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筆子が実家の片付けをした体験をつづっている、「実録・親の家を片付ける」第2回。今回は古いおもちゃの断捨離について。
母に物を捨ててもらう前に、まずは自分の本、そして自分の部屋にあった変な置物を断捨離しました。
本はたくさんあったので、1日、2日でどうこうできるものではなく、暑い中、毎朝、30分~1時間ぐらい断捨離時間を作り、こつこつ捨てていました。
おもちゃを捨てる
居間で本を捨てていたとき、本棚の上にのっている箱が目につきました。
椅子に乗って箱をおろすと、中には古いおもちゃが。おもちゃといっても私が子供のときのものではなく、80年代に私や弟が買ったおもちゃです。
☆現役の子供がいる家庭のおもちゃの断捨離はこちら:
おもちゃが大量に家に入っていたのは、断捨離マインドが定まっていなかったから~ミニマリストへの道(14)
どんなに断捨離したくても、子供のおもちゃは捨てないほうがいい理由
子持ちミニマリストが伝える、子供のおもちゃとの賢いつきあい方
昔なつかしいファミコン(これは弟が購入)や、「いまどきのこども」のすごろく、ファービーが2対、マクドナルドのおまけのおじゃる丸の人形、水道管ゲーム、そんなものが出てきました。
ファービーは、ペットロボットで、中にセンサーが内臓されていて、言葉を話すぬいぐるみです。からだの一部も動きます。
この人形が爆発的に流行っていたときに、母が、私の娘と弟の娘、つまり2人の孫が遊びにきたときのために、買ったのです。
ところが、2人の孫がろくに遊ぶことがないまま、かわいそうなファービーはずっと実家に放置されていました。
母にことわって、これらのおもちゃは処分しました。ところが、母が1つだけ捨てるのに強く抵抗したおもちゃがありました。
その「思い出の品」は本当に思い出の品ですか?
母が捨てたがらなかったおは、ピジョンというおもちゃメーカーが出しているカメの形をした、赤ちゃんの、お風呂用のおもちゃです。12年前、娘がまだ4歳のとき、1度里帰りしているのですが、このとき、母が買っておいてくれたのがこのカメです。
娘はもちろんもうこんなカメで遊んだりしません。そもそも、ふだんはこの家に住んでいないのです。
このカメがずっとお風呂場のすみっこほかってあり、黒かびがついていて汚かったので、私はほかのおもちゃと一緒に捨てようとしたのです。すると母は、
「それはSちゃんが使った思い出にとってあるんだから、捨てちゃだめ」と言うのです。
う~ん、これが思い出の品?
筆子だって鬼ではありませんので、人の「思い出の品」を無理やり捨てるなんてことはしません。
でも。
母は私がカメを捨てると言い出す前は、このカメのことなんてすっかり忘れていたはずです。だって、風呂場の端っこに打ち捨てられていたのですから。
しかも、母は「思い出の品」をみょうにたくさん持っています。娘の写真だって大量にあるし(これは筆子が送ったからですが)、娘が小さいとき送ったカードや、実家で描いた落書きなんかもみんなとってあります。
そしてふだんそういうものは、棚の中でほこりをかぶっており、母はすっかり忘れているのです。
人間、何かをしまいこんでしまうと、そのもののことをすっかり忘れてしまうんですよね。もちろんそういうものをひっぱりだして、また見れば、思い出がよみがえるとは思います。
ひっぱりだして見るという行為をするのであれば。
「思い出の品」なら風呂場に打ち捨てて、かびだらけにしてほしくないものです。
思い出の品もたくさんありすぎると、1つ1つをないがしろにしてしまい、すべてはただのガラクタになってしまうのです。
「でも、すごく汚いし、思い出は心の中にもっておけば? なんだったら、写真にとっておいてあげるよ」。
こう提案したら、「じゃあ捨てていい」と母は言いました。
そしてとった写真がこちら。
カメはすごろくの上にのっています。このあと、母からこのカメについては一言もありませんでした。
やはり本当の思い出の品ではなかったようです。
片付けに関係ないですが、娘の話
娘は、もう高校生なので、自分のことは自分でやれますが、日本語はしゃべるのも読むのもダメ。もちろん書くことも。
私も、娘が小さいときは、日本語で話かけていたのですが、途中で挫折しました。
娘は言葉が遅いほうで、2歳のときは何もしゃべらず、2歳半でもマム、と言うぐらい。3歳でぼつぼつしゃべるようになったのですが、その過程でどもることがありました。
夫に、「このどもりはきみが日本語で話しかけるせいだ、英語で話せ」と言われました。
私としては、できれば娘に日英バイリンガルになってほしかったのですが、家庭内の言語は英語で(夫は日本語は全く話せない)、私以外に日本語をしゃべる人間が周囲にはいません。
バイリンガルにするには母親の私が相当がんばって意識的にそういう環境を作る必要があります。
私にはこの覚悟がありませんでした。よって、今の娘は完全に英語のみ。聞いてわかる日本語は、私が小さいときからずっとしゃべっていた定型表現(おはよう、ごはんだよ、おかえり、早く、やめて、寒いetc)ぐらいです。
そのため、日本に行ったら、娘のアテンドと通訳をしなくてはならず、これが想像以上にめんどうで大変なのです。
そこで実家では、毎朝、早起きしてジョギングをしたあと、断捨離をちょっとして、あとは、娘につきあって出かけるというスケジュールで動いていました。
☆断捨離のコツ:毎日、決まった時間に、一定のペースで捨てると、片付けがはかどります。
☆この続きはこちら⇒激安衣料品(ファストファッション)を求める心がガラクタを生む~実録・親の家を片付ける(3)
☆初回の記事はこちら⇒実録:親の家を片付ける(1)~まずは自分のものをどんどん捨てる
☆後書き
思い出の品が捨てられない、と言う人は多いのですが、断捨離や片づけ本を書く人が、あまりに「思い出の品は捨てるのが難しい」とか「思い出の品を無理に捨てることはない」と言い過ぎるので、みな、「思い出の品は捨てにくいものなんだ」と思っているのではないでしょうか?
私はいわゆる「思い出の品」をたくさん捨ててきましたが、捨てるとその品物のことは忘れてしまいます。本当に自分にとって大事な思い出は心が覚えているのではないですかね。