シニア目前、主婦でミニマリストなブロガー筆子が、断捨離と節約をして「老い支度」に励む日々をつづっています。

「値段が高かったから」といって捨てないとガラクタは増える一方~断捨離マインドを鍛える



「これ高かったからもったいなくて捨てられない」、そんなときに捨てる決心がつく1つの考え方をお伝えします。

シンプルライフを目指して、断捨離に励んでいると、捨てやすいもの、捨てにくいものがでてきます。

「捨てにくかったら、何も無理して捨てなくても」と思うかもしれませんね。しかし、ちょっと無理して捨てないと、いつまでたっても生活がシンプルにならないのは、断捨離をやってみたことがある人ならわかっていただけると思います。

私にとって捨てるのが簡単なのは、洋服、難しいのが本です。教材なんかも捨てにくいです。「あとでやるから」なんて思ってしまうんですよね。

そんな理由で、今だに捨てられない語学の本を数冊持っています。

人によっては、高価な物が捨てられないかもしれません。新婚旅行で200ドルで買ったコーチのバッグ、楽天で25000円で買った超音波の美顔器、京都の呉服屋で20万で買った辻が花の着物、友だちに誘われて40万で買った補正下着。

「どれも全然使ってないけど、すごく高かったからもったいなくて捨てられない」。

そういうもの、誰でも1つや2つあると思います。筆子も大昔、リンガフォンではなかったけれど、似たような英会話の教材を買ったことがあります。それもなぜかイギリス英語。値段忘れましたけど高かったです。セールスのお姉さんに、夕食をごちそうしてもらったことは覚えています。

カセットテープでしたが、最初の1本は聞いたけど、あとは手つかず。長い間捨てずに持っていましたが、結局捨てました。

こうした高価なものを捨てるときは、「物の価値」について考えてみると、手放しやすいと思います。「値段が高かったから」、というのは手元に残す理由にはなりません。というのも、その物の価値は、買った時の値段では決まらないからです。

あたりまえのことですが、なぜか人はこの点を混同してしまいます。

高いバッグ

自分にとってその物の価値は物の値段とは関係ない

物にはたいてい値段がついています。定価と呼ばれるものです。

この価格は原則として市場の需要と供給のバランスで決まります。売り手は値段が安いときは売りたくなく、高いときに売りたい、買うほうは、値段が高いときは買いたくなく、安いときに買いたい。この相反する気持ちもった両者が、この値段なら売ってもいい、この値段なら買ってもいいと意見が一致したところが市場の価格です。

政府が介入して価格を決める部分も多々あるので、実際にはこんなに単純には行きません。

この4月に入ってから、バター、ヨーグルト、乳製品などが値上がりしました。

おもな理由は牧畜の飼料の値段が円高のためにあがったからです。同じものが去年の4月には安かったのに、今年は高くなったわけです。物は変わっていませんが、値段が変わっています。

オークションや、骨董品売買のように交渉して買うときも、そのベースには市場価格が存在します。

要するに、それを買ったときの値段は市場が決めているのであり、自分が決めたわけではありません。

需要を決める1人として参加はしていますが。

それが高かったのは、自分を含めてほかにほしい人がいっぱいいたのに、量がそんなになかったから、といった理由です。

同じものでも、市場が変われば値段も変わります。

つまり物の値段はその物の価値とは結びつかないのです。その物に価値があるかどうかは、自分が決めることです。


物の価値とは?

物には2つの価値があります。
1.その物を使うことによって生じる価値

2.その物を持っているだけで生じる価値

それぞれご説明しますね。

1.その物を使うことによって生じる価値

たとえば、ベンツ(車)を1台買ったとします。
買い物に行ったり、子どものお迎えに行くのにその車を使えば、それがその車を使うことによって生まれる価値です。

あなたはこの価値を得るためにお金を払ったのです。

しかしベンツには、持っているだけで(使わずに)生まれる価値もたくさんあります。

2.その物を持っているだけで生じる価値

ベンツを持っていることで得られる価値とは、その人の満足感とか、うれしい気持ちです。

ベンツは高級車ですから、家の前に駐車していると、みんなに「すごい」とか「うらやましい」という目で見られます。自尊心がくすぐられます。いわゆるステータスシンボルになるのです。

ずっと昔からベンツを買うのを目標に仕事をしてきたのなら、ようやく買えて達成感を感じることでしょう。もしかしたら「人生に成功した」「私は勝ち組だ」なんて思うかもしれません。

ベンツを買うことであなたの生活に大きな意味が生まれたのです。これは錯覚かもしれませんが、あなたがそう考えるのなら確かにその価値を買ったことになります。

物によって使って得た価値、持っているだけで得る価値のバランスはさまざまです。そのバランスは消費する人によっても変わります。

実用的なものなのに、持っていることで得られる価値ばかり感じて使ってこそ得られる価値を追求しない時もあります。つまり使ってこそ生きる物なのに、使わずに買って満足している場合です。

40万の補正下着の価値は?

40万もしたから捨てるのはもったいないと思うかもしれません。ですが、捨てないのなら、どうするつもりなのでしょうか? 「もったいない」なら、今すぐ着替えて使ってみましょう。

補正下着のようなからだをしめつける物は個人的にはおすすめしませんけど。

着てみたけど、やはり苦しくて、もう2度と着たくない。すぐに脱ぎ捨てるあなた。

着る気がないなら、その補正下着を「所有する価値」のみを持っていることになります。

「ときめく」とか「見ていて幸せに気分になる」とか「好きである」という言葉で表される感情は、「所有する価値」です。

補正下着を見ていても、ときめくどころか、無理やり買わされたいやな思い出しか浮かばない…。

そういう場合は、「所有する価値」も見い出せていないので、その下着はあなたにとって「何の価値もない」ということになります。

その品物の元値など関係ありません。
それは人が決めた値段です。

もう断捨離するしかありません。
何の価値もない物を家に置いておくのは、それこそ「もったいない」のです。


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