で、自己中心的なことだと。

でも、アートを作る行為は、本質的に寛大な行為です。

みなさんのアートは多くの人の痛みに効くのに、みなさんはそれを自分の内側にしまい込んでいます。

もし私の父が、美しい詩の数々を書いて私にくれなかったらどうなっていたでしょうか。

父の詩にはとても癒やされました。

父は詩を差し出して、弱さと勇気を見せてくれました。それは本当に美しいことでした。

みなさんが自分の創作物を抱え込んでいることは、利己的なことです。

今から後ろを向いて、私のコートの背中を見せます。

言葉が書いてあるので、読み上げてください。

見えますか? なんて書いてありますか? もっと大きな声で。

「あなたのアートが必要です(We need your art)。」

アートは脇に追いやるものではありません。

人は本質的に創造的な存在で、この世界に与えられる美しいものを持っています。

このことを真剣に考えてください。

みなさんは必要とされています。

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消費するだけでなく作ってみる

今、多くの人がストレスをかかえていますが、この状態を打破するのに役立つのが何かを作りだすことです。

私たちは、日々、たくさんの情報にさらされています。

スマホを握って、ニュースやSNSを延々とながめ、ざわざわした心になる。こんな経験をした人は多いと思います。

人生を充実させるために情報を追っていますが、どれだけコンテンツや情報を消費しても安心感は得られません。

むしろ世界の痛みを抱え込んで疲れてしまいます。

マクニーさんが話しているように、情報に圧倒される時代に必要なのは、さらに消費を重ねることではなく、何かを作り出すことです。

作るといっても、何かすごいものを作る必要はありません。

マクニーさんは、「つながりたいという意図を持って、何かを生み出す行為」をアートとして定義しています。

料理にひと工夫してみる、短い詩をノートに書く、家の中の一角に好きなものを飾る。

こんな小さなことをするだけでも、主体的に何かを生み出す時間を過ごすことができます。

何かを作れば、注意力を取り戻すことができるし、自分を表現できます。

最近疲れやすい、ニュースに心を持っていかれる、やる気が出ない。

そんなときは、スマホを置いて、何かを作ってみてください。

人間らしく、不完全な作品作りを楽しめばいいのです。

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カナダ在住の60代。ミニマリストです。

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