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多くの人が休むことに罪悪感を抱いています。
有給を取るのは、なんとなく申し訳ない。
休みの日なのに、なんだかそわそわして落ち着かない。
しかし働くことと休むことは表裏一体の関係にあって、どちらも同じくらい大切です。
今回は休むことに罪悪感を抱かない方法をお伝えします。
休むのが下手なのは、あなただけではありません
日本人は休むことに罪悪感を持ちやすいと言われます。実際に、2023年のある調査では、社会人の約4割が休むことに罪悪感があると答えています。
会社勤めの人だけではありません。
家事を担う主婦も、自分で仕事のスケジュールを組めるはずの自営業の人も、同じように感じています。
休もうと思えば休めるはずなのに、いざ休みになると、何かしていないと気が済まない。
そんな人もたくさんいます。
休んでいるはずなのに、かえってぐったりする、こんな声もよく聞きます。
体は家にあっても、頭のなかでは明日の段取りや、やり残した用事のことを考え続けてしまうからです。
これでは、休んでも休んだ気になれません。
休むことに後ろめたさを感じてしまうのは、日本ではよくあることです。
罪悪感がわく3つの理由
休むことに罪悪感を持つ理由は、大きく分けて3つあります。
まず、頑張ることや働くことを善とする価値観が強いことです。
忙しくしていれば頑張っている、休んでいればなまけている。
私たちは知らないうちに、こんな図式を信じ込んでいます。
予定が何も入っていないカレンダーを見ると、なんだか落ち着かないのはこのせいです。
スケジュールがびっしり詰まっていることが、そのまま自分の値打ちのように感じてしまうのです。
次に、ゆっくりしたい自分を、素直に受け入れられないことです。
本当は休みたいのに、休みたいと思う自分はわがままだ、甘えていると無意識に責めてしまいます。
だから、休んでいても心から休めません。
子どものころから、なまけてはいけないと言われて育った人ほど、この傾向は強くなります。
休みたい気持ちにふだんからふたをしているので、いざ時間ができても、何をしていいのかわからなくなります。
最後に、周囲の強力な圧力です。
休まずに働く人を立派だとする雰囲気。少々体調が悪くても休んではいけないという上司。
こうした環境のなかにいると、休むこと自体が悪いことのように思えてきます。
少ない人数で無理して回している職場などは、この空気が濃くなります。
自分が一日抜けるだけで、ほかの人の負担が増えるのが目に見えるからです。
そしてこう思います。
休むと、ほかの誰かに迷惑がかかる。
真面目な人ほど、こう考えてしまうのです。
⇒家事や仕事をがんばりすぎない方法~ほどほどにしておいたほうが自分のため。
⇒自分に厳しくしすぎないで~がんばりすぎているゆっこさんに私が伝えたいこと。
休むことに対する感覚はお国柄
価値観は、生まれ育った場所によって大きく変わります。
カナダで暮らすようになって身をもって実感しました。
カナダでは、体調を整えるのは個人の責任だと考えられています。
だから、疲れたら休む、具合が悪ければ仕事を離れるのは当たり前です。
休むときに、申し訳なさそうにする人をあまり見かけません。
休暇もよく取りますし、そうすることに引け目を感じている様子もありません。
休むのは権利であり、自分の体を守るための行動だと、多くの人が思っています。
まあ、中にはワーカホリック気味でなかなか休まない人もいますが、これは他人に遠慮しているわけではありません。
日本は、これとはだいぶ違いますよね。
集団で動くことを大事にするので、自分ひとりが抜けることに気をつかいます。
カナダをはじめ欧米では個人の責任と権利を重んじ、日本は集団を重んじる。
その違いが、休むときの心持ちにそのまま表れているのだと思います。
どちらが正しいとは言えないでしょう。
ただ、休むと申し訳ないという感覚は、世界共通のものではありません。
別の考え方もあると知っておくといいと思います。
私自身、どちらかというと休むのはあまり好きではありません。
ただ、カナダで長く暮らすうちに、休むのも重要なことだと考えるようになりました。
休む=なまける、という思い込みを手放す
とはいえ、頭ではわかっても、気持ちはそう簡単には変わりません。
考え方のクセは、すぐには消えませんが、徐々に置き換えていけます。
まず、休むことを、次に動くための準備だと考え直してみてください。
私たちは、休む時間を、何も生み出さない無駄な時間のように思いがちです。
けれども、しっかり休んだ翌日は、頭が軽くなって仕事も家事も気持ちよく進みます。
反対に、休まずに走り続けると、どこかでぱったり動けなくなり、かえって遠回りになります。
たとえば、午後に15分だけ目を閉じて、何も考えない時間を作ってみるのはどうでしょう?
そのあとの時間が充実すると思います。
もうひとつおすすめなのは、罪悪感がわいたときの、自分への声のかけ方を変えることです。
後ろめたさを感じたら、これは育った環境や周りの空気から来た思い込みだ、と心のなかで言ってみてください。
自分がなまけ者だからわいてくる気持ちではありません。
こう考えるだけで、重たい罪悪感にさいなまれにくくなります。
それでも気になるなら、自分が一日休んだくらいで、周りは思うほど困らない、と考えてみてください。
たいていのことは、あなたがいなくても、ふつうに回っていきます。
休むことも予定のうち、と先に決めてしまう
次に休む練習をしてみましょう。
まず、休む時間をスケジュールに入れてください。
多くの人は、やるべきことを全部片づけて、余った時間で休もうとします。
ところが、やるべきことは次々と出てくるので、時間が余るときなどいつまでたっても来ません。
だから休めないのです。
そうではなく、休む時間を先に決めてしまいます。
水曜の午後は完全にオフ、日曜日は仕事に関することはいっさいしない。こんなふうに、休みという予定を手帳やTodoリストに書き込みます。
何もしない時間も、立派なひとつの予定として扱うのです。
私自身、これまで長年、毎日のように仕事をしていました。1年365日、仕事に関係する作業をやっていたのです。
今思えば、休むことへの罪悪感から、毎日働くのがクセになっていたのかもしれません。
これをやめられたのは、毎晩、一日を振り返ることを始めたおかげです。
振り返っているうちに、働きづめの生き方を変えたい、と思うようになりました。
そこで今年から、少しずつ仕事を減らすセミリタイアの働き方を目指しています。
今は、土曜日は4時間だけ働き、日曜日は完全に休むと決めています。
先に休みを枠として確保してしまうと、その時間は迷わず休めます。
実は、最初のうちは日曜日に何もしないでいると手持ち無沙汰でした。仕事をしているほうが断然落ち着くと感じたものです。
そのうち、だんだん慣れてきて、今はのんびり日曜日を過ごせています。
何もしないと決めた日に、罪滅ぼしのように家事を始めてしまう人がいます。
それでは、せっかくの休みが、また用事で埋まってしまいます。
ここでいう何もしないとは、ぼんやりする、昼寝をする、好きな本を開く、近所を散歩する、といった、成果を求めない時間のことです。
休んでみようと思っても、最初は手持ちぶさたで、そわそわするかもしれません。
いきなり丸一日は不安だという人は、日曜日の午後だけ何も予定を入れない、というところから始めてください。
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休むのに、特別な理由はいりません。
疲れたから、というだけで十分です。
私も、放っておくとつい毎日働いてしまうたちです。
だからこそ、休みを先取りするやり方が効きました。
後ろめたさは休む練習を重ねるうちに、自然と薄れていきます。
休むべきときにしっかり休むと、働く日や活動する日がもっと充実します。
周囲に気兼ねなく休める人になって、働く日も休みの日も楽しく過ごしてください。














































