婚礼タンスが捨てられないのは、親の思いごと捨てる気がするから

婚礼タンス ミニマルな日常

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使っていない婚礼タンスが、部屋の一角を占領している。

邪魔なのはわかっているのに、どうしても処分する気になれない。

今回は、この気持ちと折り合いをつける考え方を紹介します。

結論からいうと、捨ててかまいません。

タンスを手放しても、親とのつながりは消えないからです。

婚礼タンスは、親の愛情の証

読者から、親が持たせてくれたものが捨てられない、という相談をよくいただきます。

代表格が婚礼タンスです。

結婚するとき、親がお金を出して用意してくれた立派なタンス。

今の住まいには大きすぎて、中に入っているのは、何年も着ていない服や着物。

本当は処分したいのに、いざ捨てようとすると胸が痛んで、何年もそのままになっています。

そうなってしまうのは、そのタンスが、ただの収納家具ではないからです。

娘の門出のために、親が心を込めて贈ってくれたもの。

ひと昔前は、婚礼家具一式を持たせるのが親の務めとされていました。

何年もかけて、こつこつ積み立てて買ってくれた親も少なくありません。

タンスを粗大ごみに出すのは、親の気持ちをごみに出すように感じられます。

親が健在なら、捨てたと知られたら悲しむだろうか、と気が重くなります。

すでに亡くなっていれば、タンスは形見を兼ねており、ますます手放しにくくなります。

どちらにしても、罪悪感が先に立って、行動できません。

こんな悩みの種になるのは、タンスだけではありません。

母がそろえてくれた着物、嫁入り道具の食器、形見のアクセサリー。

そもそも親とは趣味やライフスタイルが違うので使えないのに、手放せないのです。

以前、母親にもらったミシンを捨てられずに悩んでいた読者のお便りを紹介したことがあります。

重くて場所を取るミシンを何年も持ち続け、悩んだ末に手放した方でした。

共通しているのは、もの自体の要不要ではなく、くれた人の気持ちの扱いに悩んでいる点です。

⇒母にもらった30年もののミシンを捨ててわかったこと。

⇒遺品を処分中。着物は受け継ぐべきだという無言のプレッシャーを感じて捨てにくいときはこうする。

親の思いは、すでに受け取っている

考えてみてほしいのですが、親がタンスを持たせてくれたとき、渡したかったのは家具そのものだったのでしょうか。

違いますよね。

親がタンスに託したのは、新しい生活への応援です。

これから自分の家庭を作る娘が、困らないように、幸せになるように。

その思いが、当時の習慣にそって、タンスという形になっただけ。

今の時代なら、家電や引っ越し費用の援助になっていたかもしれません。

宅配便にたとえるなら、親の思いが中身で、タンスは箱です。

中身は、あなたが受け取ったときに、もう届いています。

届いたダンボール箱を捨てても、中身まで消えたりしないのと同じです。

理屈ではわかるけれど、気持ちがついていかない、という人もいるでしょう。

ただ、気持ちの整理がつくのを待っているあいだに、別の問題が生じています。

先送りしているあいだに、親をうらんでしまう

考えているあいだも、タンスは毎日場所を取り続けます。

タンスがあるかぎり、中の服も着物も、とりあえずしまっておけます。

収納家具を手放さないと、中身の整理も始まりません。

ごみの処分費用は年々上がっていて、大型家具ならなおさらです。

しかも粗大ごみ置き場まで持っていくのが大変。

自治体の粗大ごみ収集は、家の前まで自分で出すのが基本です。

2階の寝室に置いたタンスを、誰がどうやって玄関まで下ろすのかという問題もあります。

私の母も大きなタンスを複数持っていましたが、実家を売るとき、弟が業者を呼んで運び出しました。

タンスは、大人が1人で動かせるものではありません。

年を取れば取るほど、手放すハードルがあがります。

早く何とかしなければと思っているうちに、どうしてこんなにかさばるものをくれたんだろう、と親をうらむ気持ちが芽生えてくることもあります。

ありがたいはずの贈り物が、恨みの種に変わってしまうのです。

⇒遺品整理が進まないときは、ものより親の生き方を残そう

ものはもの、気持ちは気持ちと切り離す

こうした、心にも住まいにも重くのしかかるものを手放すときは、ものはもの、気持ちは気持ち、と分けて考えてください。

この2つは、両立します。

気持ちはありがたく受け取って、自分の中に残します。

ものは、役目を終えたら、今の暮らしに合わせて処分します。

私にも似た経験があります。

コロナ禍のころ、手芸が趣味の母が、手作りマスクをたくさん送ってくれました。

遠くに住む娘のために、1枚ずつ縫ってくれたもの。

そのうち、マスクのいらない生活に戻りました。

バスルームの引き出しを開けるたびに、「もう使わないし、どうしようかなあ」と思うようになりました。

そこで、掃除用にして、使い切りました。

母が丁寧に作ってくれたものを雑巾代わりにするのは、少し気がとがめました。

でも、後悔はしていません。

捨てたあとは、引き出しの一角があいて、すっきりしました。

母がマスクに込めた気持ちは、我が家にやってきたときに、ちゃんと受け取りました。

マスクがなくなっても、娘を案じてくれた母の気づかいは消えていません。

ちなみに、同じようにマスクをもらった私の娘は、まだ捨てられずに持っています。

祖母の手作りだと思うと、手が止まるのでしょう。

このあたりは、人それぞれ考え方が違うと思います。だから、無理に捨てる必要はありません。

ただ、マスクを持ち続けることと、それを作ってくれた人を大事に思うことは、別の問題です。

捨てる前に、親に聞かなくていい

親がまだ健在だと、黙って処分していいのだろうか、と気になるかもしれません。

私は、わざわざ相談しなくていいと思います。

聞けば、たいていの親は、「置いておきなさい」と言うものです。

その言葉を聞いてしまったら、ますます動けなくなります。

もらった時点で、タンスはあなたのものです。

どうするかは、あなたが決めていいのです。

あとでタンスが話題になったら、今の住まいには大きすぎたので手放した、長く役立ってくれた、と感謝を添えて伝えてください。

⇒罪悪感を感じて不用品を捨てられないときの対処法。

全部残さなくていい。身近で使うものが1つあればいい

気持ちとものを切り離せといっても、親にまつわるものを全部なくせ、といいたいわけではありません。

本当に大事なものは残しましょう。

その場合、しょっちゅう使ったり、目にしたりするものを選んでください。

私の手元には、母がかぎ針で編んでくれた座布団が1つあります。

寝室のデスクの椅子に敷いて、毎日使っています。

母の手芸品はほかにもたくさんありましたが、ベビー布団などは寄付して、この座布団だけ残しました。

それでも、母の気持ちにふれるには十分です。

デスクを使うたびに目に入り、体に触れます。

どこかにしまい込んだ思い出の品より、よほど母を身近に感じられます。

婚礼タンスそのものは残せなくても、中の着物を1枚だけふだんに着る、嫁入り道具の食器なら、お気に入りを1つ食卓で使う、こんな方法があります。

タンスの素材に愛着があるなら、リメイクという手もあります。

婚礼タンスの木材で、小ぶりのチェストや椅子を作ってくれる家具工房があります。

大きすぎることが問題なら、サイズを変えて使い続ければいいわけです。

費用はかかりますが、ごみにする罪悪感はありません。

どうしても踏ん切りがつかないなら、処分する前に写真を撮っておきましょう。

実物は手放しても、ありし日の姿はいつでも見返せます。

⇒親が買ってくれた着物を断捨離する方法。捨てることで幸せになる方を選ぶ

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親の思いは胸に残して、役目を終えたタンスは手放しましょう。

大きな家具に場所をふさがれて、娘が窮屈に暮らすことを、親は望んでいません。

スペースを取り戻して、のびのび暮らしてください。それが何よりの親孝行です。

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カナダ在住の60代。ミニマリストです。

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