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今週のTEDは、ジャーナリストのLeslie T. Chang(レスリー・T. チャン)さんの、The voices of China’s workers(中国の労働者の声)を紹介します。邦題は、「中国の出稼ぎ労働者の声」です。
「中国の出稼ぎ労働者の声」TEDの説明
In the ongoing debate about globalization, what’s been missing is the voices of workers — the millions of people who migrate to factories in China and other emerging countries to make goods sold all over the world. Reporter Leslie T. Chang sought out women who work in one of China’s booming megacities, and tells their stories.
グローバリゼーションの問題が議論されている中、労働者の声は取り上げられていません。世界中で販売されている物を生産するために、中国やほかの振興国の工場に出稼ぎに来ている何万人もの人々の声です。
ジャーナリストのレスリー・T. チャンは、中国で発展しつつある都市で働いている女性の姿を追い、彼女たちの声を伝えます。
レスリーさんは中国人ですが、アメリカで教育を受けジャーナリストとなり、ウォール・ストリート・ジャーナルの北京特派員をしていました。
このプレゼンは、工場に出稼ぎに来た若い女性の悲惨な暮らしを伝えるというよりも、彼女たちの「上昇したい」という向上心ある実態を伝えています。
収録は2012年の6月。プレゼンは12分ほどで、最後に質疑応答が2つあります。全部で14分です。日本語字幕を貼ります。英語や字幕なしがいい方は、プレーヤーで調節できます。動画のあとに、要約を書きます。
☆トランスクリプトはこちら⇒Leslie T. Chang: The voices of China's workers | TED Talk | TED.com
☆TEDについてはこちらをどうぞ⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に
中国で物を作っている人たちは生身の人間である
私たちが使っている靴、ハンドバッグ、パソコン、携帯を作っている中国の人の話をするとき、皆、罪の意識を感じます。
1時間に1ドル未満の給料で、スニーカーを縫っている10代の女の子、iPadの工場で長時間働いたあげく、屋根から飛び降りた男性。
グローバリゼーションの恩恵を受けている私たちは、労働者を搾取し、商品そのものに、こうした不公平が組み込まれているように感じてしまいます。
iPhoneを作っている人たちは、自分ではiPhoneを買うことができないのです。中国の工場はひどい環境にあり、私たちの安いものを買いたいとう欲望がこの状況を引き起こしていると考えられています。
発展している国の欲望と、中国人の生活の悲惨さを結びつけるのは当然ですが、この考え方は正しくないし、失礼でもあります。
私たちに、地球の反対側にいる何万人もの人を出稼ぎさせ、ひどい状況に置く力がある、と考えるのは、自己中心的です。
中国では、自国を含め、世界中の需要に応えて物を作っています。人件費が安く、教育のある大きな労働力と柔軟な生産システムがあるからです。
自分自身や自分の持っているガジェットのことばかり考えている私たちは、製品を作っている人たちを、携帯電話の小さなパーツのように、取り替え可能なものだと考えてしまいます。
中国の労働者は無理やり働かされているわけではなく、お金を稼ぎ、新しい技術を学び、新しい世界を見たいと願って、家を出るのです。
中国の工場で働いている若い女性の考えていること
グローバリゼーションの是非を論じるとき、実際に働いている人の声はあまり聞くことができません。この場でいくつかお聞かせします。
●母に結婚しろと言われるが、自分が成長しきっていない前に結婚するのはいやだ。今結婚したら、単なる労働者としか結婚できない。だから結婚を急がない。
●正月に家に帰省したら、皆に変わったと言われた。その理由を聞かれたので、勉強して熱心に働いたから、と答えた。詳しく話したところで、家族にはわからない。
●お金を稼いだからといって満足していない。お金を稼ぐことだけが人生ではないから。
●仕事のあとに英語を勉強している。将来、中国人相手の仕事ばかりではなくなると思うから、いろいろな言葉を学ぶべきだと思う。
以上は、18歳~19歳の女性の言葉です。中国の南部、東莞(とうかん)で働いている人たちの声です。
彼女たちは、どれだけ稼いだか、どんな男性と結婚したいか、別の工場の仕事に変わりたいか、ということをよく話題にしました。
一方で生活環境については、まず話しません。それは私にとっては牢獄のような暮しでしたが。10人~15人で一部屋を使い、トイレは50人に1つ。昼も夜も工場の仕事優先。
それでも、田舎の家や寮の暮らしよりましなのです。
自分が作っている物が何になるのかわかっていない
彼女たちは、自分が何を作っているのかよくわからないため、生産している商品のことも話題にのぼりませんでした。
工場での自分の役割がわかっていないのです。
この状態をカール・マルクスは、「資本主義の悲劇」と呼びました。生産している物から、労働者を疎外していると。
作る喜びがあった靴や家具の生産者とは違い、工場で働いている人は、自分の仕事を理解しておらず、コントロールもできず、喜びも満足感もありません。
ですが、マルクスは大英博物館で本を書いていたのです。この理論は間違っています。
パーツを作っているからと言って、パーツになるわけではありません。彼女たちにとっては、稼いだお金を使って何をするか、新しい場所で何を学ぶか、そしてそういうことが自分の人生をどう変えるか、ということが大事なのです。
先進国の報道は偏っている
労働者は自分が作っているものが何で、それを誰が使うかなんて気にしていません。中国の工場を報道する人は、この点を誤って伝えています。
iPhoneのアセンブリーラインで働く人が、iPhoneを買うには2ヶ月半分の給料が必要だ、なんて報道します。
こんな計算、意味がありません。彼らはべつにiPhoneが欲しいわけではないのだから。
彼らが計算しているのは、いつまでこの工場にいるか、いくら貯金できるか、アパートや車、結婚や子供の教育にいくるかかるか、といったことです。
バッグの生産工場で働いていたミンは、新年に私にCOACHの財布をくれました。家族にもブランドのバッグをプレゼントしました。すべて本物です。
ミンの妹が、もらったバッグを両親に見せて、「アメリカではこれ、320ドルなんだよ。今度出るバッグは6000ドルなんだ」と言いましたが、農村で働く両親にとってそんな数字は意味がないのです。
ミンやミンの家族にとってCOACHのバッグはある種の価値はあるものの、お金を出して買いたいとも思わないし、本当の値段にも興味はないのです。
それでも、ミンは家族や親族にバッグをプレゼントしています。
ミンが妹にあげたCOACHのバッグには、カードがはいっていました。それにはCOACHの歴史が書かれていました。
COACHの創設者は、1941年に、使いこんだ野球のグローブにヒントを得て、しなやかなレザーでバッグを作った。それは6人の熟練革職人が作ったもので、ひじょうに美しいものだった。それがアメリカのクラシックになった。
労働者と生産している物との関係は、マルクスが考えるよりずっと複雑なのです。しかしマルクスの理論は根強く、世界は、労働者を顔のない集団と捉え、彼らが本当に考えていることなんて考えないのです。
中国の労働者は私たちが想像するよりたくましい
私はミンが18歳のときに会いました。彼女は、電子機器工場のアセンブリーラインの仕事をやめたばかり。その後2年でミンは5回転職し、ハードウエアの購買部門のよいポストに落ち着きました。
後に、やはり出稼ぎの労働者と結婚し、2人の娘を生み、ためたお金で中古のビュイックを買い、両親のためにアパートも買いました。
最近、家族を置いて、また東莞に出稼ぎに行ってます。彼女はメールに、「若いときは野心を持つべき。老いてから目的なく生きてきた、と後悔しないように」と書いていました。
中国にはミンのような労働者が1億5千万人います。中国女性の3分の1です。田舎の村を出て、大都市の工場、ホテル、レストラン、建設現場で働いています。
出稼ぎに出る彼女たちを合計すると、歴史上一番大きな人口の移動です。
これがグローバリゼーションです。
中国の農村から出てきた人が、私たちのポケットにあるiPhone、はいているナイキ、手にしているCOACHのバッグを作っています。このつながりが、何万という人の仕事、結婚、生き方、思考を変えてきました。
元の暮らしに戻りたいと思っている人はいません。
東莞に行ったとき、労働者の話を聞くのは気が滅入るんじゃないかと心配していました。しかし、女性たちは、皆賢く、ユーモアもあり、勇敢で寛大でした。
率直に話をしてくれ、工場、中国、この世界での生き方を私に教えてくれました。
私はミンがくれたCOACHの財布を大切にしています。取材させてくれた女性たちとのつながりを忘れないようにいつも持っています。
財布を見るたびにこう思うんです。
オフィスや図書館で座って想像する世界は、実際に外に出てふれる世界とは違うのです。
—- 抄訳ここまで —-
レスリーさんは、取材をもとに、Factory Girls: From Village to City in a Changing China(邦題『現代中国女工哀史』)という本を書いています。
中国の出稼ぎ労働者の悲惨な環境にはあまりフォーカスせず、プレゼンに出てきたミンのような上昇思考の強い女性について書いている中国の現代史となっているそうです。
物の価値や役割について考えることで買い物グセを修正できる
私がこのプレゼンを取り上げたのは、物の価値や、「物が人の暮しにもたらすもの」について考えるいいきっかけになると思ったからです。
どんな物も開発に費用がかかっているし、実際の生産はもちろん、輸送、販売にもコストがかかっています。
多大なコストがかかっているものを安く買い、そのまま家の中で眠らせておいていいのかどうか?
そういうことを考えると、自分の消費の傾向が変わります。
先日、61歳の方から、「家は片付いているが、無駄遣いが治らず、貯金があまりなく、先行きが不安です」というメールをいただきました。
自分に甘くて欲しいと思うと買ってしまうのだそうです。
そういう人は、物のことや、ショッピングのことばかり考えすぎているのです。あるいは、何も考えていないとも言えます。
生産する人の視点、販売している人など、自分とは全く立場が逆の人のことを想像してみるといいのではないでしょうか。
次に何を買おうか考えるのは思考のクセです。まったく別の思考を脳内に、無理やりにでも持ち込むようにしてみてください。
思考を変えれば、買い物の習慣も必ず修正できます。
こちらの記事も参考にしてください⇒服の買い物が止まらない悩みを解消する4つの方法。 「3.服を作るのにどれだけ手間がかかっているか調べる」をお読みください。
物にまつわる皮肉な世界
このプレゼンを聞いて、人はいろいろな感想を持つと思います。
中国の若い女性は、新しい世界を知り、お金もため、よりよい生活を手にいれることができたのだから、グローバリゼーションはいいことだ、と思う人もいるかもしれません。
男性工員は屋根から飛び降りるのに、女性はしたたかだ、と思う人もいるでしょう。
やはりテレビのニュースは演出過剰だからもうテレビを見るのはやめよう、と思う人もいるかもしれません。
私も昔、YouTubeで、中国のiPadの工場で働いている若い女性に、「これは何になるか知っていますか?」とアメリカのレポーターが聞いていたニュースを見たことがあります。
工員たちに、完成したiPadを見せたら、みんなすごく驚いていました。
かなり上から目線のニュースだと思ったものです。
中国でも都市に住むお金持ちは、iPhoneを始めとしたApple社の製品を好んでいます。iPhoneは、自分は成功してお金を持っているんだ、ということを周囲にしらしめるためのステータスシンボルなのです。
中国は格差が大きいですから。
75年前は、家族経営の工房で、質のよさにこだわり、手作業でバッグを作っていた、COACHの話からは、商品における付加価値、需要と供給について考えさせられます。
昔は職人芸が売りだったのに、商業規模が拡大した今は、中国でバッグを製造。そのバッグを先進国の人が、バカ高いお金を出して買っています。もちろんクレジットカードを使います。
それも一つで満足せず、いくつも。
しかしそのバッグは中国の農村の人にとっては何の価値もありません。まあ、きれいなバッグだな、ぐらいは思うかもしれませんが。
仕事でくたくたなのに、よりよい暮しを手にするために、勉強をがんばっている中国の若い女性に触発される人もいるでしょう。
一方で、お金をたくさん持っている人たちは、家に物をためこみすぎて、自信をなくし、将来に何の望みもなく暗い毎日を送っています。
実に皮肉なことです。