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ものすごくつらいことがあっても書き直せる。
そう教えてくれるTEDトークを紹介します。
タイトルは、Use fiction to rewrite your life(フィクションを使って人生を書き直す)。
作家のJessica Lourey(ジェシカ・ローリー)さんのトークです。
ローリーさんは、大切な人を突然失うという衝撃的な体験をしたとき、フィクションを書いて、自分自身を癒やし、再び人生とつながることができました。
書き直しは誰でもできると教えてくれる講演です。
フィクションを書いて人生を書き直す
収録は2016年6月。動画の長さは13分。動画の後に抄訳を紹介します。
☆TEDトークについて⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に
痛ましい体験を淡々と語るローリーさんの言葉が胸を打ちます。
ふだん個人的な話はしないけど
私は、ドイツ系のアメリカ中西部出身の人間です。
うちの人たちは、人前で家庭の恥をさらしたりはしません。
ですから、こうして皆さんの前に立って、ものすごく個人的な話をするのは、正直とても居心地が悪いんです。
でも、この話はきっと誰かの助けになると思うので、不快だからといって、話さずに済ませるわけにはいきません。
幼い頃から書き始めた
6歳のとき、初めて詩を書きました。祖父に関するものです。
親戚には評判がよく、感謝祭やクリスマスにこの詩を朗読しました。
このすばらしい成功をすぐに活かさなきゃ、と、私は初めての小説を執筆。タイトルは「とても短い本」です。
これもまた好評でした。だから私は、書き続けることにしました。
高校時代には、毎週400〜500語ほど書くようになっていました。
内容は主に、私の周囲にいた田舎町の人たちについて。農家の子、はみ出し者、スポーツ選手、ビューティークイーンなどを主人公にした短編でした。
自覚していませんでしたが、私はフィクションを書くことで、自分の人生を理解しようとしていました。
大学時代もずっと書き続け、どんなに忙しくても、書く時間だけは絶対に確保すると誓っていました。
しばらく書くことを忘れていた
修士号を取って卒業した後、書くことをすっかり忘れてしまいました。
田舎の専門学校にフルタイムのライティング講師として採用され、第一子を授かり、ただただ忙しく、数年間、創作のための時間を取ることができませんでした。
もし「2×4(ツーバイフォー)セラピー」がなければ、私はずっとそのまま生きていたかもしれません。
これは、友人が名づけた言葉で、人生の方向がズレているときに、思わぬ形で「ガツン」と頭を打たれるような出来事に出会い、目が覚めることです。
それはいわば衝撃の瞬間。私にも、そんなことが起きました。
衝撃的なできごとを体験する
2000年に、素晴らしい男性と出会いました。
彼は自然資源局(DNR)の科学者で、ホスピスのボランティア、地元の少年サッカーチームのコーチもしている本当に素敵な人でした。
私たちは恋に落ちました。
そして2001年8月18日、結婚しました。
これは結婚式の日の写真です。
友人や家族が集まり、すべてが完璧でした。
今でも、あのとき咲いていた野ばらの香りが鼻の奥に残っています。
それから3週間後の2001年9月11日。
私はミネアポリスで開かれる教育者向けの会議に向かって車を走らせていました。
その途中で、「ミネソタ大学が閉鎖された」「国中が機能停止している」「アメリカが攻撃されている」と知らされます。
私は予定を切り上げて家に戻りました。
そして、見つけるはずではなかったものを見つけてしまったのです。
夫を問い詰め、口論になりました。
彼は車に乗って出ていき、その後自ら命を絶ちました。
それで終わりでした。
夫が突然いなくなってしまったのです。
深刻なうつになる
夫がうつ病だったなんて知りませんでした。
依存症を抱えていたことも、全く知りませんでした。
人生の中心にいた人が、ある日突然、永遠にいなくなってしまうなんて考えたこともありませんでした。
その日から、私はうつになりました。
感情が麻痺し、自分が自分でなくなっていくような感覚でした。
家族や友人は助けようと手を差し伸べてくれましたが、私はどんどん落ちていったのです。
4か月後、ついに私はどん底に落ちました。
冬でした。
私はキッチンに立っていて、手を振り上げていました。
目の前いるかわいらしい4歳の娘の顔を叩こうとしていたのです。理由は、娘がスノーパンツをはこうとしなかったから。
実際には叩きませんでした。
でも、叩こうとしたという事実に、ゾッとしました。
私は、すごく自分自身から遠ざかってしまったとその瞬間に気づいたのです。
また書き始める
そして書くことを思い出しました。
その夜、私は書き始めました。でも回想録(メモワール)ではありません。
私は起きているあいだじゅうジェイ(夫)のことばかり考えていたので、これ以上そのことに時間を使いたくはありませんでした。
私はフィクション、よりによってミステリー小説を書き始めました。
心の奥に渦巻く感情、記憶、疑問、そして恥。私は恥に押しつぶされそうでした。
夫が自殺すると、大きな恥の気持ちに襲われます。
その恥すべてを、この小説に注ぎ込みました。
書き始めてすぐに気づいたのは、夫が亡くなってから、自分が、痛みの収集家(hoarder ホーダー)になっていたことです。
トラウマを経験したことがあるなら、わかるかもしれません。
同じ思考を、何度も何度も繰り返してしまいますよね。
でも書くことで、それらの思考を外に出すことができました。
たとえるなら、痛みを庭先に全部並べて、見つめ直すような作業でした。
このプロセスは、決してすぐに簡単にできるわけではありません。
私はこれを、「スプーン1本で監獄の中から脱出するような作業」だと表現しています。
一語一語、地道に書いていきます。
私が6歳のとき、祖父をフィクションとして詩に書いたときに身につけたちょっとしたスキルが、私を救ってくれました。
書くことには癒やしの力がある
後になって知ったのですが、書くことには癒しの力があるという研究がたくさんあります。
社会科学の分野ではすでに証明されています。
自分が経験していることについて書くと、身体的な痛みが軽減され、不安やうつが和らぎ、PTSDのさまざまな症状にも好影響を及ぼし、人間関係もよくなります。
でも、これらは、書く効果のほんの一部にすぎません。
たしかに、夫の死は劇的な喪失体験でした。
でも、この会場にいる誰一人として、人生のどこかで何かを失った経験のない人はいないでしょう。
だからこそ、書くことは助けになります。
人生で嫌な経験をなんとかやり過ごした、なんて経験がない人もいないと思います。
もっとひどいのは、「やっと片付けた」と思ったのに、また何度も何度もそれが戻ってきてしまうときですよね。
書くことは、そのつらい経験を、とりあえず、ちゃんと処理する助けになります。
多くの研究は、ノンフィクション(実体験の記述)に関して行われています。
けれども、一部の人にとっては、フィクションを書くことも同じように効果があります。
私にとっては、フィクションの方が、より深い癒しをもたらしてくれました。
最初の小説を発表する
2002年いっぱい、ずっと書き続けました。
その成果が、私の最初の出版作となった小説、ミステリー小説の『May Day(メイデイ)』です。
もし、私の過去を知っていれば、このタイトルの意味がよくわかると思います。
これは、私の助けを求める叫びで、現実世界にもう一度戻ろうとする最後のあがきでした。
物語は、恋人を予期せず殺された女性が、彼の死の謎を追うというものです。
その過程で、彼女は思いがけない仲間と出会い、最後には、区切りと答えを手にします。
これは、私にとって非常にセラピーになる小説でした。
内容は完全にフィクションです。
人は誰でもストーリーを書ける
一連の体験の中で、いちばん素晴らしいのは、それは、私が今こうして、皆さんの前で自分の過去をさらけ出してまで話している理由でもありますが、書くことで人生を癒し、書き直すことは、プロの作家でなくてもできることです。
私たちは生まれながらの語り手です。人は皆、自分自身の物語を持っています。
人類は自分が理解できないことを理解するために、物語を使ってきました。
これを手っ取り早く証明したいなら、4歳児に、「パパとママはどんな仕事をしてるの?」なんて質問をしてみるだけで十分です。
夫が亡くなったとき、私は妊娠していました。
その後、生まれた息子が生後2週間ほどになった頃のことです。
このとき初めて、息子をベビーベッドに寝かせたまま、キッチンに行き、夕食の準備を始めました。
当時4歳だった娘は、同じ部屋のソファに座っていました。
突然、息子の泣き声が聞こえてきたのです。
それは「痛い」と訴える泣き声でした。
私は慌てて部屋に駆け込みました。
すると、なんと娘がベビーベッドの中にいて、赤ちゃんは鼻をすすっていました。
娘に何があったのか聞いたら、こう答えたんです。
「ママ、私ソファで本を読んでたの…」
読めるわけないんですけどね、まだ4歳ですから。
「本を読んでたら、弟が言ったの。『お姉ちゃん、こっちに来て僕を叩いて。僕はまだこの世界に来たばかりで、叩かれたことがないんだ。だからどんな感じか知りたいんだ』って。
いつもママに言われているように、私はお姉ちゃんなんだから、弟の面倒を見ないといけないでしょ? それで、ベビーベッドに入って叩いたの。でも心配しないで。2回だけボン、ボンって叩いただけ」
もうこれは、生まれついてのストーリーテラーですよね?
息子はまだ生後2週間です。
寝返りすら打てないのに、「お姉ちゃん、こっちに来て僕を叩いて」なんて言えるわけがありません。
でも、娘は生まれながらのストーリーテラーなんです。
それは娘だけではありません。皆さんも同じです。
私たちはみんな、生まれつき物語を紡ぐ力を持っています。
実際に書いてみよう
今から、それを証明しますね。
ちょっとしたワークをして、皆さん自身の中にある語り手と再びつながってもらいます。
テーブルにある紙と鉛筆を手に取ってください。
これは誰にも見せる必要はありません。あなたのためだけのものです。
私からお渡しするのは、登場人物とプロット(物語の筋)です。
これをもとに、あなた自身の物語を書いてみてください。
ぜひ、自分の人生を書き直す力を体験してみてほしいです。
プロットを決める
それでは、まずはプロットから始めましょう。
もしリラックスできるなら、目を閉じてください。
目を開けたままでも大丈夫です。
最近あったストレスの多い出来事を思い浮かべてみてください。
たとえば、今日ここで席を探したときかもしれません。
運転中に割り込まれたときかもしれません。
大切な人との口論かもしれません。
ストレスを感じた場面を、思い出します。
そのストレスが体のどこにたまっているか感じてください。
頭が締めつけられるような感じでしょうか。
私は、いつも喉が締まる感じがします。
お腹がねじれるような感じがする人もいるかもしれません。
体のどこにそのストレスがあるのか、感じてみてください。
そのイメージが浮かんだら、目を開けてください。
そして、ストレスの内容と、それが体のどこにあるかを、3〜4語で簡単に書き出してみましょう。
たとえば、
・車の割り込み ⇒ 頭痛が始まる
・母との口論 ⇒ 胸が締めつけられる
こんなふうに自分のストーリーのプロットを思い出せるように、短い言葉でメモしておきます。
登場人物を決める
次に、キャラクターを決めます。これは楽しい作業です。
キャラクターは、あなた自身です。ただし、フィクションの中の「ちょっとだけ理想の自分」です。
たとえば、なってみたい職業にしましょう。
海賊、プリンセス、会計士。何でもOKです。
なってみたかった名前でも構いません。
そして、「こんな自分だったらいいな」という性格や特徴を思い浮かべてください。
たとえば
・もっと優しい
・もっと面白い
・頭がいい
・体が大きい/小さい
・背が高い/低い など
その理想のフィクションの自分を、いくつかの言葉で書き出してください。
これであなたは、プロット(=ストレスを感じた出来事)と、キャラクター(=フィクションの中の理想の自分)を持っています。
この2つをもとに、家に帰ったらぜひ物語を書いてみてください。
10分間自由に書く
やり方はフリーライティングです。
この方法に慣れていなくても、心配いりません。
フリーライティングは、量がすべてで質は気にしない書き方です。
やり方は簡単です。スマホでタイマーを10分にセットします。
そして、タイマーが鳴るまで、とにかく書き続けます。
文法やスペル、英語の先生に言われたことなんて、ぜんぶ無視してください。大事なのは、止まらずに書くことです。
人生の一場面を書き直す時間をつくると、驚くようなことが起こるかもしれません。
その出来事に対して、まったく新しい視点が生まれるかもしれません。
体にたまっていたストレスが、少しずつ和らいでいくかもしれません。
その出来事に込められていた人生の教訓が、ふっと目の前に現れるかもしれません。
物語を書いて学んだこと
私が人生を書き直したときは、つまり、夫が自殺した後に『May Day』を書いたときですが、それまで見えていなかった多くの教訓がはっきりと見えるようになりました。
そして、それらは今でも私の中に残っています。
たとえば、
・人は善良で、あなたを助けたいと思っている
・秘密は有害であり、この世界で何もしないとしても、正直でいられる人たちに囲まれて生きるべきだ
・人生で最高の贈り物は、最悪の包装紙に包まれてやってくる
・そういう贈り物は、開けたくもない形でやってくるが、できるだけ感謝の気持ちを持って開くべきだ
・悲しみの中には赦し(グレース)がある
あのころ私が何度も何度も繰り返していた恥と恐れは、私が本当に語りたい物語には結局必要ありませんでした。少なくとも、長い目で見ると。
だから、私はそれらを手放しました。
必要なのは書くことだけ
本を出版しなくても効果があります。
私の友人は、ストレスを感じたときに、週に数回、短い文章を書いています。彼女は書き上がったら全部燃やしてしまいます。
それでもちゃんと癒されています。
必要なのは書くことだけです。書けば、それだけで癒しを得られます。
10年以上、私は夫の自殺が、自分の人生における最大の衝撃の瞬間だと思っていました。
今でも彼の死を悼んでいますし、彼が見届けることができなかった息子の人生の無数の瞬間を思うと、胸が張り裂けそうです。
でも今はわかっています。
私の本当の衝撃の瞬間は、彼の死そのものではなく、その出来事を別のものに変えようと決めたあの瞬間だったのです。
同じ材料でできていても、そこから生まれたのは、癒しであり、完全さであり、エネルギーとなる何かでした。
そして、今日ここに私がいる理由、つまり、私の願いは、あなたにも人生を書き直す力を、自分の道具箱に加えてほしいということです。
日々のストレスが積み重なったとき。
個人的な痛みに押しつぶされそうになったとき。
そんなときに、自分を支えてくれるもうひとつのリソースとして。
何よりも、起きた出来事で人生を定義づけるのではなく、それをどう意味づけるか自分で定義する。その権利を、あなた自身の手でつかんでほしいのです。
//// 抄訳ここまで ////
補足:May Day
トークに出てきたローリーさんの最初の小説です。
シリーズ全部、Kindle Unlimitedで読めるようです。
書くことに関するほかのプレゼン
書くことには癒やす力があり、それはシンプルなセルフケアの方法(TED)
手書きのメリット(TED)~手書きは人生を変えるパワーがある。
知らない人にだすラブレター(TED)~手書きの手紙のいいところ。
気持ちの整理をするために、紙に書き出そう:ライダー・キャロル(TED)
とりあえず書いてみてほしい
いつも感情を整理するためにブレインダンプやモーニングページを書くことをおすすめしていますが、フィクションを書くことも同様の効果があるとローリーさんは言っています。
むしろフィクションのほうが、自由に書けるのでいいかもしれません。
しかも、それは文章を書くのが得意な人だけの特権ではなく、誰でもできることです。
物語として完成させる必要はなく、ただ、10分間、思いを文字にして紙の上に書きつけるだけ。これだけで、心の中にある重たいものが整理され、癒やされます。
毎日のようにブログを書き始めて20年以上経ちますが、私にとって、記事を書くことは半ばストレス解消です。実際、これまで書くことにかなり助けられてきました。
「文を書くのは苦手」と思うかもしれませんが、プレゼンで語られているように、人間は想像力があるので、誰でも物語を書くことができます。
書けないとしたら、「うまく書こう」という思いがあるからです。
ゴールはうまく書くことではなく、ただ書くことです。
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夫の自殺、うつになったこと、幼い娘を叩きそうになったこと。
どれも、TEDトークで語るのはとても勇気がいることだと思います。
でも、あえてこの話をローリーさんがしたのは、それだけ、フィクションを書くことが自分を助けたことを伝えたかったからでしょう。
ローリーさんの思いが、今、つらい気持ちで生きている誰かの助けになることを祈っています。