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頭ではわかっているのに、そのとおりに行動できない。そんな悩みのある人の参考になるTEDの動画を紹介します。
タイトルは、Why it’s so hard to make healthy decisions (健康にいい決断をするのは、なぜこんなに難しいのか?)
邦題は、健全な決断をするのはなぜ難しいのか。
講演者は、行動経済学者で、医療政策専門家の、David Asch(デイヴィッド・アッシュ)さんです。
医療を改善するために、人間の不合理な部分をもっと活用するといい、という内容です。
健全な決断、TEDの説明
Why do we make poor decisions that we know are bad for our health? In this frank, funny talk, behavioral economist and health policy expert David Asch explains why our behavior is often irrational — in highly predictable ways — and shows how we can harness this irrationality to make better decisions and improve our health care system overall.
なぜ私たちは、健康に悪いとわかっているのにまずい決断をしてしまうのでしょうか?
この率直でおもしろいスピーチで、行動経済学者で医療政策専門家のデイヴィッド・アッシュは、私たちの行動が、かなり予測できる形で、しばしば不合理である理由を説明し、この不合理さをうまく利用して、よりよい決断をし、医療制度を向上させる方法を教えてくれます。
収録は2018年の11月、長さは17分。日本語字幕もあります。
☆トランスクリプションはこちら⇒David Asch: Why it's so hard to make healthy decisions | TED Talk
☆TEDの説明はこちら⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に
とてもユーモアのあるプレゼンです。
シートベルトをしていなかった大物
2007年4月、ニュージャージー州知事だったジョン・コーザインが大きな自動車事故にあいました。
SUBの助手席にのっていたとき、追突事故にあい、骨折や裂傷を負ったのです。
すぐに手術をし、その後も、何度も手術をしています。彼が生き残ったのは驚くべきことです。
しかし、もっと驚くべきなのは、彼がシートベルトをしていなかったことでしょう。
コーザインはシートベルトをつけたことがなかったのです。彼の運転手を務めていた州警察官が何度頼んでも。
州知事になる前、コーザインは上院議員。その前は、会社のCEOで、株式公開をして何億ドルも稼いでいました。
彼の政治や、稼ぎ方に意見がある人はいるでしょうが、彼をバカだと思う人はいないでしょう。
それなのに、彼は、シートベルトをしないで車に乗り、事故にあいました。シートベルトが命を救うことは誰でも知っているのに。
知識があっても行動できない
この話は、健康になるために、行動を変えようとする人間の、根本的な弱点を表しています。
私たちが、医者や患者に何か言うとき、「人間は合理的に行動する」という考えに基づいています。
情報を得れば、人は、頭の中でそれを処理し、その結果、行動が変わると思っているわけです。
コーザインは、シートベルトが命を救うことを知らなかったのでしょうか? 彼だけ聞いていなかったとか?
コーザインに足りなかったのは、知識ではなく行動でした。
常識がなかったわけじゃない。行動しなかっただけです。
ためになる反射的な行動を促すべし
人の心は、抵抗が多い道だと私は考えています。
情報を与えて、人の考えを変えるのは難しいし、情報で人の行動を変えるのはもっと難しいのです。
健康やヘルスケアを大きく改善するためには、それに関する行動を改善するしかありません。
膝をたたいたら、反射的に足が前に出るように、医療においても、反射的な行動を組み込むべきなのです。
ところが、私たちは、教育すれば、人をやる気にさせることができると考えています。
誰かが、適切な行動をしなかったとき、「知らなかったから」と考えがちですよね?
「喫煙が健康によくないことを知っていれば、喫煙しないはずだ」とか。
もしくは、経済学の考え方を使います。
「人は損得を考えて、いつも正しく合理的な意思決定をしている」と。
もしこれが本当なら、完璧な支払いシステムを医者に、完璧な自己負担や控除の仕組みを患者に用意すればうまくいくでしょう。
行動経済学を使う
実は、行動経済学をベースにしたもっといい方法があるんです。
行動経済学者は、人間が不合理だということがわかっています。
人は、感情をもとに決断をしたり、フレーミング(伝え方)や、社会的状況に影響を受けたりします。
いつも、長期的に見て、自分にとってためになることを最優先して行動するわけではありません。
しかし、行動経済学の重要な貢献は、人の行動が不合理だということを明らかにしただけでなく、その不合理性が、かなり、予測可能なことを明らかにしたことです。
人の心理的欠点を予測できれば、戦略を立てて、その欠点を克服するのに役立ちます。
事実、行動経済学者は、私たちを困らせている反射的行動を逆手にとって、私たちのためになるよう使っています。
現在バイアス
『現在バイアス』という、不合理性があります。遠い未来の重要な結果よりも、目の前の結果のほうに、より強く動機づけられる心理です。
もし私がダイエット中だとしたら、まあ、いつもそうですが、誰かに、おいしそうなチョコレートケーキを勧められたら、食べるべきではないとわかっています。
お腹の肉になってしまうから。
しかし、ケーキは目の前にあり、ダイエットは明日からでも始められる、と考えるのです。
私は、コメディアンのスティーブン・ライトが好きでしたが、彼は、よく禅ふうの警句を言ってました。
私のお気に入りは、「努力は将来むくわれるが、怠惰は今すぐむくわれる」です。
患者も現在バイアスを持っています。
高血圧で、心臓発作だけは是が非でも避けたいと思っていて、そのためには、薬を飲むのが一番だと知っていたとしても、その発作は、遠い未来のことであり、薬を飲むのは今すぐです。
高血圧の薬を処方された患者のほぼ半分が、1年以内に薬を飲むのをやめます。
この問題1つを解決しただけでも、どれだけの命を救えることでしょうか。
起こりそうにないことを過大評価する
また、私たちは、起こる確率の小さなことを過大評価しがちです。
投資対効果がとても低いのに、宝くじの人気があるのはこのせいです。
皆さんの中にも宝くじを買う人がいるかもしれません。楽しいですよね。大金持ちになるかもしれませんから。
でも、老後の蓄えのための投資としては、ひどいものです。
以前、こんなバンパーステッカー(自動車のバンパーに貼るステッカー)を見たことがあります。
作り話じゃないですよ。
『宝くじは、計算ができない人間が支払う特別な税金だ』
計算ができないのではなく、計算したことを実感できないのです。
チャンスを逃すのが恐い
さらに、私たちは、後悔に意識を向けすぎます。チャンスを逃すことをとても嫌がるのです。
最近、10億ドル以上(1000億円以上)当たる『メガ大当たり宝くじ』が発売されました。
私の職場では、皆がお金を出し合って宝くじを買っていますが、ふだんは私はお金を出しません。
でも、ふと思ったのです。「もし彼らがメガ大当たり宝くじに当たったらどうする?」と。
そんなことが起きたら、翌日、仕事に来るのは私だけ。
べつに同僚に当たってほしくないわけではないのですが、私抜きで当たってほしくないのです。
まあ、財布から20ドル札を出してシュレッダーにかけたほうが簡単です。結果は同じでしょうから。
参加すべきではないとわかっていたのに、私は20ドル札を渡してしまい、それを見ることは2度とありませんでした。
まじめに薬を飲んでもらうには?
患者を対象に、たくさん実験をしました。電子薬びん(electronic pill bottles)を使います。データを収集できるので、薬を飲んだかどうか、わかるびんです。
薬を飲んだら、ごほうびとして、宝くじをあげます。
飲まない日があると、「100ドル当たったかもしれないのに、きのうは薬を飲まなかったので、あげません」というメッセージが患者に届きます。
患者は、これを嫌います。チャンスを逃がすのが嫌なのです。
後悔することを予測できるから、それを避けるために、薬を飲む可能性が高くなります。
後悔を嫌う傾向を利用するとうまくいくわけです。
不合理な行動を利用する
この方法は、もっと日常的なことにも使えます。人間が、どんなふうに不合理な行動をするかわかれば、人々をもっと助けることができます。
男子トイレの例をあげましょう。
便器の中に、ハエの絵を描けば、床がおしっこまみれになるのを防げます。ハエを狙いたくなりますからね。
医療でも、同じ方法を使えます。
うちの病院では、ジェネリックの薬があるのに、医者がブランド品の薬を処方するという問題がありました。
このグラフの線は、それぞれが違う薬で、ジェネリック薬が処方される頻度を表しています。
一番上の薬は、100%ジェネリック薬が処方され、一番下の薬は、ジェネリック薬の処方が20%もありません。
医者と話し合ったり、教育する機会を設けたりしましたが、全然効果がなくて、すべての線は横ばいでした。
ところが、電子カルテにソフトをインストールして、ブランド薬ではなく、ジェネリック薬をデフォルトにしたら、この問題は、一瞬にして解決され、その状態が続いています。
これを始めて、2年半たちましたが、その間に、病院は3200万ドル(およそ35億円)も節約できました。
3200万ドルも。
医者が、本来やりたかったことをしやすいようにしただけで。
損を嫌うことを利用してもっと歩いてもらう
損をしたくない気持ちを利用するのも、効果があります。
人々にもっと歩いてもらうためのコンテストで、使ってみました。
最低でも7000歩を歩くことを目標にし、携帯電話についている加速度計で歩数を測りました。
コントロールグループ(比較対象するグループ)であるAグループには、7000歩歩いたかどうかだけ伝えました。
Bグループには、金銭的インセンティブがあり、7000歩、歩いた日は、1.4ドル(150円ぐらい)もらえます。
Cグループも、同じ金額、もらえますが、得ではなく、損として提示されます(フレーミング)。
1日1.4ドルは、月に42ドル(4600円ぐらい)。Cグループの人には、最初に42ドルを、それぞれのヴァーチャルアカウントに入金します。
7000歩、歩かなかった日は、1.4ドルずつ減らしていきました。
経済学者であれば、BグループもCグループも、インセンティブは同じだと言うでしょう。
毎日、7000歩、歩くたびに、1.4ドルずつ金持ちになるのだから。
しかし、行動経済学者にとっては、この2つは違います。
人は、1.4ドル得することより、1.4ドル損することを避けようとして、よりやる気になります。
結果はまさにその通りでした。
7000歩、歩くたびに1.4ドルもらったグループの人たちは、コントロールグループ(Aグループ)の人と、目標達成率が変わりませんでした。
金銭的インセンティブは効果がなかったのです。
しかし、損をする形でインセンティブが提示されたCグループは、目標を達成した日が、50%以上増えました。
経済学的にはわけがわかりませんが、心理学的には理にかなっています。
得る喜びより、失う恐怖のほうが大きいのです。
そこで、この傾向を利用して、患者がもっと歩き、減量し、薬を飲むよう助けています。
お金が人をやる気にさせることは、皆、わかっています。
しかし、人の心理と組み合わせると、より大きな影響を与えることができます。
金銭的インセンティブのワナ
お金を使うことにはデメリットもあります。
託児所の例をお話ししましょう。
託児所で一番、やってはいけないことは、子供を遅くに迎えにいくことです。
これは、誰も幸せにしません。
子供は悲しいし、帰りが遅くなる先生たちもうれしくない。そして親は、罪悪感を感じます。
この問題を解決するために、イスラエルのある託児所では、迎えが遅い親に罰金を科しました。
アメリカの託児所の多くがやっていることです。
罰金は、10シーケルで、3ドル(330円ぐらい)ぐらいです。
こうしたら、迎えが遅くなる人が増えました。
考えてみれば当然です。
「なんてお得なの。たった10シーケルで、子供を一晩中預かってもらえるなんて」
「遅れるべきではない」という強い内発的な動機づけを、安い金額に変えてしまったのです。
さらに悪いことに、間違いに気づいた託児所が、罰金を廃止しても、迎えが遅い状況は変わりませんでした。
彼らは、社会的契約を毒してしまったのです。
医療は、強い内発的な動機づけで満ちています。
医者も患者も、最初から「正しいことをしたい」と思っています。
金銭的インセンティブが、役立つこともあるけれど、医療では、期待しすぎないほうがいいのです。
健康にかかわる行動に、もっとも大きな影響を与えるのは、社会的な相互作用です。
社会的なかかわりは、ヘルスケアにおいて、2つの方向に働きます。
人に見られていると行動が変わる
まず、人は他人が自分をどう思うかを気にします。
人の行動を変える、もっとも強力な方法は、他人に行動を見られるようにすることです。
私たちは、見られているときと、見られていないときとで行動が変わります。
トイレに洗面台(シンク)を置かず、外に置くレストランがあります。
手を洗ったかどうか、皆が見ることができるように。
そうしたほうが、手を洗う人が増えるはずです。
人は、見られているときに最善の行動をします。
フロリダの集中治療室で、びっくりするような実験が行われました。
そこでは、手を洗う率がとても低かったので、感染を広げるかもしれず、危険でした。
そこで、研究者たちが、シンクの上に人の目の写真を貼りました。
本物の人間ではなく、ただの写真です。それも目だけです。
こうしたら、手を洗う率が2倍以上、あがりました。
私たちは、人が自分をどう思うか、とても気にしているので、人から見られることを想像するだけで、よりよい行動をしてしまうのです。
他人の行動をお手本にする
それから、人は、他人の行動をお手本にしています。
シートベルトの話にもどりますが、私は子供のころ、「バットマン」(テレビ番組)が好きでした。
バットマンとロビンがすることは全部、すごくかっこいいし、バットモービル(バットマンの車)も最高にクールでした。
この番組は1966年から1968年まで放映されましたが、当時、シートベルトをするのは、任意でした。
しかし、この番組のプロデューサーは、とても重要なことをしたのです。
バットマンとロビンがバットモービルに乗るとき、カメラを彼らの膝に向け、シートベルトをつける場面を見せました。
バットマンとロビンがシートベルトをすれば、私もシートベルトをします。
あの番組はたくさんの命を救ったはずです。
これも医療に活かせます。医師は、ほかの医師の抗生物質の使い方を見て、より適切に抗生物質を使っています。
医療の世界で起きていることの多くが、隠されていますが、それでも医師も社会的な生きものですから、ほかの医師のやることを見て、よりよい治療を行っています。
社会的影響は、医療の世界にもあるわけです。
後悔や損を嫌う気持ちを利用することもできます。
不合理な部分を利用して人を助ける
誰もが、いつも合理的に行動すると思っていたら、こうした手段は思いつかなかったでしょう。
合理性の追求がよくないと言っているわけではありません。
しかし、人の心の不合理な部分こそが、勇気、創造性、ひらめきなどを生み、それが情熱につながります。
健康にかかわる行動をよくするには、不合理な部分を無視したり、さからったりするより、それを活かすほうがずっと効果的なのです。
医療においては、人間の不合理な部分を理解することも、1つのツールです。
その不合理性を上手に使うことが、もっとも合理的な行動なのかもしれません。
//// 抄訳ここまで ////
単語の意味など
framing フレーミング効果 内容が同じでも、伝え方や見せ方によって、反応が変わること。
たとえば、ある手術を受けた人の患者のうち
A:90人が5年後に生存
B:10人が5年後に死亡
と、2種類の伝え方をしたら、ポジティブなメッセージであるAを聞いた人のほうが、手術を受ける率が高い。
Forewarned is forearmed. 前もって警告されれば、前もって準備ができる
present bias 現在バイアス 目の前にある事柄を過大評価する心理的傾向。現在の楽しみを優先することなど。
jackpot 予期せぬ大当たり、大成功
generic drug ジェネリック医薬品(発医薬品):新薬(先発医薬品)の特許が切れたあとに販売される、新薬と同じ有効成分・品質・効き目・安全性をもつ薬。開発費がない分、新薬より安い。
accelerometer 加速度計
control group コントロールグループ 実験の結果を、比較対象するために設定したグループ
incentive やる気を起こさせる刺激、奨励金
行動経済学に関するほかのプレゼン
あなたの言葉がお金をためる能力に影響を与えている?(TED)
貯金できない人がうまくお金を貯める秘訣は、行動経済学にあり(TED)
我々は本当に自分で決めているのか?ダン・アリエリーに学ぶ、選択のミス(TED)
実際の体験とその体験の記憶の幸福度は違う:ダニエル・カーネマン(TED)
決断する力をアップする。自分で決められない理由とうまく決める方法(TED)
ほかにもたくさんあります。
損だと思うけど、損じゃない
宝くじのエピソード、おもしろいですね。
他の人が得するのはいやじゃやないけど、自分抜きで得してほしくない。
こういう気持ち、誰にでもあると思います。
人は、「いい機会を逃すんじゃないか」、「損するんじゃないか」、「後悔するんじゃないか」ということにすごく敏感で、機会を逃すこと、損をすること、後悔をすることを、すごく嫌います。
不用品を捨てられないのは、ほぼ、こういう心理のせいではないでしょうか?
今まで何年も着ていなかった服なのに、いざ捨てようとすると、突如、「でもこんな時には着るかもしれない」なんて、宝くじが当たるよりもさらに低い確率で起きそうなことを思いつきます。
クローゼットにぶらさげておいても、支払ったお金はかえってこないのに、「もったいない。捨てるのは、お金をどぶに捨ててしまうこと」と感じます。
ずっと使っていなかったのに、「捨てると、あとでこんなことやあんなことが起きて、後悔するんじゃないかしら」と恐れます。
「(いらない物で、手に入れる必要なんてないのに)もう2度と、手に入らなかったらどうしよう」とか、「必要になったときに、買うお金がなかったらどうしよう」なんて考えてしまうのです。
これ、全部、すごく非合理的な考え方で、客観的に現状を洗い出してみれば、捨てたほうがいいことがよくわかります。
不用品を捨てて、悪いことって、何もないですよね?
いい事づくしです。
いらない物なのに、捨てるのにすごく抵抗を感じる人は、できるだけ客観的に考えて、長期的に見て、自分のためになる行動をするといいですよ。