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恐怖心のせいで、いろいろなことを決断できない人の参考になるTEDの動画を紹介します。アメリカの作家、カレン・トンプソン・ウォーカー(Karen Thompson Walker)さんの、What fear can teach us(恐怖が私たちに教えてくれること)です。
恐怖心を無理に抑えるのではなく、それを物語だと考え、適切に読み解けば、恐怖から学べることがある、という主旨のプレゼンです。
「恐怖」が教えてくれること、TEDの説明
Imagine you’re a shipwrecked sailor adrift in the enormous Pacific.
You can choose one of three directions and save yourself and your shipmates — but each choice comes with a fearful consequence too.
How do you choose?
In telling the story of the whaleship Essex, novelist Karen Thompson Walker shows how fear propels imagination, as it forces us to imagine the possible futures and how to cope with them.
広大な太平洋の真っ只中で、遭難しているところを想像してみてください。
あなたには、船員ともども助かるかもしれない3つの選択がありますが、どれを選んでも、うまくいかなければ恐ろしい結末がまっています。
どうやって選びますか?
小説家のカレン・トンプソン・ウォーカーは、捕鯨船エッセクス号の話をしながら、恐怖がどんなふうにイマジネーションを刺激するのか語ります。恐怖のおかげで、私たちは起こりうる未来を想像できるし、その未来にどうやって対応したらいいのかわかるのです。
2012年の6月収録。動画の長さは11分30秒です。日本語字幕の動画です。動画のあとに抄訳を書きます。
☆「TEDって何?」という方はこちらへどうぞ⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に
☆動画のトランスクリプトはこちらから⇒Karen Thompson Walker: What fear can teach us | TED Talk | TED.com
恐怖は克服すべきものだと考えられているが
1819年、チリから3000マイル(約1830キロ)にある太平洋沖で、20人のアメリカ人水兵が、沈んでいく捕鯨船を見ていました。
クジラに襲われ船に穴があいてしまったのです。
彼らは、3つの小さな捕鯨用ボートに集まっていました。計器の装備も充分でなく、食べ物と水も残り少ない状況です。
捕鯨船エッセクス号に起こったこの事件は後に、「白鯨」の一部として小説になっています。
陸地にいる人たちはこの遭難を知るよしもなく、救助は期待できません。
私たちの多くはここまで恐ろしい状況には遭わないでしょうが、誰でも恐怖という感情は知っています。ただ、恐怖が何を意味するのかという点については、あまり考えていませんね。
大人になるにつれ、恐怖を感じるのは弱虫のしるし、と言われます。脳科学者によれば、人間は全般的に楽観的ですから、恐怖はときに危険なものである、と考えるのかもしれません。
「大丈夫だよ」「パニックになっちゃだめ」こんなふうにお互いに励まし合います。恐怖は、克服すべきものである、と考えられているのです。
ですが、恐怖に対して、別の見方をしてはどうでしょうか? 恐怖を感じることは、イマジネーションの翼を広げることであり、そこには物語のように、豊かで示唆にとんだ何かがある、と考えてみるのです。
恐怖はイマジネーションの源(みなもと)
子供は、恐怖からありありとした想像をします。
子供のころ、私はカリフォルニアに住んでいました。とても住みやすいところでしたが、ちょっと怖いところでもありました。
小さな地震が起こるたびに、ダイニングテーブルの上にかかっているシャンデリアがゆれるのを見て、とても怖かったことを覚えています。
時には、夜眠れませんでした。寝ているあいだにすごく大きな地震が来る気がしたのです。
成長するにつれて、私たちは、恐怖から、極端なことを想像するのはやめます。ベッドの下にモンスターはいないし、地震のたびにビルが倒れるわけはない、と学ぶのです。
とてもクリエイティブな人たちは、こうしたイマジネーションを持ち続け、「種の起源」「ジェーン・エア」「失われた時を求めて」といった作品を生みました。
エセックス号の3つの選択
捕鯨船、エセックス号の話に戻りましょう。
船員には3つの選択がありました。
1.もっとも近い島マルキーズ諸島(マルケサス諸島、タヒチ島から北東に1500キロのあたり)までボートで行く。1900キロメートル先だが、この島には食人種が住んでいるという噂がある。
2.ハワイに行く。ストームに遭うかもしれない。
3.2400キロメートル南下して、南アメリカ沿岸に行く。もっとも遠いし、風も有利に働かないので、食料と水が足りなくなる怖れがある。
3つのそれぞれに、
●食べられてしまう
●ストームにまかれる
●餓死する
という恐怖があります。
恐怖は物語である
恐ろしいと思う気持ちを恐怖とは呼ばす、物語と読んではどうでしょうか?
実際その通りです。
恐怖には物語のように、登場人物(私たち自身)とプロット(物語の始まり、中盤、終わり)があります。
恐怖を感じれば、視覚的なシーンも思い浮かびます。人食い種に食われる様子をありありと想像できます。恐怖にはサスペンスもあります。
偉大な物語と同じように、恐怖を感じれば、人生で大事なことに目を向けることになります。次に何が起こるのか、というように。
つまり、恐怖があるから、未来について考えることになるのです。人間は未来のことを考えることができる唯一の種です。
作家だからいえますが、フィクションを書くとき大事なのは、物語の中のあるできごとが、どんなふうにほかのできごとに作用するか考えることです。恐怖も同じですね。1つのできごとが、つぎつぎとほかのできごとを引き起こします。
恐怖をうまく読み解くには?
恐怖を単に恐怖と考えるのではなく、物語として捉えるなら、私たちは、その物語の作り手ですが、同時に私たちはその物語の読者でもあります。私たちが、どんなふうに恐怖を読み解くかで、その先の人生が大きくかわります。
人によっては、ごく自然に恐怖を上手に読み解きます。
成功した起業家たちは、「プロダクティブパラノイア(productive paranoia 生産性の高い偏執狂)」の習慣があるそうです。
彼らは恐怖を無視するのではなく、注意深く分析し、適切な準備や行動を起こします。だから最悪のケースになっても、ビジネス上の準備はできているのです。
時には、最悪のケースが起きます。これは恐怖のすごいところですね。ごくまれに、恐怖が未来を予言します。
けれども、私たちの想像力が生み出すすべての結果の準備はできません。では、どうやって、しっかり考えるべき恐怖と、流してしまっていい恐怖を見分けたらいいのでしょうか?
捕鯨船エセックス号の結末が参考になると思います。悲しい結末ですが。
考えた末、船員たちは決断しました。人食い種が恐ろしかったので、もっとも近い島に行くのはやめ、もっとも遠くて、行くのが困難な南米へのルートをとりました。
2ヶ月以上、海の上にいたので、やはり食料が尽きました。それでも、まだまだ南米から遠かったのです。
通りがかった船に救助されたとき、船員のうち半分は亡くなっていました。船員の中には、人肉を食べていた人もいたのです。
「白鯨」を書いたハーマン・メルヴィルは、「一番近いタヒチに行っていれば、その後のみじめなできごとはなかっただろう。しかし彼らは人食い種をとても怖れたのだ」と語っています。
なぜ船員たちは、高い確率で飢餓になる状況よりも、人食い種を怖れたのでしょうか? なぜ、ある物語をほかの物語より重要視したのでしょう?
よき読者に求められる2つの資質
小説家のウラジミール・ナボコフは、「最良の読者は、2つの全く異なった資質を合わせもっている。芸術的な資質と科学者の資質だ」と言っています。
物語の中に没入する気持ちと同時に、科学者のように客観的にストーリーを判断する目が必要なのです。科学者の資質は、ストーリー展開に直感的に反応し、振り回されるのを抑えてくれます。
エセックス号の船員たちは、芸術的な資質はしっかりありました。残された手記からわかるのですが、彼らは、もっとも簡単に想像できる、人食い種に襲われる様子をありありとイメージしたのです。
もし、科学者として、自分たちの恐怖をもっと冷静に判断していたら、人食い種ほど暴力的ではないにせ、それよりずっと起こる可能性の高い飢える物語に注意をむけ、タヒチに向かっていたでしょう。
センセーショナルな恐怖に惑わされない
私たちも、自分の恐怖の物語を読み解くとき、もっとも扇情的なストーリーで頭がいっぱいになりがちです。これに気づけば、連続殺人犯人や飛行機事故よりも、派手ではないけれど、もっと恐ろしい、動脈に脂肪やコレステロールが蓄積することや、気候が少しずつ変動していることを心配するでしょう。
文学では、もっとも繊細な物語がもっとも豊かであることが多いです。それと同様に、もっとも目立たない恐怖のシナリオが、もっとも起こる可能性があるといえます。
もし恐怖を正しく読み解くことができたなら、恐怖は想像力のすばらしい贈り物です。未来がどんなふうになるのか予想し、それに対して準備をすることを可能にしてくれます。
適切に読めば、恐怖は文芸作品と同じように、小さな知恵や真実を授けてくれるのです。
//// 抄訳ここまで ////
補足説明
paranoia
パラノイア 偏執病(へんしゅうびょう)。
偏執とは、偏った考えにかたくなに執着することです。精神医学におけるパラノイアは、精神疾患の一種で、偏執的になり妄想があります。しかし、患者の論理は一貫していて、思考・行動にその人なりの秩序があります。
日常生活では、被害妄想が強い人や状態を、「あの人はパラノイアだ」と言ったりします。
The Age of Miracles
訳出しませんでしたが、カレンさんが動画の中で語っている、The Age of Miracles は「奇跡の時代」というタイトルで翻訳されています。これが彼女のデビュー作です。突然地球の自転が遅くなったため、世界が少しずつ変容していく話です。
地球の自転が遅くなったらどうなるんだろう、なんてことを思いつくあたり、カレンさん自身もとても想像力が豊かだと思われます。
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科学者の目で自分の恐怖を読み解くすすめ
エセックス号の船員たちが遭難したのは、19世紀のはじめなので、人食い種なんているはずない、なんてふうには考えられなかったのでしょうね。それと、ものすごい極限状態での決断だったことも考慮しなければならないでしょう。
とても科学者みたいに客観的になっていられない状況だったのかもしれません。
私が当ブログの読者からもらうメールに書かれている恐怖は命にかかわるものはまずありません。
●これを捨てたらあとで困るかもしれない。
●あとでいる時、買うお金がないかもしれない⇒あとで必要になったときに買うお金がもったいなくて捨てられない、という質問の回答。
●なんとなく捨てると後悔しそう。
●こんな格好で職場に行くと、センスがない人と思われる。
●この贈り物にノーというと、可愛げのない嫁だと思われる。
●歯医者の恐怖⇒2つのうち、どちらがいいのかわからない? 迷わず選ぶ方法を教えます。
せいぜいこのぐらいの恐怖です。こうした、命にかかわらない恐怖の物語を、科学者の目で判断する練習を始めると、もっと深刻な恐怖の物語に出会ったとき、最善の選択をできるのではなかろうか、と思います。
人食い鬼の恐怖の物語がそうだったように、もっとも簡単に安易に想像できてしまうシナリオは、意外と実現しないということを覚えておくといいかもしれませんね。
科学者として自分の恐怖を読みとく時には、ちょっとリサーチしてエビデンスを探し、分析する必要なども出てくるでしょう。こうした作業がめんどくさいから、今の自分がすぐに思い浮かぶ恐怖の物語に引っ張られてしまうのだと思います。
エセックス号の船員たちにはろくな計器がなかったそうですが、私たちにはパソコンもインターネットも図書館もあります。
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それにしても人食い種を怖れて、別ルートにしたら、自分たちが人食いになってしまったなんて皮肉です。私たちの今の暮らしは、こうした過去の人々の命がけの試行錯誤の上に成り立っているんだなあ、とあらためて思いました。
昔の人に感謝しなければなりませんね。