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服やバッグ、食器などの雑貨。
なかなか手放せないものには、自分をよく見せたい気持ちが隠れていることがあります。
私も人に見せるためにものをたくさん持っていましたが、結局捨てました。
シンプルライフは、自分が心地よいかどうかでものを選ぶことから始まります。
自分のものを見る人など本当はいないのに、見られている気がすると、ものが増えていきます。
あなたの家にも、そんなものがあるかもしれません。
足が痛くても履いていたハイヒール
今はフラットシューズしか履かない私ですが、会社に入りたての1、2年は無理やりハイヒールを履こうとしていました。
私はとても背が低いので、背を高く見せる効果も狙っていました。
そのころの私にとって、ハイヒールは大人の女性の象徴。
細いヒールで颯爽と歩く姿に憧れていました。
しかし、足が痛い。しかも家の周りは山道だから靴が傷む。
全然実用的でなかったので、そのうち履かなくなりました。
考えてみれば、会社員時代のパンプスは、おしゃれの道具というより制服に近いものでした。
履きたくて履くのではなく、会社員だから履く。
私はヒールを避けるために、スカートよりパンツスーツを選ぶことが多くなりました。
パンツなら、かかとの低い靴を合わせても様になるし、それはそれで大人っぽいからです。
当時は深く考えていませんでしたが、今思えば、自分の体の声を少しずつ聞くようになっていました。
憧れの大人の女性になるための靴より、履いても痛くない靴。
なりたい自分の像と、生身の自分の体は、別のものです。
本棚の手前に岩波新書、奥に推理小説
家には、周囲に自分がどう見えるかを気にして選んだものもありました。
その代表が本棚です。私は本をいっぱい持っていたので、茶の間や自室、玄関先にも書棚がありました。
若いころの私は、手前に少し難しそうな岩波新書を並べ、奥に推理小説を隠すように置いていました。
二重に並べていたんです。
部屋に来た人に、教養のある人だと思われたかったのでしょう。
冷静に考えれば、私の家に、それも茶の間にお客さんを招くことはそんなにありませんでした。
それでも当時の私は、本の並び方まで演出していました。
分不相応なよそ行きの服や、名のあるブランドの食器も持っていました。
人に自慢したかったわけではありません。
ただ、いいものを持っているほうが、センスがいいと思われる気がしていたのです。
今は、本を大幅に減らし、並べ方で見栄を張ることもなくなりました。というか、並べるほど本がありません。
教養がつきそうだから、という理由で買った本は、数が多すぎてあまり読まないまま処分しました。
見せるための本がなくなれば、本棚は自分のためのスペースになります。
カナダで気づいた、誰もそこまで見ていない
自分基準でものを選ぶようになった大きな転機は37歳のときでした。
会社員を辞めてカナダに渡り、学生に戻ったのです。
教室を見回すと、化粧をしている人も、していない人もいます。
服装もばらばらで、とくに誰も気にしていませんでした。
季節もあまり関係なく、長袖のパーカーを着ている人もいれば、半袖のTシャツを着ている人もいます。
実は、私が日本にいたとき、秋に夏服を着ていたり、夏の終わりに長袖を着ていたりすると、季節に合っていないと、よく指摘されました。
言われるのが嫌だったから、今も記憶に残っているのだと思います。
カナダでは、そういうことは一切ありません。
みな着たいものを着たいときに着ます。
日本にいた頃は、社会から浮かないようにすることがかなりストレスになっていたと、カナダに来て気づきました。
別にどこに住んでいようと、自分が周りの目を気にしなければいいんです。
そもそも、自分が思うほど、他人は自分を見ていません。
見られていると思うのは、スポットライト効果と呼ばれる認知バイアスのせいです。
自分に当たっているスポットライトは、実は自分だけが強く感じています。
思い返せば、私はもともとカジュアルな服が好きでした。
会社の制服がジャンパースカートだった時代も、下はいつもTシャツでした。
こちらに来て、やっと自分の好みを堂々と発揮できるようになりました。
服は立派に見せる鎧ではなく、毎日の作業服
今の私の定番は、Tシャツ、レギンス、パーカーです。
大学生のような格好ですが、これがいちばん動きやすい。
人前に出るときも、だいたい普段と同じです。
おしゃれ心を捨てたのか、と聞かれるとそうかもしれません。
ごく普通に見られれば、それでいいと考えています。
念入りにおしゃれをする理由もありません。
軽くて動きやすい服を着て、やりたいことをするほうにエネルギーを使いたいのです。
これはあきらめではなく、服で自分をよく見せようとするのをやめた、ということです。
若いころの服が、立派に見せるための鎧だったとすれば、今の服は、毎日を心地よく過ごすための作業服です。
鎧は重く、作業服は軽い。
靴は、ずっとフラットシューズです。
そのほうが歩きやすいし、60代になるとヒールの高い靴は膝への負担や転倒のリスクもあります。
体に合わない靴を我慢してまで履きたい気持ちはもうありません。
⇒有名ミニマリストの真似をしてもしっくりこない理由。自分に合うものの見つけ方
いつも同じ服と思われるのが嫌、というあなたへ
ここまで私の体験を書いてきましたが、読者の方からは、こんな声をいただくことがあります。
私も筆子のように服を減らしたいけれど、同じ服ばかり着ていると思われるのが嫌。
これまでずっと人の目を気にして服を選んできたなら、そんな気になるかもしれません。
しかし、心配は無用です。
事実と自分の解釈を分けて考えてください。
実は、相手がどう思っているかは誰にもわかりません。
「いつも同じ服でだらしない」と思われている、というのは事実ではなく、本人の解釈です。
ネガティブなイメージを持っているのは、相手ではなくたいてい自分のほうです。
あなたが他の人の服装をいちいち覚えていないように、人もあなたの服を覚えていません。
スポットライト効果は、ここでも働いています。
気になるなら、自分なりの服選びの基準を決めてしまいましょう。
人の目ではなく、清潔でサイズが合っているか。こんな感じです。
そう割り切れば、いちいち人の評価を推測しなくてすみます。
不安が残るなら、小さな実験をしてみてください。
1週間、同じボトムスで通してみて、誰かに何か言われるかどうか、確かめてみてください。
私の予想では、何も起きません。
自分の基準が決まると、人の目を気にして持っていた服が要らなくなります。
そこから、服の片づけは一気に進みます。
⇒制服化の記事を読んで、洋服・靴・バッグ、全部断捨離しました。
お知らせ:おうち時間の過ごし方
エッセオンラインに新しい記事がアップされたのでお知らせします。
今回は、雨の日や冬のものすごく寒い日、外に出られないときに私が何をしているか書きました。
⇒60代ひとり暮らし、おうち時間をご機嫌に過ごす4つの習慣。ささやかな工夫で雨の日が楽しみに | ESSEonline(エッセ オンライン)
もともと私はインドアタイプなので、家の中にいるのは苦にならないんですが、「すごく、手持ち無沙汰だよ」という方は参考にしてください。
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心地よさで選ぶのは、服や本だけではありません。
暮らし方や時間の使い方にも、同じものさしが使えます。
今の私は、人の目をほとんど気にしなくなりました。
人にどう見えるかで選んでいたころより、ずっと身軽です。
ものを選ぶとき、これは私が心地よいか、と自分に聞いてみてください。
本音を優先すれば、少しずつ自分らしい暮らしになります。














































