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充実した人生を過ごす参考になるTEDの動画を紹介しています。今回はダニエル・レヴィティンさんという脳神経学者(neuroscientist)のプレゼンです。
タイトルは How to stay calm when you know you’ll be stressed(ストレスにさらされると知っているとき、冷静でいる方法)
人はストレスを感じているとき、正常な判断はできない。だから、ストレスにさらされていないときに、ストレスが起きるような状態(最悪の事態)が起きたらどうするか考えておくと、そういう事態になってもあわてないし、ダメージを最小限に抑えられる、という主旨のトークです。
「ストレスにさらされると知っているとき、冷静でいる方法」TEDの説明
You’re not at your best when you’re stressed. In fact, your brain has evolved over millennia to release cortisol in stressful situations, inhibiting rational, logical thinking but potentially helping you survive, say, being attacked by a lion.
Neuroscientist Daniel Levitin thinks there’s a way to avoid making critical mistakes in stressful situations, when your thinking becomes clouded — the pre-mortem. “We all are going to fail now and then,” he says. “The idea is to think ahead to what those failures might be.”
ストレスをかかえているとき、あなたはうまく考えることができません。事実、人がストレスを感じると脳からコルチゾールが分泌され、理性的に考えることができません。だからこそ、ライオンに攻撃されたときに助かることができるのです。
脳神経学者のダニエル・レヴィティンは、ストレスにさらされ、うまく考えられないとき、致命的なミスを避ける方法があると考えます。プレモータム (pre-mortem 事前検死、死亡前死亡分析)です。
「私たちはみんな、時々失敗します。先に、その失敗がどんなものであるのか考えておくのです」と彼は言います。
プレゼンは12分20秒。日本語字幕はないので、字幕なしを貼っておきます。動画のあとに抄訳を書きます。英語字幕などを出したい方はプレイヤーで調節できます。
※トランスクリプトはこちら⇒Daniel Levitin: How to stay calm when you know you'll be stressed | TED Talk | TED.com
※TEDの説明はこちら⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に
氷点下40度の夜に鍵を家に忘れて閉めだされた
数年前、自分の家に押し入ったことがあります。真夜中に友人の家から自宅に戻ったら鍵を持ってないことに気づきました。
場所はモントリオール(カナダ)で、気温は氷点下40度です。とんでもない寒さです。
窓から自分がダイニングテーブルの上に置いた鍵が見えました。家のまわりを走ってドアか窓があいてないか探しましたが、どこもきっちり閉まってました。
携帯はもっていたので、錠前屋に電話しようかと思ったのですが、真夜中だったし、翌朝早くヨーロッパに出発する予定があったのでパスポートとスーツケースがいるので友だちの家に戻るわけにも行かず。
どうしようもなくなって、結局大きな石で地下室の窓を割って、そこから入り込みました。ダンボール紙で窓をふさいで、朝になったら飛行場に向かう途中で建設業者に電話しようと思いました。
高くつきそうでしたが、錠前屋を真夜中に叩き起こすよりは安くあがるだろうと思いました。
ストレスがあると人はふだんのように考えられない
私は脳神経学者なので、こういうストレスのもとで脳がどんなふうに機能するかわかっています。コルチゾールが出て、心拍数があがり、アドレナリンも出て、理性的に考えられなくなります。
だから翌朝、寝不足のまま窓の穴のことを心配しつつ、業者に電話しなくてはと思いつつ、ものすごく寒い中、目の前のヨーロッパでのミーティングのことも気にかけていたら、私の脳内ではコルチゾールがどんどん出てました。
まともに考えていなかったのですが、そんなことには気づいていませんでした。だって、まともに考えられなかったのですから。
そして、飛行場のチェックインカウンターで気付きました。自分がパスポートを忘れたことを。
雪と氷の中を40分かけて、家に戻り、パスポートを取ってきたらなんとかギリギリ、フライトに間に合いました。でも自分の予約していた席はほかの人にまわっており、トイレの隣の、椅子が倒せない席になってしまい、8時間一睡もできませんでした。
そこで事前にこういう最悪なことを避ける方法はないだろうか、と考え始めました。たとえ何か悪いことが起きても、ダメージを最小限に留める方法はないかと。
先に最悪な事態を想定するプレモータム
1ヶ月後、同僚のノーベル賞をとった、ダニー・カーネマンに自分の体験を話していたら、彼は、prospective hindsight (プロスペクティブ ハインドサイト 予想されるあと知恵)を研究していると言いました。
これは心理学者のゲーリー・クラインが本に書いた理論で、pre-mortem (プレモータム)とも呼びます。
皆さん、postmortem (検死、事後の討議)はご存知ですよね。何か災難が起きた後、なにが原因だったか探ることです。
プレモータムでは、事前に、起こりうる最悪のことを予測します。そしてそういうことが起きないためにどんなことをすればいいのか、考えるのです。
プレモータムの例1:物の置き場所を決める
例をお話ししますね。わかりやすい例と、そこまでわかりやすくない例があります。まずわかりやすい例から。
家の中で、なくしやすい物があったら、それぞれの置き場所を決めてください。常識に聞こえるでしょうが、これは脳がスペースを記憶するやり方にのっとっています。
脳にある海馬(hippocampus)は何千年もかかって発達してきました。大切なものがある場所を記憶する部分です。
どこに泉があって、魚がどこにいて、果物の木はあそこにあって、敵はどこにいて、といったことを覚えておくために発達しました。海馬があるから物のあり場所を記憶できるんです。
ただ海馬は、静止している物の場所は覚えられるのですが、移動している物の場所を覚えるのは苦手です。
だから、車のキーとか老眼鏡とかパスポートの置き場所を忘れてしまうのですね。そこで、こういう物にきっちり置き場所を決め、常にそれを守れば、もう忘れません。
旅行する時は最悪の場合に備えて、クレジットカードや、免許証、パスポートの写真をスマホで撮って、クラウドに入れておけば、失くしても、すみやかに再発行できます。
プレモータムの例2:薬を服用するまえに考えるべきこと
次は、ちょっとわかりにくい例です。ストレスを感じると脳内でコルチゾールが出ます。コルチゾールは毒のようなもので論理的思考を邪魔します。プレモータムの考え方を応用すると、ストレスをかかえる状況を先に考えておけばいいわけです。
人生でもっともストレスフルな状況は、たぶん医学的な決断をしなければならないときですね。私たちみんなが一生のうち、いつかは、そういう立場になると思います。自分自身でなくても、大切な人がそういう決断をするはめになり、助けるようなこともあるでしょう。
だから、そういう例を一つお話しします。よくある例を出しますが、別に病気でなくても、経済的な決断をするときや、社会的な決断をするときも一緒ですよ。理性的に考えて決断したほうがよい場合にはみんな使えます。
たとえば、あなたが医者にコレステロール値が高いと言われたとしましょう。コレステロールが高いと心臓病にかかるリスクがあがります。医者が、「コレステロールを下げる薬である、スタタン(statin)を処方しましょう」と言ったとします。
この薬はよく使われていますから、あなたは「はい、そうしてください」と言うでしょう。
しかし、この時考えなければならないことがあるんです。NNT(number needed to treat 治療するために必要な人数)というものです。
NNTは、その薬や手術で、ある病気を治すために必要な人数です。「は、何それ?1人に決まってんじゃん。効果のない薬を医者が処方するわけないでしょ」と思うかもしれませんね。でも違うんですよ。
グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline イギリスに本社があるグローバルな製薬会社)は、薬のうち90%は、30~50%の人に効くとしています。全員に効くわけではありません。
スタタンの場合は、1人の患者に効くまでに、何人の患者が飲まなければならないと思いますか?300人です。この数字はリサーチの裏付けがあります。300人の人が1年服用して、そのうち1人が、心臓病などにかかるのを免れるのです。
「300人に1人なら悪くない、薬を飲もう」そう思うかもしれませんね。でもここでもう1つ考えなければならないことがあります。薬の副作用です。スタタンの副作用は飲んだ人の5%に出ます。筋肉が萎縮したり、関節痛になったり、胃腸を痛めたりとか。
「5%なら、たぶん自分には起きやしない。薬飲みます」そう思うかもしれません。でもあなたは、ストレスにさらされているんです。理性的に考えていません。
300人が飲んで1人に効き目がある薬です。300人のうち5%に副作用が出ます。それは15人です。この薬を飲むと薬によってよくなる確率の15倍、副作用に悩まされる確率があるんです。
私はスタタンを服用すべきかどうかを問題にしているのではありません。こういう話し合いを医者とするべきだと言いたいのです。インフォームドコンセントの一部です。薬を飲むリスクを考えるにあたって、患者はこうした情報を知っておくべきなんです。
私は別に、皆さんにショックを与えようと思って、スタタンの数字を出したわけではありません。NNTという指数は、べつにスタタンの場合だけ多いわけではありません。
たとえば、50歳以上の男性がよく受ける手術である、前立腺ガンの手術ですが、これのNNTは49です。49の手術があって、1人が助かります。
この手術の副作用は、患者の50%に出ます。その50%のうち、ラッキーな1人なら、副作用は1~2年でおさまります。
失敗は必ずある。先に最悪な状況を予測し対応を考えておく
プレモータムは、このように、先に、悪い状況にどう対応するか考えておくことです。実際に、悪い状況に立たされたとき、ろくに考えずににまずい決断を下すべきではないですから。
人生の質ということも考えておきたいです。痛みのない短い人生がいいのか、おしまいのほうで痛い思いをいっぱいをしても長生きしたいのか。こういうことは、家族と話しあったり考えたりしておくべきことだと思います。
実際にその状況になったら、気が変わるかもしれませんが、事前に考えておくことに価値があります。
ストレスを感じて、脳がコルチゾールを分泌すると、ほかのシステムはみんなシャットダウンします。人がライオンのような敵と差し向かいになっているとき、消化とかリビドーとか免疫とかそういうものは後回しです。
代謝をそういうものに使ってしまったら、敵に対して、機敏に対応できず、ライオンのエサになってしまいますからね。
こういう場合、論理的な思考も後回しになるのです。だから先に、こういう事態はどうするか考えておくべきなのです。
人生には必ずうまく行かないときがあります。みんな時々は失敗するんです。先に、どんな失敗があるのか予測して、対応策を考えておくと、ダメージを最小限に留められます。
雪の中、ヨーロッパの出張から戻ったとき、業者に頼んでつけてもらったコンビネーションロックがありました。その中に玄関の鍵が入っています。コンビネーションはとても覚えやすいものにしました。
実は私は今でも、仕分けしてない郵便物とか、読んでないeメールがいっぱいあるし、きちんとできてない部分もたくさんあるのですが、だんだんましになってきましたよ。
… 抄訳ここまで …
補足:プレゼンに出てきた人名について
ダニー・カーネマンはダニエル・カーネマン Daniel Kahnemanのこと。 アメリカの心理学者、行動経済学者で2002年にノーベル経済学賞を受賞。
ゲーリー・クラインは認知心理学者で人間の意思決定に関して数々の研究をしています。彼の近著、Seeing What Others Don’t は『「洞察力」があらゆる問題を解決する』という翻訳で日本でも出ています。
プレゼンターのダニエル・レヴィティンは音楽好きでレコードのプロデュースもしています。This is your brain on music 『音楽好きな脳―人はなぜ音楽に夢中になるのか』といった本を出しています。
プレモータムとは?
プレモータム(英語の発音はプリモータム)はよくビジネスのスタートアップで、使われる分析です。
まず最悪の事態を考えて、何がその事態に至らせるのか、分析し、失敗要因をひとつひとつつぶして行きます。
ビジネスにおける最悪の事態は倒産でしょうから、この事業が倒産するとしたら、その原因はなんだろうか、商品がだめすぎるのか、プロモーションがヘタすぎるのか、そもそも需要が全くないからだろうか、競合他社が素晴らしすぎるからだろうか、などなど考えるわけです。
もちろん実際に分析するときは、もっと細かく数字などを用いて分析すると思います。
弱点の洗い出しとも言えます。弱点を最小限にすることで、その事業を成功に導こうとします。
失敗に向き合うことが成功につながる
プレゼンでも言っていたように、プレモータムはいろいろな状況で使えます。
たとえば結婚するとき、最悪の事態である離婚を予測して、そうなる原因をつぶしておくと、より幸せな結婚生活が送れるのではないでしょうか?
離婚の原因はいろいろあるからそう単純にはいかないかもしれません。ですが、お金という面だけでも不安要素をクリアしておくと、お金が原因の離婚は避けられると思います。
家族のこともそうです。お姑さんともめて離婚に至るような場合も、最初にお姑さんともめることを想定して、それを避ける策を立てておけばいいのです。たとえば、同居はやめておく、とか、近くにはすまない、といったことです。
最悪の状況を予測することは、「なんとかなる」と思って結婚するよりも、不安要素がたくさん出てきて対策がたてやすくなると思います。
こういうことを事前に話し合う人はあまりいないでしょう。なぜならば最悪の状況を予測することは決して楽しいことではないからです。それだけに、やると効果があるのではないでしょうか?
プレモータム分析ができれば貯金もできます。老後お金がなくなって道端で野垂れ死ぬという最悪の状態を予測すれば、そうならないための長期、中期、短期の目標をたて、今よりは貯金をするようになるでしょう。
あるいは1度にたくさんのことに手をだすこともなくなると思います。いろいろ手がけていることがある人は、今やっていることすべてが失敗することを予測してみてください。
その原因を冷静に分析すると、自分の時間も体力も足りないからだ、ということがわかるのではないでしょうか?
最悪の事態を想定してもそれが起きるわけではない
「最悪の時代を考えると、そんなふうになってしまうからいやだ」と言う人がいるかもしれません。ですが、それは違います。
引き寄せの法則では人の潜在意識がその人の未来を作っていると言いますが、潜在意識とは自分では意識できない部分です。
将来の失敗を予測するのは、しっかり意識しています。だから安心して、最悪の事態を予測してください。
私も、小さなこと(料理とか)からプレモータム分析をして練習してみようと思っています。