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大事なものを捨てて後悔しないかしら? 実際に捨てて後悔しています、悲しいです。
こんなふうに断捨離には後悔という言葉がついてまわります。
読者の方からも、よく相談をいただくので、今日は後悔について私が思っていることを書きます。
先に結論を書くと、何かを捨てて後悔したとしても、それは世界の終わりではなく、人生は続いていきます。
だから、そこまで気にする必要はありません。
それに、捨てて前に進もうとしたことも、後悔したこともすべてが、自分の人生を豊かにするのではないでしょうか?
捨てて戸惑ったのは2回だけ
「後悔したものではありませんか?」と本や雑誌の編集者の方からよく聞かれますが、実際に悔やんだことはありません。
戸惑ったことや、「ああ、あれ捨てちゃって失敗した」と思ったことはあります。
でもそんな体験は過去記事でも書いていますが、振り返ってみても2回ぐらいです。
娘の鼻パックを捨てた事件
ブログの長年の読者ならおなじみでしょうが、誤って娘の鼻パックを捨てたことがあります。
娘がまだ私と同居していた時に、娘の部屋を片づけていて、まだパックが入っていた箱を捨ててしまいました。私は中身があるとは気づいていませんでした。
一応中を改めましたが、商品の注意書きの紙が入っているだけだと思いました。
去年、もう一回、娘の鼻パックを捨てたことがあります。
現在の娘の家に掃除に行ったときです。バスルームに紙切れがあるからゴミだと思って捨てたら、実はそれは鼻パックだったと言われました。しかも高い鼻パックだったと。
色鉛筆捨てすぎ事件
自分のもので言えば、数年前にボールペン一本生活にするために文房具をかなり捨てました。
その後、何年か経ってから塗り絵を始めた時に、画材として使えるものが手元に9本しかありませんでした。
そのうち8本は1つの芯に2色入りの色鉛筆、もう1本は友人からもらったマーブルカラーの色鉛筆です。
こちらで写真を載せています⇒大量に文房具を断捨離したあと、筆記具は手持ちのものを使い切る方針へ
どちらも色を塗るには使いにくい色鉛筆でしたので、娘が学校で使った画材を残していれば、使えたかもね、と思いました。
代替品はたいてい見つかる
多くのものは捨ててしまっても代替品が見つかります。
鼻パックを捨てたときは、同じ商品をドラッグストアで買って弁償しました。2回目に捨てたときは、街の店舗に売っていない商品だったので、お金を払おうとしたら、「いい」と言われたので謝るだけで終わりました。
捨てたもののことは忘れてしまうことが多いし、なくてもなんとかなります。
本当に困ったら買ってくればいいし、工夫して他のものを使うこともできます。
それなしで暮らす生活を始めてもいいでしょう。
つまり、捨てても致命的に困ることはありません。
私が毎日使っている大事なパソコンだって、いつかは壊れて手放すときが来ます。そうなっても買い替えて生活は続きます。
二度と手に入らない?
鼻パックも色鉛筆も街に行けば普通に買うことができるため、大きな問題にはなりません。
読者の方が問題にしているのは、もう二度と手に入らない大事な思い出の品です。
たとえば古い手紙や文章など⇒もう手元にない思い出の文集がとても気になっています。どうしたらこの執着を捨てられますか?
こうしたものを、捨ててしまったとか、捨てるのが怖いという声をよく聞きます。
確かにこういう品物は大事だと思います。
しかし、今私たちが生きている時間や、今日という日だって過ぎてしまえば二度と手に入りません。
人はいつ死ぬかわからないのに、こうしたことには無頓着で、なんとなく流されながら暮らしていることが多いのに、ものにだけこだわるのはおかしくないですか?
二度と手に入らないものを失ったとしても、他に自分を支えてくれるものはたくさんあります。
自分を満たしてくれるものや行動はいろいろ考えられます。
今そこにあるものだけに、強くこだわってしまうのは、失うことへの恐怖から来ていると思います。
しかし、私たちが何かをずっと持ち続けることは、そもそもできません。
物を捨てられないのは恐怖のせい~損失回避と、授かり効果の心理をさぐる
後悔がクセになっている人はどのみち後悔する
後悔するのは、人間にとっては普通のことですが、特に後悔をたくさんしてしまうのは、思考の癖だと思います。
過去に意識が向きやすい、思い通りの状態にならないと気が済まない完璧主義、自分を責めがち。このような傾向があると、心残りが増えます。
後悔するとき、理想の選択をしなかった自分を裁こうとします。でも、今の自分だって全然理想の自分ではないはずです。完璧な判断ができる人などいないのだから、過去の自分を責めてもきりがありません。
つまり、後悔が多い人は、何をしてもしなくても後悔します。
なので、捨てたあと失望することを心配している人は、捨てなければ捨てないで、ものが多すぎる今の生活でいろいろなことを悔やむと思います。
私はもともとあまり悔やまないほうです。
というのも、何かを捨てると決めたときは、そのときの自分がした最善の決断だと思っているからです。
さらに、私は過去のことより、今日1日を、そしてこれからどうするかを考えている時間のほうが長いです。
失敗だらけの人生に断捨離だけ正解を求めるの?
捨てて後悔したくないと思っている人は、断捨離で100%正解したいと思っています。
でも、ちょっと考えてみると、日常生活では失敗だらけではないでしょうか。人間は失敗をする生き物です。
仕事でも料理でも人間関係でも、判断を間違えることは普通にあります。でも、間違えたからといって、いちいち立ち止まりません。
失敗は成功のもとと言われます。
失敗しても、そこから学んで前に進めばいいし、実際問題、何かで失敗したからといってそこまで大事件は起きません。
断捨離にだけ成功を求めてしまうのは、私には不思議に思えます。
断捨離は自分の生活をよくするためにすることです。
時には判断を間違えて、捨てるべきではなかったものを捨ててしまうこともあるでしょう。しかし、その起きるかもしれない失敗を恐れて何もしないと、ずっと不用品に囲まれて暮らさなければなりません。
失敗を恐れて動かない方がもったいない
不要品を持たずに身軽に暮らすことには、いろいろな恩恵があります。それは、何かを捨てて、たまにする悔やむマイナスをあっさり打ち消します。
失敗を恐れてものをたくさん持っていると、日々のストレスが増えます。
何度も書いていますが、ものが多いと管理の手間がかかります。さらに、それを失うんじゃないかという心配や不安もふくらみます。
一番自分にとって心地がいいのは、当面必要なものが必要な分量だけ、取り出しやすい場所にある暮らしです。
何かを失うことや捨てて後悔することを恐れて、ものを捨てないでいると、そういう暮らしから遠ざかってしまいます。
おわりに:後悔しても人生は終わらない
今回は断捨離と後悔について、現時点で私が思っていることをお話ししました。
たまたま私はあまり悔やまない方なのかもしれません。そもそも後悔したって始まらないじゃないですか。
人生において後悔することがあるかと聞かれれば、若い時に歯の手入れをもっとしておけばよかった、もっと早くから貯金をしておけばよかった、最近で言えば去年あんなに韓国ドラマを見ずに仕事をしておけばよかったといった心残りが思い浮かびます。
でもそう思ったからといって、私たちは後戻りできません。
失った時間はもう戻ってきません。それならば、これからの時間を楽しく過ごせる選択をした方がいいと思います。














































