ちょっと寂しかったけど、車を手放してよかった。

マイカー ミニマルな日常

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最近手放した物について教えてくれた読者4人のメールを紹介します。

処分した物:

・車

・実家と車

・領収書

・着物

以上です。

では、まずJさんのお便りから。

車を売却して感じたこと

件名:近況報告

筆子さんこんにちは。Jです。

これまで何度かいただいたアドバイスをもとに、日々シンプルライフを心がけて過ごしております。

これまで辛さや寂しさを感じることなく多くのものを手放してこれましたが、先日、手放す寂しさを初めて感じたものがありました。

それは車です。

父から譲り受けたもので、10年以上走り続けた車でした。

古いので様々なお金がかかるうえ、夫の車1台でも事足りることがわかったため、売却することを決意しました。

売却するにあたり、軽く中を掃除したり、買取店で車の下回りやボンネットの中の状態を詳しく見せていただいたりしたのですが、思った以上にガタがきており、車を持つことの大変さを痛感しました。

車に関心がなかったこともあり、メンテナンスを怠っていたことも反省しました。

その時に「ボロボロのまま手放すのはなんだか悲しいなぁ」と思ったのです。

しかし、車を手放すことにより得られるメリット(歩く機会が増えて健康につながる、お金がかかることによるストレスがなくなるなど)が大きいし、

転勤族なので常に身軽でいたいという気持ちの方が強かったので、なんとか無事に手放すことができました。

重くて大きい金属の塊が去っていくのを見た時は凄くスッキリしました。わずかではありますがお金も手に入れることができました。

車の売却は初めての経験でしたが、とても良い経験になりました。

そして、今ある夫の車を大切にしていきたいという気持ちが生まれました。

今の時代はカーシェアやレンタカーなどで車を所持しなくても乗れるので、いざという時にはそういったものをうまく利用していこうと思います。

それではお体に気をつけてお過ごしください。

返信は不要です。

Jさん、こんにちは。メールありがとうございます。

同じように大きくて重たい物(ピアノとか)に比べて、車を手放すのはハードルが高いでしょうね。

愛車という言葉があるように、車を持っている人の中には、自分の車にかなり強い愛着を持つ人がいます。

それはただの物や機械ではなく、まるで子どもやペットのように、苦楽を共にした相棒なのです。

さらに、車は、どこにでも、行きたいところに自分を運んでくれる自由とパワー、自立の象徴だし、社会的なステイタスを示すものでもあります。

だから、「車を手放すのが寂しい」という気持ちになる人は、Jさんだけではないでしょう。

しかし、一方で、車は維持費が高いし、地球温暖化を進めるし、メンテナンスの手間があります。

それに、車に乗っている人は、よほど意識していないと運動不足になるので、中高年になってから生活習慣病にかかりやすくなる、と私は思います。

私は車に乗りませんが、娘に中古車を買い与えたあと、遠方の歯医者に行くとき、何度か乗せてもらい、「これは、絶対運動不足になる」と確信しました。

人間は、楽なほうに流れますから。

今回、Jさんが、車を手放すことで、自分のライフスタイルを検証できたのは本当によかったです。

これからも、お元気でシンプルライフを楽しんでください。

車は持たない話⇒車を持たない生活、その5つのメリットとは?

実家と車を手放しました

次はYさんのお便りです。

件名:ずっと心に引っ掛かっていたものを手離しました。(ご報告)

こんにちは。

以前、築19年の母の実家を手離すことを決め、筆子さんにメールさせていただいた者です。

本日、買い主さんと契約を交わし、無事に母の実家を「嫁入り」させることができました。素敵なお宅で嬉しいと言っていただきました。

片付けが大変でしたが、筆子さんに応援していただいて、やる気満々で頑張ることができました。ありがとうございました。

先日、父が亡くなって1年以上過ぎたので、父が乗っていた車を手離そうと思い、私がお世話になっている車屋さんに見てもらったところ、

珍しい車(日本製の軽自動車です。)だったらしく、ご自分がほしいとおっしゃっていただき、車も今月中に「嫁入り」することになりました。

全て、筆子さんが私の背中を押してくださったおかげです。

本当にありがとうございました。

また「嫁入り」するものが出てきましたら、メールさせていただきたいと思います。長々と失礼いたしました。

Yさん、こんにちは。メールありがとうございます。

無事に実家と車を手放せてよかったです。

前回のYさんのメールはこちらで紹介⇒ようやく片付けの楽しさに気づいた私。

家も車も、ほしいと言ってくださる方に出会うことができてラッキーですね。

実家の掃除に出向いていたときのことを思うと、かなり気分が軽くなったのではないでしょうか?

お父さんが亡くなっておさびしいでしょうが、これからも、物にしばられない生活をめざしてください。

家を持たない話⇒家を持たない暮しがあってもいい、筆子が持ち家に住まず賃貸生活を続ける理由とは?

どうぞ、お元気です。

次は、なごみのひよこさんのメールです。

古い領収書を捨てた

件名:はじめてメールします

前々から気になっていたのですが、

この頃やっと筆子さんのブログを参考にプチ断捨離始めています。

私は人生で色々挫折が多くて、それでも前向きに生きるために考え方はかなりミニマル化しているようですが、物が多い! 

やっと一つ一つ片を付け始めました。

何か購入するのと同じ爽快感があります。

几帳面な私は、30年分の領収書を綺麗に保存していたのですが、せめて7年分残して処分! 心が軽くなりました!

コロナで家にいる時間が長いので、時間を有効に使います。

筆子さんもお元気でお過ごし下さい。

ひよこさん、はじめまして。メールありがとうございます。

少しずつ断捨離を始められたとのこと、よかったです。

ところで、領収書って自分宛ての領収書ですか?

たとえば、ようかんを買ったとき、店で書いてもらうような?

そういうものをためてしまう人は、ペーパーレスをめざしたほうがいいかもしれません。最初からもらわなければ、ためこみようがないからです。

私が利用しているドラッグストアや本屋では、レシートはメールで送ってくれるし、オーガニックフードのスーパーのレジでは、必ず、「レシートいりますか?」と聞かれます。

いらない物はもらわないことをモットーにすると、あとの手間が格段に省けるので、そちらも、試してください。

それでは、ひよこさんもお元気でお暮らしください。

もらわない話⇒モノをもらわないのも一苦労~不用品を「もらわない」ためのミニマリストの努力と工夫

最後はJackieさんのお便りです。

母が買ってくれた着物を捨てた

件名:やっと着物を処分

以前、砂糖断ちで

健康になった話を載せていただいた、Jackieです。

おかげさまで体重も体調も、いい状態をずっと維持できています。

物も気持ちも体も断捨離できたはずの私に、でも、まだありました、捨てるものが!

それは、母が揃えてくれた着物です。

着物を捨てる話はよく目にしてはいたのですが、自分ごととして読んでいませんでした。

着物をとっておかなくてはいけない、という考えが自分の「思い込み」であることにすら、気づいていませんでした。

ところが、先日、母が亡くなりました。

そうしたら、不思議なことに、「自分に、これらの着物は、いらないのではないか?」と、急に(やっと!)気づいたのです。

母は、3人の娘全員に、「どこに嫁に行っても恥ずかしくないように」と、紬から色留まで、高価な着物一式を揃えてくれました。

きまじめで、一生懸命な、いい母でした。

でも、昔の写真を減らそうとアルバムを見直していたら、ほとんどの着物が自分には似合っていないこと、母だったら似合いそうな色や柄であることに気づきました。

母は、自分が着たかったものを、代わりに娘に買ったのだな、とわかりました。

実際、私も、自分には似合わないので、1回着てはみたけれどあとは袖を通さないものばかりでした。

だったら、この着物たちは、母が買った時点で、「着たかったものを買った」という役割を、もう終えているのでは?と思うようになり、買取業者に連絡を取りました。

昭和の後半によくあった、お金のない家だったことを思うと、何十万もする着物を無理してたくさん買うくらいなら、子どもだった自分に、少しでもかわいい服を買って着せてくれたらよかったのに、と思いますが、母もまた、当時の時代の価値観の犠牲だったのでしょう。

母がいなくなったことで、責任感や義務感を感じる相手がいなくなった、ということなのか、自分でもわかりませんが、たぶんずっと、心の奥に重くひっかかっていたものが、浮上してきたのでしょう。

いまは、「義理」を手放せることで、とても気分が軽くなりました。母を失った悲しみは大きいのですが、自分の前に、また別の道が見えてきた気もします。

ものごとを別の面から見ることを、いつも練習させてくださる、筆子さんのおかげ、と感じます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

Jackieさん、こんにちは。メールありがとうございます。

着物を手放すことができてよかったです。

Jackieさんは、3人姉妹の1人なのですね。

親の心子知らずで、子の心親知らずなので、どちらが悪いわけでもなく、どちらかというと、お互いのためによかれと思ってやったことが、ガラクタを増やす、ということはあります。

いまの社会では、「自分の気持ちを物で表す」ことが一般的だから、そういうことが起きるのでしょう。

たとえ、お金はかかっても、物を買って相手にあてがうことは、手っ取り早いし、自分の買い物欲も満たせます。

子どもは「親に悪い」と思って、いらなくても捨てられないので、親子だからこそ、物のやりとりは慎重にしたほうがいい、と最近の私は考えています。

そうしないと、老後、自分がダウンサイジングに苦しむことになるし、下手をすると、自分の子どもに負の遺産を渡すことになりますから。

Jackieさんは、着物が最後のネックだったようですから、今後はスッキリ暮らせますね。

これからも、お元気でお過ごしください。

着物を捨てる話⇒親が買ってくれた着物を断捨離する方法。捨てることで幸せになる方を選ぶ

****

いつもたくさんのお便り、ありがとうございます。

大きな物、小さな物、あなたも、何か捨てた体験がありましたら、お気軽にお寄せください。

もちろん、それ以外のお話でもけっこうです。お待ちしています。

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カナダ在住の60代。ミニマリストです。

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