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家の中を片付けて、シンプルライフを追求している読者のお便り紹介コーナーです。昨年、12月にいただいたメールから4通選びました。
内容は
●人形供養をしたこと
●1000個捨てやってみたこと
●片付けが進んだら、気持ちも変わったこと
●断ったら気持ちがスッキリしたこと
以上です。
まず、やよいさんのお便りです。
人形供養してよかった
件名: 人形供養について
初めてメールを差し上げます、筆子さまより5歳下の東京在住の主婦です。
先ずはお問い合わせフォームからしかメールを送ることができない私をお許しください。
2年ほど前からブログやご本も買って読ませていただいております。フェリシモのお話やら色々と共感できるところが多く、また、読んでいて思わず一人で大笑いしてしまう、ユーモアのある文章も大好きです。
人生に大切なものは、ユーモアだというのが私の座右の銘です♪
この夏、東京に家族を残して私一人福岡の主人の実家に住み込み、看病に通った舅を亡くしました。
色々なことがありましたが、やっと心身ともに落ち着いた頃ふと思い立ち、今春息子が社会人に、今月娘が成人したのを機に、
主人の両親から二人の子それぞれの誕生時に贈られた、大きな(高さ40㎝くらい)五月人形と博多人形をお寺に持ち込み、供養していただきました。
供養のためにお人形さんたちを置いてくる時には、忍びない気持がして、文字どおり後ろ髪を引かれる思いでしたが、その後の供養に参列し、手を合わせるうちに
お人形さんたちは、形はなくなっても子等のことをずっと見守ってくれているのだと思えるようになりました。
何より、この地震の多い東京で大きなガラスケース入りのお人形を持ち続けることを思うと、手元から手放し、供養していただいて良かったと思います。
最後になりましたが、厳寒のカナダでお暮しの筆子さまがお健やかでよいお年をお迎えになられるよう、お祈りしております。
追伸 ブログ内のどこかでお見かけした、筆子さまの横顔のイラストがとてもかわいらしくて好きです。
やよいさん、はじめまして。本も読んでいただき、ありがとうございます。
お便りはお問い合わせフォームから送ることになっているので、なんの問題もありません。わざわざメールありがとうございます。
昨年、お舅さんが亡くなられたのですね。1人で看病していたとのこと、大変でしたね。
2人のお子さんが生まれたときにもらったお人形、役目を果たして、供養もしてもらって、喜んでいるんじゃないでしょうか?
忘れ去られたり、邪険にされるよりいいですから。
物に込めた思いは消えないので、義理のご両親が、人形に込めた思いも、お子さんたちに伝わっていることでしょう。
筆子の横顔の写真ってこれでしょうか? もう1つ、斜めをむいた顔がありますが。かわいいと言ってくださってうれしいです。
やよいさん、今年もお元気でお暮らしください。
次はなつめさんのメールです。
1000個捨てチャレンジをやってみた
件名: 1000個捨て終わりました
筆子さんの最初の本が出る頃からの読者(40代女)です記事はほぼ全て読んでいます。
1000個捨てたのは、自分のものだけではなく、家の中にあるもの、です。
私は祖父母の家を相続し、そこに住んでいるため、かなりの量のものと生活しています。
20代後半から自分の洋服や物の多さに気がつきはじめ、ちょうどその頃、やましたひでこの断捨離が話題になり、片付け本を読んだり、片付けセミナーを受けたりして、少しずつ捨ててはいました。
そんな中、筆子さんのブログに出会い、腑に落ちることがとても多く、捨てることが加速しました。
1000個捨てる記事を読んだあと、これならできるかもと、すぐに始めました。捨てたものを手帳に書いて月毎に集計するやり方で、100はすぐでしたが、1000個は到達するまで長く感じました。
捨てたものは家具から割り箸まで幅広い内容です。その間買ってしまったものはプラスにはしていません。
このようなサイトに便りをするのは初めてですが、どうしても御礼がいいたかったのです。これからもブログの更新を楽しみにしています。
ありがとうございました。
なつめさん、はじめまして。お便りありがとうございます。
すべての記事を読んでいるとは、すごいですね。この記事をあわせて、2080記事ありますから。重ねてお礼申し上げます。
1000個捨てがきっかけで、片付けが加速してよかったです。私も1000個捨てをしていますが、まだ500個いってないです。
おじいさんたちの家は、まだ物が多いかもしれませんね。
なつめさん、今年も、さらにスッキリ生活めざして、がんばってください。
1000個捨てる話⇒持たない暮らしに近づく1000個捨てチャレンジの楽しみ方
3人目も初めての方だと思います。ますくさんのお便りです。
家の中を片付けたら心境も変化した
件名: 感謝です!
私は、小1・年中・2歳の子を持つ専業主婦です。
今年、筆子さんに出会い、お礼を申し上げたくメールしました。
育児に追われ、と自分の中で勝手に思い込み、掃除や片付けを二の次にしてました。
3人目が、それまでの上の子たちのおかげで、自分にも気持ちの余裕が生まれた育児ができ、それで、家のことをしようと、ネット検索して筆子さんにたどりつきました。
末っ子が昼寝している間、順番に家の中の棚を断捨離。もちろん、毎日は続きませんが…ゆっくりと。
そして、就寝前には、必ずシンクをきれいに。
これだけは欠かさず。
そうした毎日をすごしていると、私の気持ちが変わっていきました。
私は、愛知の田舎でありがちな、旦那の実家の敷地内の家に4年前から住んでいます。
車が3台ほどしか停めれない敷地に、知り合いの業者で、との義理両親からの指定。
わざわざ田舎へ引っ越すこと、しかも狭い家。
好きなように建てれない家。
全く面白くない引っ越し作業でした。
そんな中、家の中を片付けていくうちに、あろうことか、この家や周りの環境に、私が感謝するようになったのです。
狭いから、掃除しやすい。
狭いから、家具やものを置くのに限度があり、やたらと買えない、いや、買わなくてよい。
お隣とそれなりに離れているから、子供が騒いでも、響かない。
学年の人数も少なく、子供と親の顔がわかる。
狭いリビングに、5人で肩を寄せ合いながら見るテレビは、楽しい。
義理両親が近くにいて、子供も少しみてもらえるから、ランチに行ける。
そんな風に思え、この家が好きになり、掃除や片付けにより励むようになりました。
もちろん、義理両親には、敷地を提供してもらい、感謝していこう、という気持ちにもなりました。
筆子さんのおかげで、家も気持ちもかわりました。感謝でいっぱいです!
ありがとうございました。
これからも、更新楽しみに拝見させてもらいます。長々と駄文失礼しました。
ますくさん、はじめまして。お便りありがとうございます。
感謝しながら暮らせるようになってよかったです。
祖父母がそばにいたほうが、お子さんにとってはいいかもしれません。その分、愛情や、多様な価値観にふれられますから。
小1、年中、2歳の3人の子育ては大変なので、サポートしてくれる人がそばにいるほうが絶対いいですよ。
都会で1人で育児して、ストレスためているお母さんもたくさんいますからね。
おっしゃるように、家はあんまり広くないほうが、余計なものをためこまないからいいと思います。
お子さんが3人いらっしゃるので、そのうち手狭になるかもしれませんが、そうなったときにまた考えればいいですしね。
ますくさん、今年もご家族仲良く、楽しくお暮らしください。
シンクを磨く話⇒流しをピカピカに磨くことが家全体の片付けにつながる~ミニマリストへの道(26)
最後は、ペンネーム、りえさんのメールです。
はっきり意志表示したらとてもスッキリした
件名:断わるということ
何度かメールさせていただいた者です。
興味のある記事はいつも拝読しています。最近はもっぱら読者さまのお便り紹介がとてもとても興味深く、自分自身への気づきにつながります。
ありがとうございます。
私自身はとくに断ることが苦手とは思っていませんでした。
見知らぬ人からの一方的な営業、勧誘は「不要です」とはっきり断ってきました。投資信託とか健康食品とかサプリとかあれやこれや、自分に不要だとはっきり分かるからです。
NO!!!とズバンと言い、相手も「ああ、そうですか」とすんなり身を引いてくれます。
しかし・・・ある程度関係性をもった相手、例えばヨガの先生とかお茶の先生とか、そういう相手に何かを勧められると、ハッキリ断われない自分がいた!と気が付きました。
何かのイベントとかチケットとか、ある会への参加とか(モノはいらないとハッキリ自覚しているので、モノは勧められない)
自分が心ひかれていない、全然興味がない、にも関わらず、断われず受け入れていたんだなあ・・・と心底気が付きました。
相手の方も、この人に強く押せばお金を出す、とわかっていて押しているという側面もあるんだなとも気がつきました
自分には不要とわかっていながら、はっきり断れなかったのは、断わると相手の機嫌をそこねてしまう、私はそれが嫌だった、怖かったのかもしれないなと思いました。
そのことに気がついてからは、そういう態度は一切やめました。
相手様の機嫌のことまで、私は責任を負わなくてよかったのです。
「これには全く興味がありません、今の私には必要ないです、お断りします」等々はっきり意思表示するようになりました。
本当のことをきちんと意思表示する、というのはなんて気持ちがいいことなんでしょうか!
自分自身にも、結局相手にもそれが一番誠実ですね。
相手が機嫌をそこねたら、それまでの関係なんだなと思います。それでいいんだなと思います。
私が断わったことで、その後気持ちよい関係を築けないなら、じゃあ、さようなら、が自然なんだなとも思います。
ま、相手も商売なので強く押すのが「悪いこと」と思っているわけではないのです。
ご自分の役目を立派になさっているのだなと思います。
でも断わるか受け入れるかは結局だいたいは、相手にお金を出すという行為に直結することが多いので、自分の責任です。
先日も読者さんのお便りで「断る」お話しがあったので、興味深く読みました。
なので私の経験、気づきもシェアさせてもらえたらと思い、筆子さんにメールします。
2018年も1か月の半分を切りましたね。どうぞ良いお年をお迎えくださいね。
追伸 小麦断ち、砂糖断ち継続中です。自分の心身がどう変化していくか実験中です。お読みいただき、ありがとうございました。
りえさん、お便りありがとうございます。
こちらの記事を読んだくださったのかな?⇒がんがん断捨離したら、断るのが苦手な自分なのに断ることができてびっくり。
いらないものを断れるようになってよかったですね。
そうですね。相手の機嫌は自分ではコントロールできないことだから、そこまで気にすることはないと思います。
それに、いらないものを断ったからといって、関係が悪化するとは思いません。人間関係も、人生と同じで、一発勝負ではなく、いろいろな要素が積み重なって長く続いていくものですからね。
親しい人からの申し出やおすすめに、すべてイエスと言えば、それで、お互い笑顔になれるか、と言ったら、そうもいえないことが多々あります。
先日も、いらない贈り物に悩まされている方からメールをもらったばかりです⇒被害者的発想をやめる7つの方法(前編)、悪いのは私じゃない誰かだと思い込みすぎていませんか?
相手の気持ちを推し量るまえに(他人の考えていることなので、たいていはわからない)、自分の本当の気持ちを大事にしたほうがいいでしょう。
りえさん、いつもメールありがとうございます。良い年になりますこと、お祈りしています。
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人形供養は日本独自の文化で、英語では、Ningyo Kuyoとそのままアルファベットにしたり、Japanese doll funeral (日本人形の葬式)と説明したりしますね。
日本では、人形がとても大事な役割をはたしていて、こどもたちの災厄を引き受けてくれる、と考えられてきました。
ご当地キャラとか、やたら人形っぽいものが出てくるのも、人形好きの文化のせいだと思います。
今の子供たちは、人形やおもちゃを持ちすぎているから、ありがたみを感じる機会が減ってきているでしょうね。
それでは、次回のお便り紹介コーナーをお楽しみに。