いかに希望が人生を変えるか(TED)

TEDの動画

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今年最初のTEDは、希望の重要性をとくプレゼンを選びました。

タイトルは、How Hope Can Change Your Life 「いかに、希望があなたの人生を変えるか?」

講演者は、Amy Downs(エイミー・ダウンズ)さんです。

エイミーさんは、1995年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件の生存者で、信用組合のCEO。自身の体験をもとに、人々を勇気づけるプレゼンもしています。

オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件

1995年の4月に、合衆国、オクラホマ州、オクラホマシティで起きたビル爆破事件。アメリカで生まれ育った人間が起こしたテロで、子供19人を含む168人が死亡、800人以上が負傷しました。

2001年の9月11日に、同時多発テロ事件が起きるまでは、アメリカでもっともたくさんの被害者を出した痛ましい事件でした。

希望が人生を変える:TEDの説明

Can a person overcome the most difficult moments of their life? Amy Downs shows how people can not only survive, but how they can thrive if they have a hopeful mindset. The pathway of hope leads to all people creating a better future.

人は、人生において、もっとも困難な時を乗り越えることができるのでしょうか?

エイミー・ダウズは、希望を持っていれば、人はサバイバルできるだけでなく、より豊かな生活ができることを見せてくれます。

希望という道は、人々をよりよい未来に導いてくれるのです。

収録は2020年の11月。観客を入れずに撮影されたようで、拍手はありません。

動画の長さは18分30秒。まだ字幕はついていません。動画のあとに抄訳を書きます。

☆TEDの説明はこちら⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に

できごとにどう反応するか?

古代ギリシャの哲学者、エピクテトスは、こう言っています。

「何があなたに起きるかではなく、起きたことに対して、あなたがどんなふうに反応するかが重要なのだ」。

2020年という年、私たちは、たくさんの困難に直面しました。

特に経営者は、従業員をやめさせなくてもすむように、少なくとも赤字にならないように、大変な苦労があったと思います。

ですが、私は、エピクテトスのメッセージを信じています。大事なのは、できごとではなく、それに対して、私たちがどんなふうに反応するかです。

このとき、「希望」というちょっとした魔法を使うといいですよ。

できがよくなかった私

1988年、私は大学を落第しました。数学の補習授業にパスできなかったのです。このクラスは、ふつうの数学の授業を受けるまえに、パスしなければならない数学のクラスです。

この授業に落第したのです。しかも2度も。

そこで、金融機関で、金銭出納係として働き始めました。1995年に、私は、オクラホマシティのダウンタウンにある、政府のビルに入っていた信用組合(クレジットユニオン。組合員のための銀行)で働いていました。

1995年4月19日

1995年の4月19日は、とても天気のよい、美しい春の朝でした。いつもどおりの朝でした。

同僚のソニアは鮮やかな黄色のスーツを着て、会議に出る準備をしていました。

当時、鮮やかな色のスーツは、パワースーツ(仕事で成果が出せるスーツ)と言われていたんです。

ソニアが、「私、大きなヒマワリになった気分よ」と言い、私たちは笑い合いました。

彼女は会議に行き、私はデスクに座りました。私のデスクは3階にあり、ガラス窓のすぐそばです。

妊娠7ヶ月の同僚が、部屋に入ってきたので、なんだろうと思い、彼女に声をかけました。

いえ、実際に声をかけたかどうかは覚えていません。その時爆発が起きたからです。

生き埋めになる

大きな叫び声が聞こえ、血がのぼるような感覚がしました。私は、落ちながら叫びました。

女性の叫び声が聞こえたのですが、叫んでいたのは私自身でした。自分の声もわからなかったのです。

あとでわかったことですが、私は、実際、3階から落ちました。椅子に座ったまま逆さまになって、10フィート(30センチ)の瓦礫(がれき)の山の中に埋まっていました。

右腕だけが、瓦礫から出ていて、あとは完全に埋まっていたのです。

「きっと、私は死んだんだ」と思ったことを覚えています。何も感じなかったし、何の音もしなかったから。自分がどこにいるのか、さっぱりわかりませんでした。

必死に目を開けようとしたけれど、真っ暗闇のまま。うまく息ができません。

しばらくしてサイレンの音が聞こえたので、「ああ、私、まだ生きてる。サイレンが聞こえる」と思いました。

救助の人がやってきた

「助けて、助けて!」と何度も叫びましたが、誰も返事をしません。

うまく呼吸ができなくて、ようやく息をしたときは、肺が焼ける匂いがしました。じっとしたまま祈りました。

45分ほどして男性の声が聞こえました。男性たちは、「デイケア(保育園)の赤ん坊を探している」と言っています。

私が働いていた3階のすぐ下の2階にデイケアがあったのです。

私は、思いっきり大声で叫びました。男性が、「聞こえるよ、ちゃんと聞こえる。きみはいくつなの?」と叫びました。

28歳だと、本当の年齢を言ったら、助けてもらえないと思ったけれど、「ごめんなさい、28歳です」と答えました。

彼は、「大丈夫だよ」と言って、「ここに、生存者がいる!」と仲間うちに叫びました。

話し続けてくれたら、声で居場所がわかる、と言うので、私は、声を出し続けました。

とうとう、彼らが、私の手にさわったので、1、2、3で引っ張り上げてくれると思ったその時、後ろのほうで、「別の爆弾がある。別の爆弾がある、皆逃げて!」という声が聞こえました。

彼らは、「エイミー、道具がいるから取りに行く、すぐに戻ってくるから」と言って、行ってしまいました。

生き埋めになりながら考えたこと

「私、死ぬんだ」。そう思いました。それまでの人生がフラッシュバックしたとき、いかに、自分がちゃんと生きていなかったか思い知りました。

「私はこれから死のうとしているけれど、今まで、生きてさえいなかったんだ」と後悔の気持ちでいっぱいだったのです。

悲しくて、祈ることしかできませんでした。神さまに、「どうか2度めのチャンスをください」と頼みました。

それから、歌を歌いました。前に教会で歌った歌です。歌い始めたら、気分が楽になってきました。気を紛らわすために私ができたのは、歌うことと祈ることだけでした。

6時間後、ようやく救出される

その後、救助の人が戻ってきて、助けてくれると言いました。でも、簡単じゃなかったのです。外に出るまで6時間かかりました。

救助の人たちは、自分の命を危険にさらしながら私を助けてくれました。爆弾で吹き飛ばされずに残っていた部分は、いつくずれ落ちるかわからない状態でしたから。

彼らは、20分ごとに手を止めて、全員を助けるために、手や足を切断したほうがいいだろうか、と相談していました。

でもそのたびに、「よし、もう20分やってみよう」と、作業を始めてくれ、ようやく、「よーし、1、2、3で引っ張り上げるよ。たぶん痛いと思う」と言いました。

もちろん、痛かろうがなんだろうがかまいません。

私は引っ張り出され、担架に乗せられました。周りを見て、自分の目を疑いました。まるで映画で見た戦場のようだったから。

美しかった春の朝はもうありません。暗くて、灰色で、寒くて、小雨が降り始めていました。

本当に生きようと思った

担架に横になって、灰色の空を見ながら、新鮮な空気を胸いっぱい吸ったとき、誓いました。これまでと同じように生きることだけは絶対しないと。

セカンドチャンスがあるなら、それをつかむ、と考えていました。

その後、8日間、入院しました。入院しているあいだに、少しずつ状況がわかってきました。

同僚であり友人であった人たち18人が亡くなりました。連邦ビルの爆破で168人が死亡しました。

病院での最終日、鮮やかな黄色いスーツを来たソニアの死体が見つかったことを知りました。

その日、ベッドに寝たまま、窓の外を見たとき、昼間なのに、車がヘッドライトをつけて走っていました。

「希望」の印として、皆、ヘッドライトをつけて走っていたのです。

そのライトを見ながら、「どうしていいかわからないけど、なんとかして、これを切り抜けよう」と思いました。

私が働いていた信用組合は、連邦ビルにしかありませんでした。家賃を払う必要はなく、ただで入居できていました。

そのたった1つの場所が破壊され、スタッフの半分以上が亡くなってしまいました。信用組合は、あのビルで働いていた人たちのための金融機関でした。

何もかもが変わってしまいました。生き残った私たちは、心に大きな傷を負いましたが、やりたいことはわかっていました。

生きていくことです。それはとても重要で個人的なことでした。

信用組合の業務を続けた

もし、信用組合を続けることができれば、亡くなった人たちの思いや命を引き継ぐことができるんじゃないか、そんなふうに思いました。

だから、やりたいことはわかっていたのです。

それから数年間、ゴールをしっかり設定して、1つずつ行動して、常に前進しました。

こうすることを、オクラホマでは、Pull Yourself Up By Your Bootstraps(ブーツのひもを使って自分を立たせる⇒外部の助けを借りずに自ら立ち上がる)と言っています。

事件から数年後に、当時のCEOが私にこんな質問をしました。

「もし魔法の杖(つえ)を持っていたら、何を変える? どんなことを改善する? この信用組合で好きなようにできるとしたら、何をする? ほら、正しい答えなんてないわよ。魔法の杖を使って、やってみたいことある?」

いきなりこう聞かれて、相手はCEOだし、何かひっかけがあるんじゃないかと思って、即答できませんでした。

ですが、事故のあと、私たちは立ち上がって、成長し、とてもいい企業文化を作り上げたことを思いました。

以前は、ネガティブなできごともあったのです。仲が悪くて、お互い口をきかないマネージャーもいました。

それがずいぶん変わりました。

希望という魔法の杖

CEOはこんなふうに続けました。

「いまの自分の状況で、制限のある中で、自分の夢を叶えるためにできる、小さなステップって何だと思う?」

会社のために私ができることって何だろう、と考えながら、わくわくしました。CEOが私に希望をくれたからです。

Hope Rising:How the Science of Hope Can Change Your Life(希望の芽生え:いかに希望という科学があなたの人生を変えるか)という本の著者であり、リサーチャーの2人は、こう書いています。

「希望は、未来がよりよく、より明るくなるという信念で、あなた自身が、未来をよくする役割を果たします」。

著者は、希望はゴールを持つことで、それに向かってステップを踏むこと、希望は、自分をゴールへ媒介してくれるものだ、とも言っています。

希望がすべてを変えた

この希望をCEOが私にくれたのです。

自分が欲しいものは何か? 今の状態で、今の制限がある中で、それを手に入れるためにどんな道を取るべきか?

希望という魔法の杖は、信用組合を変えただけでなく、私自身の人生も変えました。

私がずっとやりたいと思っていて、できていなかったのは学位を取ることです。

とても成績が悪かったので、怖気づいていましたが、最初のステップを踏み出しました。

カレッジに電話をして、成績書を取り寄せ、私が入れそうな学校を探したのです。

リーダーシップの学位を無事取ったことは、大きな自信になりました。さらに、希望のパワーを使って、経営学の修士も取得しました。

その後たくさんのことを変えて、私は出納係からCEOになりました。

以前は、体重355ポンド(161キロ)のカウチポテトでしたが、自転車に乗り始め、積極的に身体を動かしてやせました。

50歳になったとき、トライアスロンを始めて、17時間でゴールしました。

できることに目を向けよう

自慢したくてこんな話をしているわけではありません。

いったん吹き飛ばされた信用組合を継続できたし、私も人生を変えることができたのだから、あなたにもできるとわかってほしいのです。

どんな状況でも、できることはあります。

できないことではなく、できることにフォーカスすれば。

瓦礫の中で生き埋めになり、死と直面したときでも、できることがありました。

自分は希望という魔法の杖を持っているとわかっていれば、どんなに困難なことがあろうと、乗り越えられます。

今の状態で、もし魔法の杖を持っていたら。私はどうするか? 誰かに何かしてもらうのではなく、自分はどうするか? 現状のまま限界がある中で、ゴールに到達するためには何をしたらいいのか?

希望を持つことが、この世界で反応する最良のやり方だと信じています。

//// 抄訳ここまで ////

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プレゼンに出てきた、Hope Rising:How the Science of Hope Can Change Your Life という本です。

Amazonへ⇒Hope Rising: How the Science of HOPE Can Change Your Life

連邦政府ビル爆破事件から25年

2020年はこの事件の25周年だったので、記念行事が予定されていましたが、新型コロナウイルスのせいで、リアルで集まることはできませんでした。

その代わり、生存した人や、事件を乗り越えてきた人が、コロナ禍で、元気をなくしている人を勇気づける動きがありました。

その様子を伝えるアメリカのニュースです。

ABCニュース 4分34秒。

ニュースに出てくるベイリーという女の子の赤ちゃんは、1994年の4月18日生まれ。1歳の誕生日を迎え、家族で祝った翌日に、この事件に巻き込まれ、救出されましたが、病院で亡くなりました。

当時、お母さんは22歳で、ベイリーが初めての子供です。どんなにショックだったことか。

救助隊員がベイリーを抱いている写真は、この事件の象徴となり、しばらく、あらゆる新聞、雑誌にのっていたから、店頭で見るたびに、つらくなったと、お母さんは後日インタビューで話していました。

第3者の私ですら、ベイリーのニュースを見るたびに泣けてきます。

気持ちの持ち方を変える

今回の動画に、特に解説は必要ないでしょう。

同じできごとがあっても、人によって、反応が違うのは、心持ちが違うから。

今のように、厳しい状況のとき、どこまでも落ち込む人もいれば、ピンチをチャンスに変える人もいます。

希望を持って、ゴールを定め、できることから1つずつやっていく方法、ぜひ試してください。

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カナダ在住の60代。ミニマリストです。

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