ページに広告が含まれることがあります。
より人生を充実させたい人、特に人生の後半の過ごし方を考えたい人に役立つTEDトークを紹介します。
タイトルは、Rethink Retirement – well-being beyond your bank account(リタイアメントを再考する ― 銀行口座を超えた幸福)。
ポジティブ心理学を専門とし、ライフデザインを支援するコーチ、Clare Davenport(クレア・ダヴェンポート)さんの講演です。
どうしたら定年退職後の生活が充実するかという内容です。定年退職することを英語では、retirement (リタイアメント)という言葉で表現します。
リタイアメントについて考え直す
動画の長さは14分。収録は2022年。英語の字幕あり。動画のあとに抄訳を書きます。
◆TEDの説明はこちら⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に
クレアさんはかなりゆっくり話しているので、聞き取りやすいと思います。
夢の定年後生活
定年後の生活を夢見たことがありますか?
プールサイドでのんびり、飽きるまでゴルフを楽しみ、海岸を歩く…。私はずっとバケーションが好きでした。みなさんもそうではありませんか?
だから、退職したあと、いつもバケーションのように過ごせるのは本当に最高だと思いますよね。
でも、ある夫婦のことを聞いてください。
ジェフとジェニーの場合
彼らをジェフとジェニーと呼びましょう。
2人は長年、定年を夢見てきました。ジェフは同じ会社で30年以上働き、同僚の誰もが彼を知っていました。ジェフは職場の中心人物でした。
一方ジェニーは、生活を支えるためにしばしば2つ仕事をしていました。
そして、2人はついに夢を実現したのです。太陽が輝くフロリダに移住しました。
しかし、妙なことが起こり始めました。
ジェフは迷子のように感じ、だんだん孤独を感じました。2人は小さなことで口論をするようになりました。
ジェニーは少しずつ新しいコミュニティに入っていったものの、ゴルフには興味がありません。
もともとスポーツが好きではなかったのです。
彼女は長年続けてきた読書クラブが恋しくて、友達や子どもたち、もうすぐ生まれる孫にも会いたかったのです。
定年後の現実は明るくない
いったい何が起きていたのでしょう? 彼らは間違ったことをしたのでしょうか?
フロリダに引っ越し、有能なファイナンシャル・アドバイザーと準備を進め、貯蓄も十分ありました。
広告で目にするような夢のリタイア生活を手にしたはずなのに。
この年齢で不満を抱える人が多いのはなぜでしょう? うつ病が40%も増える理由は?
なぜ薬物乱用や離婚率が上昇しているのでしょう。なぜ多くの人が孤独で、自己肯定感が低いのでしょう。
私たちは、もっとよい定年後の生活を見つけられるはずです。
人生の移行期に何をすべきか?
私は長年、定年のような人生の移行期をうまくすごすためのコンサルティングやコーチング、研究を行ってきました。
私は皆さんが定年退職すべきかどうかを決める立場にはありません。それは人それぞれです。
自分自身で設計し、発見していくことが重要です。
ただ、ジェフとジェニーのような状況に陥らないために、こうした人生の変化や、生活の混乱にどう向き合うべきかお伝えしたいのです。
移行期は人生の中で繰り返し訪れます。それは苦しいときもあれば、うまくいくときもあります。
予測できる場合もあれば、まったく予期しない形でやって来ることもあります。
人生は直線では進みません。
変化を意識して前向きに取り組めば、幸福感を高められると研究が示しています。
これは、定年後の生活においても同じです。
幸福のROI
幸福になる秘訣は「ROI(投資収益率)」だと考えています。
これは、お金ではなく、私たちの幸福に対する投資収益率のことです。それは、銀行口座の残高を超えたROIです。
人間としての成長や繁栄のための投資ポートフォリオだと思ってください。皆さんが定年後に豊かに生きるための投資します。
R: 定年退職の定義を再定義(Reframe)すること。
O: 定年後の幸福を最適化(Optimize)すること。
I: 未来に向かって始動(Ignite)すること。
皆さんの定年後の生活をROIで描き直してください。
定年退職を再定義する
まずRです。ご自身の定年の定義を見直してください。
私は、retirement(リタイアメント、定年退職すること)という言葉はあまり好きではありません。
シソーラスで retire を調べてみると、奇妙な単語が並んでいます。
撤退、除去、退出、そして個人的に笑ってしまったのが「寝る」。
リタイアメントという言葉には、人生から退いていくニュアンスが感じられます。
実際には、この時期こそ人生で最も充実し、最も花開く時期になり得るのですが。
時代に合わないリタイアメントの考え方
歴史的に見ると、私たちは急に定年退職はしませんでした。人生の一段階から次の段階へ、ゆるやかに移行していったのです。
ところが1889年、ドイツの首相オットー・フォン・ビスマルクが、高齢者(70歳以上)のための障害保険を導入しました。
これがリタイアメントという考え方の始まりだと言われています。
この発想は当時は革命的でした。他の国々も追随し、65歳から70歳を退職年齢と定めました。
しかし、ここで注意したいのは、1889年当時の平均寿命が44歳に満たなかったことです。現在の80歳以上とは大違いです。
つまり、100年以上前に発明された定年の定義を、私たちは今もそのまま使っています。
寿命が倍近く延びた今、定年後の人生の概念を再定義し、再考し、再設計すべきではないでしょうか。
幸福を最適化する
次にOを説明します。
定年後の人生における幸福をどう最適化するかを考えてください。
参考になる科学や研究がたくさんあります。
エドワード・ジョーンズ社が9,000人以上の退職者に「定年退職後に充実感をもたらすものは何ですか?」と尋ねたところ、答えはこうでした。
自分らしくあること、大切な人と過ごすこと、関心があることに挑戦すること、成長を助けること、そして人に与え、社会に貢献すること。
興味深いのは、お金がリストの最下位にあったことです。
もちろん、お金は選択の幅を与えてくれます。
しかし、多くの研究から、ある一定水準を超えれば、お金は人生や退職後の幸福の決定的な要因ではないということがわかっています。
さらに面白いのは、定年退職者と退職前の人たちの意識にずれがあることです。
定年退職者は、つながり、貢献、コミュニティを重視していますが、退職前の人たちは主に銀行口座の残高とバカンスのような退職生活に意識が向いています。
この「バカンスのような定年後の生活」ですが、最初は楽しくても、やがてそれが当たり前になり、喜びは色あせます。
バークレーの研究者たちは、退職直後は、幸福感が一気に高まるシュガーラッシュ(砂糖を大量に摂取したときに一時的に気分が高揚したり、元気が出る感覚)のような状態があり、1~2年後にはその幸福感が急激に下がる傾向があると指摘しました。
これは、行動経済学でいう、快楽順応(hedonic adaptation)です。
もう一杯カクテルを飲んでも、ゴルフをもう1ラウンドしても、喜びは失われていきます。
幸せをつくる5つの要素(PERMAV)
最適化を考えるとき、ポジティブ心理学がヒントになります。
よい人生、幸せな人生、無難である以上の人生をつくる科学です。
ポジティブ心理学の研究では、幸福度をあげるものを、PERMAVという5つの頭文字にまとめています。
・P = ポジティブな感情(Positive Emotion)
気分が良い、希望がある、インスパイアされる、愛情を感じる。小さな喜びの瞬間、たとえば美味しい食事や大笑い。
・E = 没頭(Engagement)
成長を助けるような活動に深く夢中になること。人との関係や、グループ、コミュニティと本物のつながりを持つこと。
・M = 意味(Meaning)
目的を持ち、人生に意味を感じること。
・A = 達成感 (Accomplishment)
前向きに進むこと。
・V = 活力(Vitality)
体と心の両方に投資すること。どちらも大切であり、相互に作用します。
この5つの要素が集まって幸福を形作ります。
定年後は、この5つの要素に注意を向けなければなりません。状況によって変わるので、意識して取り組む必要があります。
ブルーゾーンから学ぶ
世界には ブルーゾーン と呼ばれる地域があり、そこでは人々が PERMAV をごく自然に実践しています。豊かな人生を送り、平均より10~15年も長生きします。
そこでは、リタイアメントという言葉すら存在しません。
たとえば、マリーという101歳の女性がいます。
自分の庭を持ち、毎日1マイル以上歩き、週5日ボランティアをし、親しい友人や6人のひ孫たちと多くの時間を過ごしています。
マリーは、定年後の時間を最大限に生かして、いきいきと暮らしています。
未来に向けて行動を始める
最後にIです。自分自身の道を切り開きましょう。行動を起こし、やってみたいことを考えてみましょう。
これは、未来に少しずつ近づくことです。
人生はあらかじめ決まったゴールに向かうものではなく、常に自分でデザインし続けるものです。正解は存在しません。定年後には、素晴らしい選択肢がたくさんあります。
アイデアや行動は細かくして取り組んでください。
小さな形に分けると、安心して行動できます。
会話をしてみる、新しいアイデアを試してみる、何かを学ぶ。こうしたことを安全に行います。
試して直し、また一歩進む。その積み重ねが未来をつくります。
定年後を最高の時間にするために
最後に、皆さんにお願いがあります。
周囲の人と定年退職について話し合ってみてください。ただし、今度は少し違った形で。早すぎることはありませんし、遅すぎることもありません。
リタイア後の暮らしを描いてみましょう。
それは、幸福という色と質感に満ち、無限のデザインと想像力で彩られています。
ジェフとジェニーがそうしました。
彼らはフロリダから戻ってきました。
ときどき休暇で訪れることはあっても、生活の拠点は変えました。親友の家から2軒隣に小さなコンドミニアムを購入したのです。
ジェフはパートタイムで働くことにし、週2回インプロ(即興劇)のクラスに通っています。
ジェニーは英語の修士課程に入り、長年の読書クラブを今も楽しんでいます。
2人は友人や家族との時間を最優先して、いきいきと暮らしています。
あなたはどうでしょう? あなた自身の「リタイアメントの章」をROIで描き始めましょう。
定年を再定義し、誰を、そして何を優先するか見極め、今日できる小さな一歩を踏み出すこと。
その積み重ねによって、退職後の人生は最良の時期になり得るのです。
リタイアメントに関するほかのプレゼン
より長く健康な人生の準備をどのようにするか?~長寿革命に備えよう(TED)
60歳以降は可能性に満ちている「人生の第3幕」ジェーン・フォンダ(TED)
悲観するな! 年を取ることを冒険だと思って楽しもう(TED)
幸せの形はいろいろある
定年退職して人生から降りるのではなく、新しい人生をつくっていく。この提案に大いに共感しました。
多くの人は、貯金をしっかりして、定年後の安心を得ようとします。
でもお金だけでは、本当の幸福は得られません。
定年後の人生の幸せは、日々の時間をどう過ごすかにかかっています。誰と時間を過ごすか、どんなことをして自分を成長させるか。
ポジティブ心理学の研究から、人とのつながり、貢献する喜び、学び続ける姿勢が幸福度を高めるとわかっています。お金だけでなく、こうしたことにも意識を向けたいですね。
定年という大きな転機を前にすると不安が大きくなりますが、小さな行動を積み重ねるだけで、人生の後半をより豊かに過ごせます。
定年後は、自由になる時間が増えます。この時間をぜひ自分らしく過ごしてください。