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親の介護を、自分が引き受けるべきかどうかで揺れている読者のお便りを紹介します。
今回のお便りの内容:
・90歳のお義母さんが骨折入院し、退院後の暮らしをご家族で検討中
・施設に入ってもらいたい気持ちと、家に帰りたいというお義母さんへの思いのあいだで揺れている
・カナダの高齢の方やその家族はどう考えているのか知りたい
先に正直に書いておきます。
私は介護をしたことがありません。
日本にいたのは36歳の終わりまでで、祖父母も病気で早くに亡くなったので、家族のだれかを長く看たという経験はありません。
カナダに高齢の友達がいるわけでもありません。
私の一番身近なお年寄りは実母。これを踏まえて、お答えしますね。
まずメールをシェアします。うさぎさんからいただきました。
私はゆっくりしたい
件名:カナダのお年寄り
ポイ活、実家のもの、などお便りしたうさぎです。
いつも筆子さんの文章を拝見し、うんうんとうなずき共感しています。ありがとうございます。
突然ですが、カナダの高齢の方々の考えや生活はどんな感じなのかな?と思いメールしました。
同居(35年)の90歳の義母が骨折入院し、退院後の生活について、今家族で検討中です。(夫、夫の妹、私3人で)
日本の死生観などもあり、変化してきてはいるものの、長生きはいいこと!家族が介護する。みたいな雰囲気は変わらず。(特に義妹は)
骨折し退院したら、自宅(があり、嫁の私がいるので)
そういう、波に、気持ちが押しつぶされそうになる時があります。
海外では、食べられなくなったり、動けなくなったりしたら、もうそろそろ人生は卒業みたいな考えの国もあるらしく。
でも、35年頑張っていい嫁をしてきたので、もういっか。
施設に入ってもらって、私はゆっくりしたい。
あ~、でもおばあちゃんも家に帰りたいって言ってるよなあ。
なんて。
で、筆子さんはどう思うか、カナダの人の考え方も、知りたいと思い、メールしました。
ブログに載せる内容でなければ、いつか筆子さんのお時間のある時、お返事メールいただけたら、ありがたいです。
すみません、長くなりました。
今は、自分がやりたいようにしよう!と毎日自分にいいきかせています。
いつも元気をもらっています。ありがとうございました。
うさぎさん、こんにちは。お便りありがとうございます。
施設に入ってもらってゆっくりしたい気持ちと、家に帰りたいお義母さんの気持ち。
私はそんな状況になってみないとどうするかわかりません。
ただ、施設入居という選択は、お義母さんを見放すことでも、わがままでもないと思います。
これからの自分の人生を一番に考えていいのです。
90歳からの暮らしづくり。だれかが動かないと進まない
最初に、現実的なところからお話しします。
90歳を過ぎて、骨折で入院。
この状態で、退院後の暮らしを本人一人で組み立てるのは、難しいと思います。
入院や退院の手続き、お金のこと、これからどこでどう過ごすか。
こういった段取りを、だれかが引き受けるしかありません。
私の母は93歳で、今はサポートのついたシニア向けのマンションで暮らしています。
三度の食事が出て、1日に1回、職員さんが部屋をのぞいて安否を確かめてくれます。
年金で家賃は十分にまかなえているので、お金の心配はありません。
ここは元気な人だけが入れる場所で、介護が必要になると住み続けられません。
その母が今のマンションに移るまでには、実家を売り、新しい住まいを探し、こまごました手続きを片づける、という作業がありました。
それを主にやったのは、弟と姪、つまり弟の家族です。
私はカナダにいるので、正直なところ、ほとんど何もしていません。
健康な母の新しい生活も、だれかが動かなければ前に進みませんでした。
うさぎさんのお宅も、ここは同じだと思います。
お義母さんが90歳で、骨折からの退院となれば、家族のだれかが段取りを担うしかない。
これは受け入れるしかない現実です。
問題は、その動く人が、嫁であるうさぎさん一人でいいのかどうかです。
施設=見捨てた、ではない。カナダの家族の距離感
うさぎさんは、カナダの高齢者やその家族がどう考えているのか知りたい、と書いてくれました。
身近に高齢者がいないし、くわしい統計や制度の話もできません。
ここからは私の印象を書きます。
こちらでは、親と子が別々に暮らすのが、ふつうです。
子どもは早くに家を出て、親は親で自分の生活を続けます。
年をとって一人で暮らすのが難しくなったら、ケアのついた住まいや施設に移る。
それを、子どもが冷たいとか、見捨てたとか、そんなふうには受け取りません。
プロにまかせる部分はまかせて、家族は家族にしかできない部分を担う。
そういう線の引き方が、あるように見えます。
もうひとつ感じるのは、本人の意思がとても大事にされることです。
どこで暮らしたいか、どこまで治療を望むか。
年をとった本人の意向を、周囲の人が確かめて、できるだけ尊重します。
私は日本で育ったので、家族が介護するのが当たり前、嫁なんだから当然、という空気はわかります。
しかし、カナダで暮らしてみると、それは世界共通の決まりではなく、日本という場所が持っている文化のひとつだと思います。
日本の当たり前は、ほかの場所ではちょっと違います。
これを知っておくと、うさぎさんの気持ちも少しは楽になるかもしれません。
介護はさせられるものではなく、自分で選ぶもの
介護というと、降りかかってくるもの、背負わされるもの、というイメージがあるかもしれません。
ですが、私は、介護することは、その人が自分で選ぶことだと思います。
父の兄、私の叔父は、糖尿病で自分でインスリンを注射していました。
注射の加減がうまくいかなかったのか、ある日植物状態になり、そこから10年近く入院していました。
その間、叔母はずっとそばで叔父を看ていました。
話すことも、目を合わせることもできない夫のところへ、毎日通っていたんです。
生きていてくれるだけでうれしい、というのが叔母の気持ちでした。
私はそんな叔母の行動を尊いと思います。
自分で引き受けたからこそ、10年間の介護が叔母の支えになりました。
だれかに強いられていたら、まるで違うものになっていたでしょう。
うさぎさんが「施設に入ってもらって、自分はゆっくりしたい」と願うのも、これからの自分の人生をどう生きるかという選択なので、自分を優先していいと思います。
みんなが無理なく暮らせる着地点を
家に帰りたいというお義母さんの気持ちと、自分の暮らしを守りたいうさぎさんの気持ちは、どちらかを100%優先する必要はありません。
お義母さんの願いを考慮しつつも、自分の体力や気力、これからの人生も大切にする。
両者の意向の間に、ちょうどいい着地点を探してください。
施設にお願いするのか、家で過ごしてもらうのか。
すべてをうさぎさんが決めて、うさぎさんが引き受ける話ではないですよね。
お便りには、パートナーと義妹さんと3人で検討中、とありました。
だれが何をどこまでやるのか、お金はどうするのか、プロの手をどこで借りるのか。
3人で、そして必要ならプロにも入ってもらって、責任や仕事を分け合えばいいのです。
義妹さんの当然という空気も、しょせん空気にすぎないので気にしなくていいのです。
⇒他人にどう思われるか気にしないで自分らしく生きる7つの方法。
ちなみに私自身は、自分の老後について、まだそれほど深刻に考えていません。
母が元気でいてくれて、私もまだ仕事をしているからかもしれません。
それでも、いざ動けなくなったら、私も施設に入るしかないな、とは思っています。
病気になったとして、どこまで治療を望むかも、そのときの自分が決めればいい。
なるようにしかならないと考えています。
⇒60歳までに終活を終わらせたい私が、いまやっているあれこれ。
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気を張りつめた嫁に介護されるより、肩の力が抜けた家族に見守られるほうが、お義母さんも穏やかに過ごせます。
うさぎさんがすべてを引き受けるのではなく、ご家族やプロと役割を分け合ってください。
そのほうが、まわりまわって、結局はみんなを楽にします。
それでは、うさぎさん、ご家族と一緒に、どうかお元気でお過ごしください。
うさぎさんと同じように、親や義理の親の介護で揺れている方も、どうか一人で抱え込まないでください。
感想などありましたら、お気軽にメールください。お待ちしています。














































