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本は大事な文化財、捨てるべきではないのでは? この意見に対する私の考えを書いた記事の感想を着信順に紹介しています。
今回は最終回です(たぶん)。
もとになった記事はこちら⇒本は貴重な文化財だから捨てるべきではない、という意見に私が思うこと。
きょうはお2人のメールを紹介しますね。
内容:
・個人がたくさん本をもつのは非現実的
・文化財は自宅では保管できません
最初は、暇な捜査官さんのお便りです。(「暇な捜査官」という名前です)。
たくさんある本を管理するのは維持費がかかる
件名:書籍なんて飾りです!
本の断捨離の是非が盛り上がっていますので私もコメントします。
結論から言うと書籍は大まかに3~5冊持っていれば十分というものです。
私の場合はクルマとカメラが趣味ですのでその方面の書籍が最低限持っていたいですね。
とにかく日本人は3大何とかが大好きですので書籍もそのぐらいが妥当ではないかと思います。
図書館は学生時代よく利用しました。
ただ本が家になかったからではなく、図書館だと周りには静かに読書しているか寝ている(!)人しかいませんので、自分のやる気が家で勉強するよりも向上します。
実体験では、過去に購入した本を読み終わって処分した後にまた読みたくなることがあるのですが、現行品ならともかく、古書だとプレミアが付いていたりしてあきらめてしまう事もあります。
何とか入手して読んでみても、その場では一時的に読んでよかったと思うのですが、また処分したくなることがよくあります。
余談になりますがテレビなどで重大な事件や災害が起こるとすぐに専門家がコメントしていますが後ろに本棚いっぱいの専門書が収まっているのがよく見受けられます。
あれってすごく嫌味に感じませんか? 「いかにも専門家なんだよ」という事をひけらかしているみたいに見えます。
そう考えると書籍を所有するという事は一時的には気分向上になるけど、冷静に考えれば長期保存は通常の場合莫大な管理費がかかるので、博物館でもなければ意味はないという事になります。
日本の場合、湿気対策や虫食いの被害もありますから実用的ではないと思います。
捜査官さん、こんにちは。お便りありがとうございます。
捜査官さんは、本をあまり持っていないのですね。
確かに、人によっては、本をいっぱい持っていると、いろいろな意味で、気分がよくなるかもしれません。
三大〇〇、五大〇〇、と手持ちのものを厳選するのはいいアイデアですね。
以前、コレクションがありすぎるときは、殿堂入りするものを決めるといい、というアイデアを読者からいただきましたが、
たまりすぎた宝塚歌劇のグッズ、私ならこうやって整理・処分します。
それと同じで、うまく整理できそうです。
専門家の部屋に本がたくさんあっても、嫌味には感じませんよ。ただ、「あんなに詰め込んで、引っ越し、大変じゃない?」とか、「地震対策、してあるのかな」と思います。
あと、私はなんとなく、本の背表紙の文字を読んでしまうので、気が散ります(視覚的ノイズ)。
それでは、捜査官さん、これからもお元気でお暮らしください。
次はKayさんのお便りです。
Kayさんは、学芸員をしていた立場から、「本は文化財」という意見に対する考えを送ってくださいました。
メールは3600文字以上あったので、少し削りました。小見出しは、Kayさんが書いていたものと、私がつけたものと混ざっています。
文化財は一般家庭では保管できない
“本は貴重な文化財” この話題、盛り上がっていますね。
日本の強力な再販売価格維持制度の影響で、書籍を神聖視する傾向がまだ多いことに驚きました。皆様の反応も多様で興味深いです。
文化財というワードに反応して私もメールさせていただきます。
書籍は特別ではない
海外の多くの国では書籍に値段は印刷されていません。
発売日から日が経つにつれ本の価格は下がります。本にセールのシールが貼られ、値引かれた数字が何度も書き直され、店頭に並ぶ光景を私はヨーロッパ諸国で何度も目にしました。
書籍は洋服などと同じです。旬があるのです。
衣料品や生活雑器が文化財に指定されることもあります。本も同列です。
さしずめ、学術専門書は冠婚葬祭服、教本やハウツー本は作業服・学生服、小説は流行りの服、漫画はファストファッションと私は認識しています。
よく着るお洋服を残すように、漫画であってもよく読む作品は手元に残します。
いつか読みたい本や昔よく読んだ本であっても、その本の存在を見て思い出す程度ならば私は処分します。
子供の頃は本が嫌いだったけど
実家にはそこそこの書籍がありました。
私に本を読ませたい親は、近所の大型書店へと私を頻繁に連れていきました。近所には巨大図書館もありました。
その反動で私は本は苦手でした。
紙媒体に関しては教科書・問題集・参考書・取説と漫画以外は読みませんでした。
宿題の読書感想文のために読まされた本や、面白い漫画も読み終わるとパッパッと捨てていました。振り返ると活字を排除した学生時代でした。
学芸員としてたくさん本を読んだ
学芸員有資格者の私は、日本の人文科学系の登録博物館で学芸業務に従事していました。
学芸員の主な業務は資料の収集・展示普及、保管・管理、研究・調査です。
資料には文化財も含まれます。
企画展を担当する際、自身が専攻した分野の展示ができるとは限りません。
展示テーマが決まってから膨大な関連書籍を読み漁り、監修依頼をかけ、展示資料の選定、資料借用依頼、展示構成、展示挨拶・展示キャプション・図録の原稿を書きました。
企画・特別展を年1ペースで担当し、開催していました。
本嫌いでも仕事ですので関連書籍は準備段階から100冊程度は読み込みます。
予算がついて展示責任者となると、過去から最新までの関連書籍を一企画あたり200冊程度は軽く読み込みます。
本以外から得られるもの
展示期間が過ぎ研究紀要を仕上げると、それらの知識はサラサラと私の意識から消えていきます。
次の展示に向けて次の知識を取り込んでいるので自然なことだと思います。
展示準備で知り合った高名な先生方の何気ない一言や、観覧者が展示を見ながら呟いた言葉の方が印象深、く今も鮮明に残っています。
それらの経験からも、気づきや発想は色々な形で得られるものだと思います。
いつかに備えて幼い時から闇雲に本を読むよりも、情報や刺激を五感から得るべきです。
必要に迫られてからの読書の方が効率的です。
興味深い本は、書店・図書館・大学図書館・各種研究室に多数所蔵されています。手続きを踏めば閲覧できます。
社会教育の大原則は、知識量ではなく知識を得るためのツールを探せるように、それを使いこなせるようにすることです。
文化財と思うなら一般家庭での保管は諦めるべき
博物館が所蔵する重要文化財を含む全ての資料の保護・保管には、温度・湿度の管理、年に1回程度の燻蒸処理といった専門的な処置を必要とします。
高くつきます。
紙は弱酸性なので、劣化を防ぐために薬品処理を施し中性紙化することもあります。
予算的に難しく優先順位をつけるのに苦労したのを覚えています。
博物館資料となった書籍(古文書)を直に触ることはなく、手袋を用い資料が痛まないように、触る箇所にも細心の注意を払います。
直射日光はもちろんのこと蛍光灯の光も大敵です。博物館では無紫外線蛍光灯を用いていますが、それでも照明焼けを避けられませんでした。
博物館の消火方法は資料を痛めないように特殊なものです。
新規資料の受け入れは、それらが汚染源にならないよう細心の注意を払います。
劣化を完全に防いだ永久保存は不可能と知りながら、少しでも良い状態で後世に残すために博物館があり、学芸員がいます。
文化財とはそうやって保護・保管されるものです。
従って、「本は文化財」というのは暴論が過ぎます。
子どもに古い書籍に触れさせる必要性を感じない
せっかく改定して読みやすくなった書籍を、雰囲気が変わった、差別用語が消えているという理由で嘆く意味が理解できません。
過去の翻訳が正しいとは限りません。
年齢を重ねた結果、自分の受け取り方が変わったのかもしれません。
作品の雰囲気が変わったと感じ気になるのなら原文にあたるべきです。
幼少期に触れる書籍の大半が、家にある古い時代の書籍というのは、未来を生きる子どもにとって適切とは思えません。
時流に反して子どもが古い価値観に染まり、無自覚に差別用語を使ったらどうするのでしょう?
差別用語は感受性や共感力の強い子どもには凶器です。
大半の親は差別用語の含まれた書籍を子どもに触れさせたくないと考えるのでは?
子どもが一般教養を学んだうえで、文学・民俗・歴史・言語・法律等を勉強する過程でそれらの差別用語に触れ、知識を深めればすむ話です。
また、書籍は劣化が激しくカビ・虫の温床となります。
アレルギー体質・呼吸器疾患者の方、乳幼児や高齢者の方にとって、古い書籍は健康リスクが非常に高いです。
捨てない理由が「文化財」という意見に疑問を感じる
人が何を大切にして、何を選択するかは自由です。
「自分は本を捨てたくない(捨てられない)」と割り切って、個人的に家で大事に書籍を保管すればよいだけのことでは?
本を捨てたくない理由を「文化財」や「子どもの情操教育」に転嫁して、ミニマルで心地よい生活を目指すこのサイトにわざわざ……謎です。
「本は文化財だから捨てないほうが良い」とはいかないまでも、本を神聖視し、もう読まない大量の書籍で生活スペースを圧迫されて、なんとなく困惑している方は一考すべきです。
このサイトのテーマである『断捨離と節約をして「老い支度」に励む日々』にそれが必要かを。
漫画好きな私は15年ぐらい前から全て電子版にしました。
絶版したマンガも電子復刻することが多々あります。快適です。咳が出ません。そのため、電子版の小説を読むようになりました。
電子だと多少の割引もあります。私には電子書籍で十分に感じます。
来年から国立国会図書館のデジタル閲覧枠が拡大されます。
書店に並ばない刊行物の閲覧までも可能になるかもしれませんね。
Kayさん、こんにちは。お便りありがとうございます。
学芸員ってキュレーターですよね? すごく仕事の幅が広いですね。
たしかに、文化財は、国がお金と手間暇かけて、保存しますよね。
「本は文化財だし、捨てるのは、子供のためにもよくない」と、という意見に引っ張られていたHさんは、文化財について、そこまで深くは考えてはいなかったと思います。
「世間的に見て貴重だから、私も本は捨てなくてもいいのかも?」と思っただけではないでしょうか? そもそも、Hさんの家には、小さなお子さんはいないでしょう。
本が貴重だの、なんだのというのは、結局、捨てない言い訳です。
私たちは、物を捨てることに恐怖を感じるから、捨てなくてもすむ言い訳を思いつき、時には、その言い訳を正当化できる意見を探します。
人は、自分が信じていることを信じつづけていたいから。
Hさんも、今は本を所有することについてもっと客観的に考えられるようになったと思います。
それではKayさん、これからもお元気でお暮らしください。
■この続きはこちら⇒役目を終えたと思う本は手放せるようになった(本の処分、その8)
■感想特集を最初から読みたい人はこちらへ⇒本は捨てるな、という意見を読んで(その1)
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「本は大事だから捨てちゃだめ」という意見に対する、ほかの読者の考えをたくさん紹介しました。
Hさん、一連のメールを読んでどう思ったか、よかったらまたメールくださいね。
ほかの方も、感想がありましたら、お気軽に送ってください。お待ちしています。