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腸内細菌がいかに脳に影響を与えているか教えてくれるTEDの動画を紹介します。
プレゼンターは、Ruairi Robertson(ローリ・ロバートソン)。タイトルは Food for thought :How Your Belly Controls Your Brain(思考の糧:どのようにお腹が脳をコントロールしているか?)
腸内環境が健康の鍵を握ると言われて久しいですが、脳にもかなり影響を与えているんだよ、という話です。
脳は、身体全体をコントロールしているとても大事なところ。実は、腸がその脳のかなりの部分に影響を与えているのです。
どんなふうにお腹が脳を支配しているか? TEDの説明
“Have you ever had a gut feeling or butterflies in your stomach? Has hunger ever changed your mood? Our bellies and brains are physically and biochemically connected in a number of ways, meaning the state of our intestines can alter the way our brains work and behave, giving a whole new meaning to ‘Food for thought’.
Gut feeling(直訳:おなかの感情、直感のこと)や、butterflies in your stomach(直訳:胃の中の蝶たち、ドキドキ、緊張すること)を感じたことはありませんか?
おなかがすきすぎて気分が変わったことは?
私たちのお腹と脳は物理的にも生化学的にもいろいろな意味で結びついています。つまり、腸の状態が脳の機能に作用しうるのです。
このことは、Food for thought(直訳:考える行為の食べ物、思考の糧、考えるべきこと)という言葉に全く新しい意味をもたらします。
ロバートソンさんは栄養、微生物学、神経科学の専門家ですが、難しい専門用語は出てこないので、この種のプレゼントしてはとっつきやすいほうです。
動画は14分30秒。収録は2015年9月26日。日本語字幕はありません。英語字幕はあります。
動画のあとに抄訳を書きます。
私たちの感情は脳内物質で決まる
宝くじが当たったり、チョコレートブラウニーを食べたり、性行為をすると脳内で神経伝達物質(neurotransmitters)が分泌され、エネルギーがわいて、わくわくし、幸せな気分になります。
このような物質がないと楽しいことをしたとき、こういう感情になりません。
仕事を首になったり、試験前だったり、うつ状態だったら、脳内では違う物質が分泌され、人はストレスを感じ不安になります。
人生のアップダウンは、私たちの感情と脳内にある物質にコントロールされているのです。
私たちが感じること、考えること、行うことは脳が支配しています。
私は生物学者として、「頭の中にある、重さ3ポンド(約1キロ360グラム)のふやけた物体が、私たちの感情、思考、アクションをすべてコントロールしているなんて、不思議だなあ」と感じていました。
体内には2つめの脳がある
実は本当はそうじゃないのです。
今日お話しするのは、人類生理学に、とても魅力的で、新しい解釈をもたらすものです。
すなわち、私たちは皆、2つめの脳を持っているのです。
脳と同じくらい、物理的、精神的機能をコントロールする別の臓器です。この臓器が肥満や心臓病、そして精神障害の元になっているかもしれないのです。
まず、簡単に自己紹介します。
私は心理学者の家で育ちました。母は臨床心理士、父は大学の心理学の教授、妹(姉の可能性もあり)は心理学の博士号を持っています。
だから大学に進学するとき、自分は別のことを学びたいと思いました。脳がどんなふうに機能するのか、家庭でさんざん聞かされましたから。
自分はどんなことに興味があるのか考えてみたら、小さなときから食べ物にすごく関心があったことに気づきました。
食べることが大好きなんです。
そこで、人間の栄養(human nutrition)を学ぶことにしました。
これはとてもおもしろいのです。食べ物のこと、それがどんなふうに身体に影響を及ぼすか、どんな病気を引き起こすか、どうやって食べ物で病気を防ぐか、こんなことを学びました。
食細胞を研究したイリヤ・メチニコフ
1845年に、ロシアで、素晴らしい業績を残したものの、しばらく忘れ去られていた医学者、イリヤ・メチニコフが生まれました。
彼は、自然界にあるものすべてに魅せられ、8歳の頃には、裏庭に生息する生物の記録を取っていました。
化学に強かった彼は、貪食細胞(どんしょくさいぼう、ファゴサイト)の役割を発見しました。この細胞は免疫系で重要な働きをします。
この研究で、彼は1908年にノーベル賞を受賞しました。
ですが、もっと重要なのは、彼がノーベル賞を受賞したあとにした研究です。
人は生まれるときに細菌にさらされる
この部屋にいる人は全員共通点があります。
人は皆、最初の9ヶ月は母親の子宮の中で育まれます。ここは基本的に無菌です。
生まれるとき産道を通りながら、身体にいい微生物にまみれます。その後、腸内でこれらのバクテリア(細菌)が成長し、3ポンドの重さとなり、目には見えない臓器を形成します。
脳の重量と同じです。これは、マイクロバイオータ、またはマイクロバイオーム(腸内細菌叢 ちょうないさいきんそう)と呼ばれます。
この目に見えない臓器は、ひじゅうに成長が早く、人の細胞の90%は細菌で、10%のみが人間の細胞です。
私たちは人間というより細菌なのです。
腸内細菌の生態系はアマゾンの熱帯雨林と同じように、多種多様です。機能が違う何千もの生き物が生息しています。
人の健康は、腸内細菌の状態に左右されるのです。
特定の食べ物を消化する細菌、大事なビタミンやホルモンを作りだす細菌、薬や炎症に反応する細菌、血糖値や血液中のコレステロールのレベルを制御する細菌たちに。
つまり、腸内にいる細菌の種類によって、肥満や糖尿病、骨そしょう症にかかるリスクが変わってきます。
この細菌たちは、体内で行われるどんな反応にも影響を及ぼします。腸内細菌は2つめの脳として機能しているのです。
メチニコフの発見
メチニコフは、1892年に、腸内細菌が何らかの作用をしていると考えていました。
当時、彼は、パリにいたのですが、あたりではコレラが流行中で、何千もの死者が出ていました。
研究をすすめるために、彼はコレラ菌の入ったコンソメを飲んでみました。ところが、コレラになりませんでした。
もう少しサンプルを取ってみようと、同僚にも飲んでもらいました。彼も病気になりませんでした。しかし、別の同僚に飲ませたところ、この人は、コレラにかかり死にそうになりました。
コレラ菌を顕微鏡で見ながら、メチニコフは人の腸内にいる特定のバクテリアは、コレラ菌の成長を促すが、べつのバクテリアは逆に成長させないようにすることを発見したのです。
その後、彼は、マイクロバイオームは人の健康に不可欠で、腸内細菌のバランスを適正に保てば、病気にかからないようにできると主張しました。
しかし、当時は、腸内には有害なバイキンがいる、と考えられており、お腹の不調を訴える患者の腸をそっくり取り去ろうとする医者もいたのです。
メチニコフは1916年に亡くなり、彼の主張した腸内細菌の働きも忘れ去られてしまいました。
近代的医療は腸内細菌を荒らした
10年後、抗生物質が発見され、必要以上に使われるようになりました。
帝王切開がごくふつうに行われるようになり、西洋的な食事が世界に広がりました。
細菌は悪者扱いされ、1世紀のあいだ、人々はこれを殺そうとしました。腸内の熱帯雨林は不毛な荒れ地になってしまったのです。
やがて、メチニコフの考えも失われていきました。
この結果、いま、こんなことが起こっています。
アメリカの子どもの3人に1人は帝王切開で生まれます。つまり、人の進化のプロセスで用意された細菌にまみれることなく生まれるのです。
かわりに、肌や病院内にある細菌にさらされます。そのせいで、後になって、肥満、喘息、免疫不全、腸の炎症の病気にかかる率が25%あがります。
幸いなことに、近年、健康には腸内細菌が重要だ、という考えに注目が集まるようになりました。
とはいえ、まだまだこの2つめの脳(腸内細菌叢)の働きは、重要視されていません。私がリサーチしているのは、この2つめの脳についてです。
マウスにトキソプラズマを移植したら?
マウスを使った実験で興味深いことを発見しました。マウスにトキソプラズマを移植したら猫を怖がらなくなったのです。
むしろ、猫を好きになります。少しおかしくなってしまうわけです。そして、猫に食べられます。
つまり、動物の細菌の状態を変えたら、脳の働きもかわり、思考や行動も変わったのです。
腸内細菌の研究によって、新たなことが発見され、バクテリアに対する考え方も変わりつつあります。
腸と脳の密接な関係
腸と脳は物理的にも生化学的にもさまざまな形態でつながっています。
1.迷走神経(vagus nerve)でつながっている
腸は脳と迷走神経で物理的につながっています。この神経は両方向に作用します。
たとえ、この神経を切っても腸は機能し続けるので、腸自身に思考力(mind)があるとも言えます。
2.腸にもたくさんニューロンがある
脳には千億のニューロン(神経単位)があり、それが身体にさまざまなメッセージを送っています。
同様に、腸にも1億のニューロンがあります。
3.腸内フローラは免疫系に影響を与える
マイクロバイオームは免疫系の中心の役割をはたし、ここに異常があると、身体全体で免疫系の反応が起きます。これが長引くと、脳の健康が損なわれます。
4.腸でも神経伝達物質は作られている
人間の感情や行動を作り出す神経伝達物質は、腸でも作られています。
天然の抗うつ剤と呼ばれるセロトニンは、その90%が腸で作られていて、脳で作られるのは10%未満です。
つまり、腸内にある細菌の種類が、人の考え方や行動を支配している、と言えます。
腸と脳の関係の研究から判明したこと
このように、腸と脳が密接に関連しているので、心理学は勉強したくないと思っていた私ですが、両方を研究することになりました。
アイルランドにあるAPCマイクロバイオームインスティテュートで腸と脳の関係を研究しています。
近代的な食事やライフスタイルがどんなふうに両者の関係に影響を与えているか、特定の病気を防いでくれる血腸内環境にするにはどうしたらいいのか、といったことです。
たとえば、特定の油脂を食べると、ある種のバクテリアが腸にとどまることや、動物の体内で、ある種のバクテリアの成長を促すと、記憶力があがったり、ストレスに対する行動が変わったり、ストレスレベルが変わることなどです。
世界中のほかの研究者もやっていることですが、身体によい働きをする細菌(善玉菌)の成長を促す食べ物を発見し、リストにしています。
自分自身を養うことだけでなく、体内にいる微生物にも餌をやって育てることが、人の健康に大きくかかわっている、という事実に、私はとてもひかれます。
腸内細菌を整えれば、脳の病気を含む、さまざまな病気を治すことができるのですから。
腸内細菌が長寿につながると考えたメチニコフ
メチニコフはこのことを知っていて、腸内細菌を大事にしていました。
パリのパストゥール研究所に移ってから、病気にならないためのマイクロバイオームの最適なバランスの仮説を立て、たくさんの本を出版し、長生きするコツを説明しています。
若いときは、ストレスが多く、精神的に不安定だった彼は、後年、長寿法に強い興味を持ち、東欧の長生きしている人々を研究しました。
そして、彼らが毎日飲んでいるバクテリアによって発酵した飲料(乳酸菌飲料のこと)を記録し、これが長寿の鍵だと示しました。
彼もこの飲料を飲み始め、昔かかえていたストレスや不安を克服し長生きしました。
たぶんこれは偶然でしょう。彼は、パリ時代が人生でもっとも幸福なときだったと言っています。
1916年フランスで、メチニコフは71歳で亡くなりました。当時のフランスの平均寿命は40歳です。
もっと腸内細菌のバランスに関心を持とう
人間として、私たちは体内の腸内細菌をもっと大事にするべきです。前世紀、細菌を殺しつくそうとしたために、大事な細菌が死んでしまい、近代的な病気が生まれました。
私は、フルブライト・プログラムで、人と腸内細菌の関係をいかに再構築するか、腸内細菌を使って、いかに病気を予防するか研究しています。
私達はみな、メチニコフの歩みに従うべきだと考えています。
失われていた彼の業績を見直すだけでなく、長寿をめざした彼の志を受け継ぐべきだと。
帝王切開のメリットとデメリットについて調べたり、不用な抗生物質の使用をやめたり、腸内細菌によい食事やライフスタイルを取り入れたりするのです。
これまで人と一緒に進化してきた腸内細菌の生命をサポートするわけです。
想像してみてください。
チョコレートを食べた、宝くじに当たった、試験を受けている、失業した、そんな場面を。
自分の考え、感情、行動、健康は、自分はほとんど知らない、隠された臓器にコントロールされているということを。
メチニコフは人が健康で長生きする方法を探っただけでなく、腸内細菌が健康で生きられる世界も目指しました。
私達も、そうする価値があると思います。人と腸内細菌の関係の見直しは、未来の世代の健康にも貢献するでしょう。
これは考える価値のあること(food for thought)です。
////抄訳ここまで////
単語の説明
neurotransmitter 脳内神経伝達物質
human physiology 人類生理学、人間生理学。生理学とは、生命にまつわることを物理的、化学的に研究する学問です。
Ilya Ilyich Mechnikov イリヤ・イリイチ・メチニコフ(1845-1916)
ロシアで生まれ、フランスに帰化した生物学者。42歳あたりで、パリのパストゥール研究所で研究を始め、それ以後パリに住みました。
1908年、ノーベル生理学・医学賞受賞。
phagocyte ファゴサイト、貪食(どんしょく)細胞、食細胞。
簡単に書くとものを食べる細胞のこと。細菌、(人間にとっての)異物、老朽した細胞を取り込んで消化します。
sterile 殺菌した、無菌の
microbe 微生物、病原菌
microbiota 腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)
人や動物の腸内で一定のバランスを保ちつつ共存している多種多様な細菌の集まり。腸内フローラ。
microbiome ミクロビオーム、マイクロバイオーム 微生物群
英語では「I」を「アイ」と発音することがあるので、マイクロバイオーム、となります。Ikea(イケア)もアイケアです。カタカナ的な読みをすると、ミクロビオームです。
inoculum (生物学用語)接種材料、接種体、摂取源。たとえば微生物、ウイルス、培養細胞。
immune deficiencies 免疫不全
bowel 腸(の一部)。intestines は腸の全体です。
Toxoplasma gondii トキソプラズマ、寄生虫の一種。
vagus nerve 迷走神経
脳の延髄から出ている末梢神経。複雑な走行をもち、頸部、胸部にもあるし、腹部にも到達。たくさんの内臓にあります。
平滑筋(へいかつきん:心臓をのぞく内臓や血管などの壁にある筋肉)や腺の分泌を調節しています。
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効果的な腸活とは?
腸内細菌を適切なバランスに整えると、おなかの病気だけでなく、脳や神経系の病気にかかりにくくなる、というのは最近、よく言われています。
認知症、アルツハイマー、自閉症、うつ病、パーキンソン病、多発性硬化症の治療、予防に効果的だということです。
一見、おなかとは全く関係ないように思えるこれらの病気が、実は腸内細菌のアンバランスで生まれているかもしれないのです。
気分にむらがある人や、不安が強い人は、腸内環境を整えることを意識してはどうでしょうか?
たとえ、「気分には全く影響がなかった」という結果になったとしても、肉体的にはより健康になるはずなので、失うものはありません。
私自身も、今年は、腸内環境を整えることを意識しています。
腸内細菌にはいろいろいて、これは善玉、これは悪玉とは一口に言い切れません。
動画で語られていたように、生態系と同じで、一見悪者でも、このぐらいはいないと困る細菌がいます。バランスが大切というわけです。
悪玉といっても、いつもいつも悪玉であるわけではなく、ある場合にはよい働きをするし、それがいるからこそ、善玉菌が活躍できる、という複雑な構造になっています。
人間社会とよく似ていますね。
「これは悪いやつ!」と安易にレッテルを貼り、さくっと殺してしまうと、結局自分の首を閉めることになります。
腸内フローラに影響を与えるものはいろいろありますが、そのうちの半分ぐらいは日々、食べているものです。
ロバートソンさんの動画では、腸内環境によい食品のリストのスライドが出てきました。
一般に発酵食品がいいのですが、私は、腸にいいものを食べるより、有害なものを摂取しないことを心がけたほうがいいと思います。
いくら、身体にいい食べ物を摂取しても、そのとき、腸内バランスがくずれていたら、望む形で代謝されないからです。
近代社会になってから増えた病気の原因の一端が、腸内細菌のバランスにあるとしたら、できるだけ近代的じゃない暮らし、つまり自然な暮らしに回帰するのが、いいんじゃないでしょうか?
つまり人工的なものの摂取を控えるわけです。
人工的なものの代表は抗生物質や薬ですが、科学的に合成された食品のようなもの(加工食品)や砂糖、フルクトース、人工的なものをたくさん用いて作られているジャンクフードもそうです。
もともとは自然界にあるものでも、過度に加工しているものは腸内フローラによくないありません。
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昔の化学者が、自分の身体を使って人体実験したのはよくあることですね。
成功した話は語り継がれますが、その影に山のような失敗があったと思います。
自分がいまこうして元気で暮らせるのも、昔の人たちの身体をはった実験や試行錯誤のおかげだと思うと、過去の人々に感謝せずにはいられません。