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今日は七夕ですね。
短冊に願いごとを書く方も多いと思います。
短冊には、「〇〇がほしい」「〇〇ができますように」などと、これからの願いごとを書くのがふつうですよね。
今年はその紙に、ほしいものではなく、手放したいものを書いてみませんか?
シンプルに暮らしたいのに物欲が止まらず、ほしいものがどんどん出てきます。
こんなお便りをいただきます。
そんなとき、願いを一つ増やすより、手放したいものを一つ決めるほうが、暮らしは軽くなります。
今年の短冊には、減らしたいものを書いてみる
願いを書くとき、私たちの気持ちは外へ外へと向かいます。
まだ手にしていないものを追いかけているあいだは、お金もエネルギーも外へ流れ続け、家にはものがたまっていきます。
これでは、置き場所も、手入れの手間も増えるばかりです。
もう捨てたいものを一つ選ぶと、その流れがいったん止まって、今の暮らしに意識を向けることができます。
短冊に書くものを見つけるのは簡単です。
住んでいる部屋を見回せば、もう要らないものが何かしら目に入ります。
何年も着ていない服、部屋の片隅に積んである雑誌。使わないのにいつもダイニングテーブルにのっている何か。
そういうものを一つ書き出して、手放す方向に向かいましょう。
ほしくて買ったのに、使わなかったもの
ほしいものが手に入れば幸せになれる、と私たちは考えます。
ですが、願って手に入れたものが、そのままいい暮らしにつながるとは限りません。
私自身、ほしくて買ったのに、ほとんど使わなかったものがいくつもあります。
10代後半、数万円も出して、やせるための体操の教材を買ったことがあります。
立派なカードがそろったセットで、当時、流行していた商品です。
カードを見ながら自分で体を動かさないと意味がないのに、私は数枚めくっただけで満足してしまいました。
20代のころに買った英語の教材も同じです。
装丁の立派な本にカセットテープが付いたもので、これで英語をマスターしようと手に入れましたが、ほとんど使わないまま終わりました。
高価だったし、見た目も立派なので、すぐには捨てられませんでした。
押し入れを開けるたびに目に入り、あんなにお金を出したのに、と胸がちくりとしました。
それでも捨てる決心はつかず、何年もしまい込んだまま。
ほしくて買ったものが、いつのまにか、見るたびに気が重くなる死蔵品に変わりました。
結局、本は廃品回収に出し、カセットはゴミとして捨てました。
私は似たような失敗を嫌というほどしています。
ほしいという気持ちは、その瞬間がいちばん強くて、手に入れたとたんにすうっと冷めていきます。
願いがかなった満足と、それを日常に活かすことは、全く別物です。
買っても無駄にすることを何度繰り返したことか?
そのうち私は、何かをほしいと思っても、その前に、すでに持っていて使っていないものについて考えるようになりました。
⇒使ってみたかった。でも使わなかった。そんなものを手放しても大丈夫な理由
ものを手放すと、プレッシャーも消える
ものを手放して解放されるのはスペースだけではありません。
そのものに結びついていた、使わなければという気持ちも、いっしょに手放すことができます。
これを強く感じたのは、たくさんあった本を処分したときです。
本棚に並んでいる本を見るたびに、まだ全部読んでいない、いつか読まなければ、と急かされていました。
本を減らしたら、その追い立てられる感じがなくなって、ほっとしました。
本棚のぐしゃぐしゃもなくなって、読みたい本をすっと手に取れるようになりました。
昔持っていた編み棒のセットを手放したときも、同じでした。
棒編みができるようになりたくて買ったのに、私は本当のところ、そこまで編み物をしたいわけではありませんでした。
だから一度も使わないまま、引き出しにしまいっぱなし。
それでも、いつか編まなきゃ、とどこかで思っていました。
思いきって手放したら、もう編まなくていいんだ、と肩の力が抜けました。
ものを一つ持つというのは、それを管理する約束をするようなもの。
手放すと、その約束から解放されます。
スペースが空くこと以上に、この心の軽さのほうが、私にはありがたく感じられます。
67歳の私が、手放したいもの
長年、シンプルに暮らすよう心がけている私にも、実は、まだ手放せずにいるものがあります。
短冊に書くとしたら、まず思い浮かぶのは、塗り絵の道具です。
塗り絵をもっと本格的にやってみようと、新しい水彩絵の具、つやを出すための液(塗り絵本の紙に塗り、水彩できるようにするために使用)まで買いそろえました。
どれもほとんど使わないまま、箱の中に眠っています。
それから、娘がくれた、白いポスターカラーの余り。
いつか塗り絵に使えるだろうと、なんとなく取ってあります。
たぶんもう使わないとわかっていても、時間ができたら使うかも、という気持ちがちらついて、なかなか処分できません。
こういう、まだ使うかもしれない、もったいない、という引っかかって捨てられないものは、どこの家にも一つはあると思います。
私も今年は、捨てられないものを、書き出してみようと思っています。
カナダの7月7日はただの夏の日で、笹も短冊もありません。だから私はノートに書きます。
実際に言葉にすれば、ずるずる先延ばしにしてきたことに、区切りをつけやすくなります。
書き出したら、次の休みに箱ごと引っぱり出して、寄付に回せるものと、ゴミにするものに分けるつもりです。
紙に捨てたいものを書いてしまうと、いつか手放そう、ではなく、いつまでに手放そう、と期限を決めやすいです。
あなたなら、短冊に何と書きますか。
ずっと気になっているのに、捨てられずにいるもの。
一つ思い浮かべて、書いてみてください。
願いごとは変わっていい。今の自分に合うものを選ぶ
ここまで捨てる話をしてきましたが、ほしいと願うこと自体は悪いわけではありません。
ただ、それを手に入れてどうなりたいのか、知っておいたほうがいいです。
⇒ミニマリスト的節約術の極意は「必要なもの」と「欲しいもの」を分けること
私にも、ほしいものはあります。
若い頃ほしかったのは、服やバッグや本でした。
素敵な服を着たい、使いやすいバッグがほしい、あれもこれも読みたい。
そういう願いで、頭の中がいっぱいでした。
今のいちばんの願いは、健康で暮らすことです。
ほしいと思うものの中身も、いつのまにか、体をいたわる方向に変わってきました。
ちょうどプライムデー(Amazonの大きなセール)の時期なので、血圧計を買おうかと考えています。これも、健康維持が目的です。
ほしい気持ちがあっても、その先に健康や心地よい暮らしがあるなら、その願いはそのまま持っていてもいいでしょう。
⇒買わないチャレンジ中に、ほしいものが出てきたらどうするか?
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今日は、七夕にちなんで、手放したいものを書き出すことをおすすめしました。
ものをプラスするよりマイナスしたほうが暮らしやすくなります。
これは、長くミニマリストとして暮らして実感していることです。
何かほしくなったら、家の中にあるものを見直してみてください。
使わないならもう手放しましょう。
そんなクセがつくと、家も頭の中もすっきりし、気持ちに余裕が生まれます。
今年の七夕は、そんな生活のきっかけにしてみてください。














































