仕事関係の書類、私はこんなふうに整理しています。

ミニマルな日常

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仕事に関係のある書類や資料を捨てることができない、という学校の先生の相談メールに回答したら、やはり教職についている方、お2人から、「私はこういうふうにしている」というメールをいただきました。

この記事でシェアしますね。

さらに、相談者のゆうさんが、私の回答に対して、フィードバックを送ってくれたので、そちらも合わせて紹介します。

まず、みーこさんから。小見出しは私が入れました。

私もわりとたくさん持っています

件名:仕事関係の資料について

筆子さん、毎日の更新ありがとうございます! 断捨離系記事も、TEDの翻訳も大好きです。

2日前の「仕事の書類が捨てられない」方に共感しました。

私も教員です。

キャリアは浅いのですが、書類の悩みにこのように向き合っています。

大学の資料

まず、大学の資料が多くて厄介です。

職場では手に入らない学問的な資料もあり、たまに見返すのでとっておいてます。

働いていると、必要か不必要かを選別する時間がとれなくて困りますね。

私は育休中に3分の2程減らして、あとは見ないフリです。笑

日々の業務でたまるもの

職員会議の資料、日々のプリント、授業の記録等……捨てどきがわからず、最初は残していました。

でも会議資料は学校にも保管してあり(保管義務)、必要な時だけ閲覧することにしています。

自分で作る資料はPCで作成しており、だいぶ身軽に過ごせています。

書籍

教育関係の書籍、子ども向けの書籍がどんどん増えます。

大学生の頃から年間100冊は売りに出してますが、もう絞りきれないところまで来て苦しみました。

結果、手元にあれば授業・学級文庫・学級通信等で活用できるので、良い本は断捨離をあきらめて残しておくことにしました。

今は使用目的があるものは買うこともためらいません。

自分の子どもたちに読ませられるかな、とも思っています。

その他

わからないことを人に聞くのがはばかられる、と言うのはすごーくわかります。涙 

例えば中学校ですと、部活の朝練、授業、部活、電話対応や家庭訪問、と全てこなすと、身体が空いた時には19時になっていますから。

その後は帰りたい人を引きとめて聞くことになりますよね。でも、やはり聞いてしまった方が早い、と最近思います。

想定外の角度でアドバイスを聞けることもあり有益です。そしてお時間をちょうだいした分は良い仕事をしよう! と自分に軽くプレッシャーをかけて納得します。……するしかないですね。

その他、生徒との思い出の品がありますが、私のは大した量ではなく、捨てることは考えていません。

筆子さんのアドバイスの「目の前の生徒のためになるかどうかで考える」(と言った感じのお言葉)にハッとしました。資料選別の際の大切な基準にしようと思います。

このような感じで膨大な資料に対抗しています。筆子さんなら一刀両断で捨ててしまうものも多いかと思いますが。汗

似たような境遇の方、なんとか頑張りましょう! とエールの気持ちを込めて……。

初メール&長文失礼いたしました。

今度もブログを楽しみにしています☆

みーこさん、はじめまして。

お忙しいところ、メールありがとうございます。

ブログをご愛読いただき、うれしいです。

そうですね~、私は全部捨てるでしょうね。

ですが、人それぞれなので、自分が納得していて、生活に支障が出ていないのなら、持っているのもありだと思います。

毎日、捨てることをおすすめしていますが、結局のところ、本人が決めることですからね。

大学の資料とは、学生時代に読んだ専門書や教科書ですか。

そういうのは、私は全部捨てますね。情報が古いと思うので。

昔は、「いつか使うかも」と思って、中国語の教材などをずっと持っていましたが⇒中国語の教材と本を断捨離するのに12年かかった私がとうとうたどりついた真実とは?~ミニマリストへの道(18)

持っていただけムダだった、とあとで痛いほどわかったので、その後、紙や書類はどんどん捨てました。

それでは、みーこさん、今後もお元気でお仕事がんばってください。

次は、Jackieさんのメールです。

私は全捨てです

件名:悩める先生へ

きょうの「仕事の書類を捨てられない先生」のお話、自分も教員なので、お気持ちはよくわかります。

「ものに対する責任感」がお強いのですよね。

でも、「捨てられない書類」の内容を見ると、今の私なら全捨てです。というか、今の私は全捨てしています。

「過去に教えたこと」にこだわったり、とらわれたりしているようでは、本当に魅力的な授業はできない、と思うからです。

教員は、児童・生徒・学生の、未来の扉を開いてあげる仕事です。

「この子たちのこれからのために、いま、何をどう、教えてあげるべきか。」それを常に考えて、新鮮な授業をしていくためには、

「前やったこと」はもう古く、邪魔でしかないし、前やったことで必要なことは、からだが覚えています。

それはどの教科や専門でも同じことだろうと思います。

自分の授業力・教科力・人間力を信じて、新しいことに果敢に取り組んで、失敗を恐れない、未来に向かう勇気をもつ姿をこそ、教員は子どもたちに見せるべきだし、子どもたちも見ていると思います。

そうした生き方を見せるほうが、教科そのものを教えることよりも、大切かもしれないくらいです。

自己嫌悪というのは、自分を変えることを本気で思っていない人の甘えだ、ということに気づいてからは、とにかく少しずつでいいから動く、性格は変えられなくても行動は変えられる、と思って暮らしています。

厳しく聞こえるかもしれませんが、これを実際にやってみたら、逆にどんどん楽になっていきました。

教員の世界というのは、真面目な人が多いだけに、ひときわ思い込みも強い人の集まりでもある、と、いつも自戒とともに感じています。

もしかしたら、「職員室の片づけ」というのが、教育改革のいちばん効果的なプロジェクトになるかもしれません(笑)

人にものを教える、という仕事は、とても大きな責任を伴う仕事ですが、その責任は、一時間ずつの授業をせいいっぱい輝かせることに対して負うべきであって、物を捨てられないために毎日疲れた顔をしているようなら、それは一番大きな責任を放棄していることにもなりかねません。

筆子さんのブログに出会ったことは、私自身の教員観を、こんなふうに変えてくれました。

きょうの方も、きっと出口は見つかることと思います。

Jackieさん、こんにちは。

メールありがとうございます。

Jackieさんは、全捨てなのですね。

確かに教師の仕事は体力を使うから、体が覚えている、という部分は大きいでしょうね。私もこれまでの経験や記憶はすべて自分の中に残っているから、物は必要ない、と考えるほうです。

生徒は教師の人間性を見ているというのもそのとおりですね。

教師の仕事はライブパフォーマンスであり、現場での、1つひとつの授業が勝負で、ある意味、賞味期限のある生物(なまもの)だと思います。

だから、それを記録したものは、そこまで必要ではないでしょう。

まあ、私は先生と呼ばれる人たちに、なつかないタイプで、クラス会で、先生に会いたいとも思わないので、そう感じるのかもしれません。

では、Jackieさん、これからも、お元気で、お仕事をがんばってください。

最後は、相談者のゆうさんのメールです。

考え方を変えてみます

件名:お返事ありがとうございました

筆子さま

先日は、私のややこしい悩みにおつきあいくださり、ありがとうございました。

「過去の資料をたくさん持っている先生」という表現がツボにはまりました。

そんなことは、生徒にとって全く意味がありませんね。

おっしゃるとおり、私は人に協力をあおぐのは、あまり得意ではありません。それに「きっちりやりたい」と思うせいで、常に忙しいと感じています。

これまで、性分だから仕方がないとあきらめていましたが、考え方を変えて、仕事のやり方を見直そうと思いました。

リンクをはってくださった記事も、今、順々に読み返しています。

夏に「やっぱり捨てられないなあ」と思ったものの片づけも、意を決してもう一度取り組んでみます。

そのためには、1日せめて15分を何とか確保しなくては。

その片づけの過程で、仕事を辞める決断がつけばよいなと思っています。

お忙しい中、詳細な助言をいただき、本当にありがとうございました。

これからも筆子ジャーナルを楽しみにしています。 

ゆうさん、こんにちは。

メールありがとうございます。

私の回答が何かの参考になれば幸いです。

その後、少しは捨てましたか?

べつに15分なくても、片付けはできますよ。

押入れにある箱を1つ取り出して、部屋のすみに置いておき、気づいたときに、1枚ずつ紙を引っ張り出して、ちぎって捨てるだけです。

「性分だから仕方ない」と考えるのは、おすすめできません。

自分の生徒に対して、「この子は、こういう性分だから、何を言っても変わらない」と思うのは、教え、導くことと真逆の行為ですよね?

ぜひ、成長マインドセット(growth mindset、グロースマインドセット)を採用してください。

成長マインドセットについて⇒自分の能力を自分で見限ることの恐ろしさ、できると信じることの素晴らしさ(TED)

それでは、ゆうさん、これからもお元気でお過ごしください。

ゆうさんの相談メールはこちら⇒たくさんある仕事の書類をどうしても捨てられなくて困っています←質問の回答。

*****

私は、学校関係の書類は保護者の立場でつきあってきました。

いまの人は、オンラインで書類を見るから、そんなに紙はたまらないと思います。

我が家も、娘が小学校高学年になったあたりから(いまから10年ぐらい前)、お知らせは、次第にオンライン化され、中学に入ったら完全にオンラインになりました。

ニューズレターは、学校のサイトで見て、通知表関係は公立高校のポータルサイトで見ていました。

紙媒体でもらっていたのは、保護者の承諾書(遠足に行ってもいい、とか、授業中、子供の様子を写真にとられてもいい、と承諾のサインをする紙)ぐらいで、これは学校に提出するものだから、手元には残りません。

通知表はサイトで見ただけで、ダウンロードもプリントアウトもしなかったので、残っていません。

教科書は図書室から借りていたので、手元に残るとしたら、プリントやノート類だけです。

現在、私のクローゼットの中には、娘のノートやプリントを入れたフォルダーが2冊入っています。

ノートやプリントを入れたフォルダー

小学校を卒業する時に、思い出品として学校側がくれたフォルダー(プリントや作文やらが幼稚園から7年分入っている)と、グレード10(高校1年)のときのノートとプリントが全教科ファイルされているフォルダー(娘が自分でファイルしたらしい)です。

なぜ、グレード10の分だけ残してあるのか謎です。

娘が「預かっておいて」と言ったので、クローゼットの中に入れてあるだけで、自分としては、捨てたい代物です。

中身をパラパラ見ましたが、ずっと取っておきたいとは全く思いません。

ふだんも全然見ません。

私の夫は、40年前の専門学校時代の教科書をまだ持っていて、箱に入れて、キッチンに放置し、虫をおびきよせているから、人それぞれではあります。

それでは、あなたも、感想や質問などありましたら、お気軽にメールください。

お待ちしています。

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カナダ在住の60代。ミニマリストです。

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