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ニューロマーケティングに関するTEDのプレゼンを紹介します。
タイトルは、Neuromarketing: The new science of consumer decisions(ニューロマーケティング:消費者の決断の新しい科学)。
プレゼンターは、脳科学者でマーケティングの会社を経営しているTerry Wu(テリー・ウー)さんです。
ニューロマーケティングについて
プレゼンでも説明がありますが、ニューロマーケティングは脳科学の知識を盛り込んだマーケティングで、脳科学の発展にともなって生まれたわりと新しい学問です。
消費者の無意識の心理や行動のしくみを調べ、それを販促に使うことで、その人が本当に求めているものを提供できる可能性があると言われています。
一方で、悪用すると、いらない物まで売りつけることができるものだ、と筆子は思います。
収録は2019年の5月、プレゼンの長さは17分。字幕はありません(自動生成の英語字幕はあります)。動画のあとに抄訳を書きます。
☆TEDの説明はこちら⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に
例がたくさんあってわかりやすいプレゼンです。
ワインの販売とBGMの関係
20年ほど前、研究者たちが、ワインの店のBGMが、ワインの選択に影響を与えるかどうか調べました。
するとこんなことがわかったのです。
ドイツの音楽をかけた日は、3対1の割合で、ドイツのワインがフランスのワインよりよく売れました。
フランスの音楽をかけた日は、逆の現象が起きました。
おもしろいのは、研究者たちが、お客さんに、「BGMによって、ワインの選択が変わるか」と聞いたら、90%が「いいえ」と答えたことです。
つまり、私たちの買う決断は、自分でも気づかないちょっとしたことに、影響を受けることがあるのです。
ワインショップの研究は、こんな問題提議もしています。
私たちはどうやって買う決断をしているのか?
いつも事実、理性、ロジックをもとに決めているのか、それとも、知らないうちに、感情、気持ち、直感に左右されているのか?
ニュー・コークの失敗
無意識の感情が、買う決断に影響する例を紹介します。
みなさん、ニュー・コーク(NEW Coke)のこと、覚えていますか?
1985年、コカ・コーラ社は、ペプシにマーケットシェアで負けていました。ペプシは、ブランド名を隠した味覚テスト(blind taste test)をしたら、ペプシを好む人のほうが多かった、と表明。
コカ・コーラはもっとおいしいものを提供するため、ニュー・コークを作ったのです。
20万人以上の人が、事前にニュー・コークの味見をし、オリジナルのコカ・コーラより、こちらのほうがおいしいという意見が圧倒的でした。
しかも、ペプシよりも好きだ、という人がたくさんいました。
そこで、コカ・コーラは、自信満々で、新しいコーラ売り出しましたが、あまり売れず、大きな損失を出しました。
味を変えたことに怒った消費者が、「もとのコカ・コーラに戻せ」と国中で抗議しました。店に残っていたオリジナルのコカ・コーラの買い占めが起こり、コカ・コーラの本社には、毎日、8000も怒りの電話がかかってきました。
事前に味見をした20万人は、なぜおいしいと思ったのでしょうか? コカ・コーラ社はどんな失敗をしたのでしょうか?
コカ・コーラ社は、人がもつ強い感情的なつながりを考慮しなかったのです。
ブランド名に反応する脳
100年近く、コカ・コーラは、気分をよくする商品として販売されてきました。「コーラを飲んで笑顔になろう」、「世界中の人に、コーラを買ってあげたい」。こんなキャッチフレーズを使ってきました。
プレスリー、マリリン・モンロー、ビートルズといった著名人が、コカ・コーラの顔となり、「気分が落ち込むの? なら、コカ・コーラを飲みなさい。これはただの甘い飲み物じゃない。飲むと気分がよくなるよ」、と言ってきたのです。
「気分がよくなる」のは、思考、感情、記憶に関係があります。
コカ・コーラ社のマーケティングが、どうやって、私たちの脳に、よい考え、気分、感情を植え付けたのか研究した結果が2004年に発表されました。
この研究では、コカ・コーラかペプシのどちらかを飲むように言われたときの被験者の脳の状態を調べました。
最初は、ブランド名を知らせずにどちらがおいしいと感じるかテストしました。ペプシがやったのと同じ、ブラインド・テストです。
すると、50%よりちょっと多い人たちが、ペプシを選びました。
しかし、飲む前に、これから飲むものの名前を言ってテストしたら、突然、被験者の75%が、コカ・コーラのほうが好きだと言い出したのです。
しかも、コカ・コーラだと言われて飲んでいるとき、被験者の脳の、感情/記憶/思考を司るそれぞれの部分が、活性化しました。
これは、ペプシを飲んでいるときには見られなかった現象です。
無意識が選択に影響を与える
この研究から、コカ・コーラのような有名ブランドの商品を思いうかべているとき、無意識のうちに、脳が反応していることがわかります。
また、思考、感情、記憶が、知らないうちに、その商品を消費するときの体験を変えることもわかります。
無意識の部分が、選択に影響を与えるのです。
コカ・コーラというブランドのもたらす思考、感情、記憶は、人々のコカ・コーラに対する強い感情的な結びつきです。
コカ・コーラ社は、この点を考慮しなかったので、ニュー・コークは失敗しました。
この研究から、マーケティングによって、私たちの感情や意思決定に影響を与えることができるとわかります。しかも、それは私たちが無意識でしていることです。
これが、脳科学とマーケティングの出会うポイントです。
ニューロマーケティングとは何か?
ニューロマーケティングは、消費者の決断に関する新しい科学です。人がどんなふうに買う決断をするのか、私たちの感情や直感が、どうやってその決断に影響を与えるのか研究する学問です。
なぜ、マーケッターは、人の感情や直感、無意識の思考に注意を向け始めたのでしょうか?
この数十年の間に、脳科学の研究から、人の決断の95%は無意識に行われるとわかったからです。
同時期に、医学の研究から、感情のないところでは、人は、意思決定できないともわかりました。
人の脳には、特定のことをする部分がたくさんあります。それぞれのエリアが、独自の機能を持っています。
見たもの/聞いたもの/味わった部分に反応する部分など。
感情脳(辺縁系)
この図の青い部分は、辺縁系(limbic system)と呼ばれるところで、感情を司る部分(感情脳)です。
愛情、思いやり、前向きな気持ち、プライド、喜び、幸福、怒り、恐怖、不安、恥の気持ち、罪悪感、悲しみなどは、この部分で起きます。
ここにフランクという男性がいます。フランクは脳卒中を起こしたので、感情脳の大半がだめになりました。
するとどうなるか?
フランクは何を決めるにもとても苦労します。
スーパーでシリアルを買うとき、どのシリアルにしようか、すごく悩みます。感情脳がちゃんと働いていないと、何も決められないのです。
買い物には、意思決定がつきものです。脳科学とマーケティングの知識があれば、私たちがどうやって決めているか、何がその決定に影響を与えるのか、理解するのに役立ちます。
なぜニューロマーケティングが大事なのか?
毎年、10のうち9つの商品が発売されても売れません。何千億ドルという、マーケティングに使った莫大な費用が無駄になっています。
従来のマーケティングは、消費者の無意識の感情に目を向けないから失敗します。まさしく、ニュー・コークの発売のときに、起こったことです。
無意味なマーケティングに大金を使わずにすめば、消費者のためにも、企業のためにもなります。
ニューロマーケティングで目指すのは、顧客の満足度をあげることですが、実際、そうできています。
Googleのリンクの色
Googleは、ユーザーの無意識の行動を知って、収益を最大化しました。
Googleの広告のリンクは青です。このリンクをクリックするたびに、Googleは収益をあげます。
当然、Googleはできるだけリンクをクリックしてもらいたいと思っています。
色が、人の感情と行動に影響を与えることはすでにわかっています。だから、Googleはいろいろな青のリンクを使って、どの色が一番クリックされるか、調べました。
50種類の青を使って調べたところ、特定の青のクリック率がよいとわかり、その色を採用したら、年間の売上が2億ドル(およそ200億円)増えました。
これが、ニューロマーケティングのパワーです。
人の脳で起きていることがわかれば、その知識を使って、よりよい消費者体験を作ることができます。それは売上の増加を意味します。
Amazonの読み込みスピード
アマゾンが、サイトが読み込まれるスピードを、10分の1秒早くしたら、売上が1%伸び、17億ドル(1700億円)増えました。
顕在意識では、10分の1秒の差はわかりません。しかし、脳の無意識の部分がその違いに気づくのです。
サイトの読み込み速度をほんの少しあげて、アマゾンは、消費者体験をよりよくしたのです。消費者体験がよくなったので、売上があがりました。
これもニューロサイエンスのおかげです。
リンクの色や読み込み速度をほんの少し変えるだけで、人が、よりたくさん買うことは、何を意味しているのでしょう?
私たちは、自分の決断を完全にコントロールしているわけではなく、自分でも気づかないちょっとしたことに影響を受けているのです。
目に見えない社会的な影響:クッキーの実験
1975年に、クッキーを使って、目に見えない社会的な影響を調べたリサーチが発表されました。
被験者は2つのガラスびんに入っているクッキーの質と価格を評価するよう言われました。
1つのびんには10個入っていて、もう1つには2つしか入っていません。
「人気があって、売れてしまったから、2個しか残っていない」と被験者に伝えられました。
より質がよくて値段が高い、と評価されたのは、2つだけ残っていたほうです。
それは、「たくさんの人がそのクッキーを欲しがっている」と被験者が思ったから。
実際は、2つのびんに入っていたクッキーは全く同じものでした。
「大勢の人に求められているものは、よい品で価値がある」と私たちは考えるものです。
意思決定をするとき、不確かさがあるから、目に見えない社会的な影響を受けます。
「ほかのたくさんの人によって決められたことに従っておくほうが、安全だ」と私たちは感じるのです。これはもともと脳にそなわっているバイアス(偏見・先入観)です。
バイアスを利用しているアマゾン
アマゾンは、このバイアスをよく知っていて、私たちに、買う決断をさせます。
コーヒーメーカーを買うとしましょう。
アマゾンは、いろいろなことをして買う決断を助けてくれます。
まず、4つ星の評価を見せます。それから、レビューが5000個も入っていて、1000の質問に回答があります。
さらに、売上ランキング1位の表示。こうした情報はすべて、ほかの消費者の意見にもとづいています。
他人の意見が集まった情報が、価格や、送料無料サービスに関する情報より先に消費者の目に入るのです。
アマゾンは、こうした目に見えない社会的影響を使って、あなたに買う決断をさせます。
ニューロマーケティングに関する誤解
ニューロマーケティングに関して、大きな誤解があります。
脳をスキャンすることと、読心術にかかわることが、ニューロマーケティングのすべてだと思われていますが、それは違います。
2011年、ニューヨーク・タイムズに、「iPhoneのユーザーは、皆、iPhoneに恋ごころを抱いている」という記事がのりました。
著者は、ごく少数のiPhoneユーザーを使った実験で、ユーザーがiPhoneを見たときに脳をスキャンしたら脳の島皮質(insular cortex)と呼ばれる部分が活性化したと言うのです。
脳科学者なら、こんな結論は導き出しません。なぜなら、何かおぞましい物を見たときにも、島皮質は活性化するからです。
脳の特定の部分は、さまざまな違う理由で、活性化します。この記事は、でたらめです。
あるインチキ薬のセールスマンは、「ニューロマーケティングは、購入スイッチ(buy button)を見つけるためのものだ」と言っています。
このスイッチを押せば、いつでも、どこでも、誰にでも、何でも買わせることができるのだと。
これもまたでたらめです。説得の原則からはずれていますから。そんなうまい話はどこにもありません。
決断を研究する学問
ニューロマーケティングは、購入の決断にかかわることですが、大きなインパクトを持っています。人間のするすべての決断に関係があるからです。
私たちは、みな、意思決定者(descision makers)です。
人は生涯を通じて、何百万もの決断をします。ときには、人生を変えてしまうような、難しい決断をしますね。
過去10年以上、私はとても難しい決断をしてきました。仕事をやめて、自分のビジネスを始めるべきか? 6000マイル(9656キロ)離れた異国にいる年老いた両親の面倒をどうやってみるか? うつ病にかかった人をどうやってサポートするか?
ニューロマーケティングから、私たちは、自分の決断を完全にコントロールできないことを学びました。
知らないうちに、いろいろなことに影響を受けています。このもろさに意識的になることが、私たちにより力を与えてくれます。
私たちの決断は人生の長きにわたって影響を与えます。
ニューロマーケティングから、小さなことが、行動を大きく変えるのだと学びました。
省エネルギーを促すもの
ミネソタとアイオワで、省エネルギーを成功させたのは、大きな政府のプログラムや、LEDライトに変えること、省エネの家電を導入することではありませんでした。
小さな絵文字です。
2007年の研究ですが、電力会社は、請求書に電気の消費具合を伝えるため、小さな絵文字を添えました。
ほかの人より、電気の消費が少なかったときは、ハッピーフェイスの絵文字、ほかの人より、たくさん電気を使ったときは、悲しい顔の絵文字。
見えない社会的影響がいかに大きいか知っていれば、隣人の行動が、自分の行動に影響を与えることには驚かないでしょう。
この絵文字作戦で、全体の電気の消費が、3%ほど減りました。
黒いハエの威力
最後に、トイレに関するおもしろい話をお伝えします。尿の飛び散らしに関することです。
男性が便器のそばに立って用を足すとき、たいてい何も考えていないし、目標も定めていません。そして尿ハネが起きます。
これを掃除するためにコストがかかりますね。
1990年代に、アムステルダムの飛行場はすばらしいアイデアを思いつきました。男子用便器の中に黒いハエの絵を刻んだのです。
ハエの絵を見ると、無意識のうちにそれを狙います。この結果、尿ハネが80%減りました。
この話のハエは、いいメタファーだと思います。
人々の心にふれる方法を探すとき、状況を一変してくれるもの(game changer ゲームチェンジャー)を見つけるべきです。
脳がどう働くか理解していれば、人がどうやって意思決定するか理解できるし、ゲームチェンジャーを見つけることができます。
おもしろいのは、このゲームチェンジャーは、ふだん気にもしないちょっとしたことだということです。
それは、本当にささいなことかもしれません。
ワインショップのBGM、Googleのリンクの色、アマゾンのほんの少しだけ早い読み込み速度、請求書の絵文字、目標となる黒いハエのように。
ニューロサイエンスに従って、そうしたちょっとしたことを見つければ、その影響はもうささいではありません。
皆さん自身のハエを見つけてください。
//// 抄訳ここまで ////
決断に関するほかのプレゼン
我々は本当に自分で決めているのか?ダン・アリエリーに学ぶ、選択のミス(TED)
バリー・シュワルツに学ぶ『選択のパラドックス』(TED)~所持品をミニマムにすると生きやすくなる理由とは?
よりよい決断をする3つの方法、コンピュータのように考える(TED)
よりよい決断をするには?シーナ・アイエンガーの選択術(TED)
決断に悩むときこそ大きなチャンス。重要な選択をする方法(TED)
選択をしやすくするには~シーナ・アイエンガー(TED)。選択肢の海の中で生きる技術。
感情的な反応から賢明な思考にシフトさせ、最良の決断をうながす方法。
環境を整えることが大事
ふだん、買い物に気をつけていて、30日間待つノートをつけ、ときには買わない挑戦をし、筆子の買わない記事を熟読し、店には必ず、買い物リストを持っていく。
こんな人でも、なんとなく、魔がさしたかのように、ふっと、どうでもいい物を買ってしまうことがあります。
なんとなく買ってしまうのは、脳の無意識の部分が動いているからで、これを研究するのがニューロマーケティングです。
売り手側にとっては、より効果的な販促に応用できる科学ですが、消費者も、ニューロマーケティングを知っていれば、なんとなく買いを減らすことができます。
店のBGMや、リンクの色、読み込み速度、アマゾンのおすすめなど、すべて買い物の環境に関係のあることです。
そういう環境に身を投じると、うっかり買ってしまう可能性が増えるわけです。
買い物を控えたいときや、もっと意識的に買いたいときは、自分の意志に頼るのではなく、環境を変えるほうが効果的です。
あとは、なるべく脳の健康を保ち、疲れさせないことですね。
脳が疲れていると、なんとなくする直感的な行動が増えます。
睡眠不足が続き、スマホを見すぎて、強い光や音の刺激を過度に受けると、脳が疲れるので、買わなくてもいいものまで買ってしまいます。
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人間は、手持ちの情報をすべて検討して、慎重に理性的に意思決定をしたと思っていても、無意識の部分で、不合理な決断をしていることが多々あります。
だから、その決断が失敗だったと思うことなんて日常茶飯事です。
断捨離するときも、自分では気づかない何かに影響を受けて決めることが多いから、失敗したと思うこともあるでしょう。
これはあたりまえのことなので、失敗しないように、後悔しないように、と身構えて、そこに多大なエネルギーを注がないほうがいいと思います。
きのうの記事にも書きましたが⇒物を捨てて後悔したというけれど、それが何だっていうの?
「失敗した」と思ったら、そこから学んで、前に進めばいいだけです。
さまざまなバイアスがあり、感情や記憶に簡単に左右される、人間らしい自分を受け入れてください。