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去年の夏、実家で母のものを母と一緒に生前整理した話をシリーズで書いています。今回は台所の天袋の中身を捨てた話です。
昭和8年(1933年)生まれの母は当時81歳。母は父の建てた家に40年以上住んでいます。ここ20年ほどは1人暮し。
この世代の人にありがちな「物をためこむタイプ」で、断捨離という言葉も知りませんでした。
収納場所の多すぎる母の台所
母の台所は物を収納する場所があまりにも多すぎます。
流しの下の物入れや流しのカウンターの上方にある天袋が多数ある上に、食器棚も大、小2つも持っています。
収納する場所があればあるほど、ガラクタがたまってしまう典型的な例が母の台所なのです。
もともと4人家族を想定して建てた家だからしかたないかもしれません。ですが、入れる場所があるからといって、何もすべてを埋める必要はありません。
断捨離ポイント1:収納場所が多すぎる家に住むべきではない。
ある朝のこと、母が「ちょっとあそこに入れてあるやかんを捨てて」と言いました。
母の指さす先にあったものは…
天袋という呼び方でいいのかどうかわかりませんが、高いところにある物入れです。
お年寄りは高いところに物を収納してはいけない
扉をあけると上下、2段に分かれています。母も筆子も小柄なので、上段に乗っている物を取るのは一苦労。
私と母の身長はほぼ同じですが、母のほうがちょっぴり高いです。
下のほうの段は椅子に乗ればふつうに取れます。それでも奥のほうに物を押し込んでいたり、積み重ねていると、たいへん取り出しにくく危険です。
上の段に入れてあるものを取り出すために、私はステンレスのカウンターの上に乗りました。
カウンターの幅と物入れの幅は同じなので、取り出すとき、からだを外側にそらさなければなりません。
これがとても怖かったです。
ドキドキしながらやかんを出しました。
こんな取り出しにくいところに物を入れるべきではないですね。事故につながります。以前も書きましたが、お年寄りの事故は家の中で発生することが1番多いのです。
断捨離ポイント2:苦労しないと取れないような場所に、物を収納してはいけない。取り出しやすいのは膝から目線ぐらいまでの高さ。
母にそうい言ったら、「でも置くとこ、ないよ」という返事。
断捨離ポイント3:置き場所がないものは捨てる。
天袋の中にあったものはみんな捨てた
ふだん出し入れしにくい場所だけに、いらないものがたくさん入っていました。
■もう使わない台所用品
オードブルセットやボール、菓子器など。
このオードブルセット、私は見覚えありません。皿もボールもところどころさびついてました。
断捨離ポイント4:見えないところに物をしまいこむとガラクタになるだけ。
■やかんやポット
ふだん使っているやかんはいつもコンロに乗っています。どうして2つもやかんがあるのでしょうか?
現在母は、サントリーの「南アルプスの天然水」が飲めるウォーターサーバーを台所に設置しています。趣味のテレビショッピング(ジャパネットたかた)で注文したのです。
サーバーから冷たい水も熱湯も出ますから、実のところやかんやポットはもう不要です。母はインスタントコーヒーもサーバーのお湯で作っていると言っていましたし。
ただ、ウォーターサーバーは電気がないと動かないし、配給されている水(天然水ボックス)が切れる可能性もあるので、1つはやかんを残しておいたほうがいいでしょう。
それにしても、このウォーターサーバーすごく便利ですね。水もおいしくて、滞在中に私と娘がガンガン飲んだので、母はいつもより天然水の箱を余分に注文するはめになりました。
誰かに何かをあげるときのためにとってある物
天袋に入っていたものは全部不用品でしたが、こんなものが入っていたのにはあきれました。
■プラスチックの入れ物や紙皿
お寿司やおかずの入っていたプラ容器にトレイです。市販のものも少しありましたが、ほとんどは自分で買って食べたあのと空の容器です。
なんのためにこんなにいっぱい持っているのでしょうか?
母に聞いたら、
「誰かに何かをあげるときのために」
とのこと。
誰かって誰?
何かって何?
確かに母はときどきおかずを義理の妹(弟の嫁でわりと近くに住んでいる)や、母の姉に持って行っているようですが、そういうときはタッパーを使っているので、プラ容器は全然減らないのです。
おすそ分けするときは、本物の食器に入れて、食器ごとあげたほうが、いいくらいです。
食器だってものすごくたくさんありましたから。
関連▶うんざりするほどあった食器はこんなふうに断捨離(写真つき)~実録・親の家を片付ける(8)
☆このシリーズを最初からじっくり読みたい方はこちらから▶実録:親の家を片付ける(1)~まずは自分のものをどんどん捨てる
断捨離ポイント5:いつか何かに使えるかもと考えてはいけない。
この労力を何かほかのことに使っていれば…
この日捨てたものは、みんなほこりや油がつかないように、ていねいにビニール袋やラップに包まれていました。
これもみんな捨てました。
母はずぼらな私とは違って几帳面で、何かをしまうときはこんなふうにビニール袋や風呂敷に包むのです。
しかし、それでますます中身がわからなくなってしまうこともしばしば。
若いときから母は探しものをすることが多く、「どこかにしまいこんじゃった」とよく言ってました。
これは母がだらしないとか頭が悪いとかそういうことでは全然なく、個人で管理できる以上のものを持っていたからです。
物をたくさん持ち、きれいに包んで押入れや天袋の中に押し込む。取り出したいときにそれがどこにあるのかわからずストレスを感じる。
「少ないものを持てば、こんな無駄なことをすることはなかったのに」。
「残りの人生はこんなことに時間を取られず、楽しく暮してもらいたい」。
そんな気持ちで、この日私は暑い中、カウンターに上ったり下りたりして天袋の中を断捨離しました。
実家の片づけ、次回に続きます。