思いやりの心が、こじれた人間関係を救う(TED)

TEDの動画

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人間関係に悩んでいる人の参考になるTEDの動画を紹介します。

タイトルは、How compassion could save your strained relationships(いかに思いやりがこじれた人間関係を救うか?)

女優のBetty Hart(ベティ・ハート)さんのプレゼンです。

邦題は、思いやりの心がこじれた人間関係を救う

思いやり:TEDの説明

When personal relationships and ideological differences collide, the result can lead to strained relations — or even years of silence and distance. Actor Betty Hart offers an alternative to cold shoulders and haughty hellos: compassion, and a chance for growth and change instead of losing important time with loved ones.

個人的な関係と、イデオロギーの違いがぶつかると、関係がこじれることがあります。何年も距離を取り、口をきかなくなることもあるでしょう。

女優のベティ・ハートは冷たくしたり、尊大な態度を取るのではなく、思いやりをもつこと成長や変化するチャンスに賭けることを提案します。愛する人々との貴重な時間を失うのではなく。

収録は2020年の11月。動画の長さは11分。日本語字幕もあります。動画のあとに抄訳を書きます。

☆トランスクリプトはこちら⇒Betty Hart: How compassion could save your strained relationships | TED Talk

☆TEDの説明はこちら⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に

キャンセル・カルチャーという言葉が出てきますが、おもにSNS上で、特定の人物を追放することです。

10年間、父と口をきかなかった

私は父親っ子でした。父は、私に「きれいだよ」と言ってくれた最初の人です。

父は何度も、私を愛していると言ってくれました。父はこの世界で私が好きな人々の1人でした。

だから、私たちの間に、大きな思想の違いがあるとわかったとき、私は、とても戸惑い、結局、10年間、父と口をきかなかったのです。

私は父をキャンセルしました。まだ、キャンセル・カルチャーという言葉がなかったときのことです。

キャンセルカルチャーとは?

キャンセルカルチャーという言葉は、ここ数年話題になっていますが、この文化は、ずっと前からありました。

誰かの発言や行動に同意できないとき、自分たちの世界には属さない人だと排斥してしまうことです。

これは、公の場での話ですが、今日、私が話すのは、もっと個人的な関係でのキャンセルです。

仲間や、自分が愛している人、自分を愛してくれる人、お互いに有益な関係の人でも、思想が違うと、相手をキャンセルし、自分の人生の外に追いやってしまいます。

こうしたキャンセルカルチャーは、変わるべきだと思います。代わりに思いやり(compassion コンパッション)のカルチャーを持つべきです。

この話をする前に、キャンセルカルチャーに陥ってしまう2つの要因をお話しします。

キャンセルを生み出す要因

まず、自分が正しいと信じ切っていることです。

100%自分が正しくて、間違っている可能性は全くないと思うとき。

もう1つは自分がキャンセルしようと思っている相手に、変わる可能性がまったくないとき。

変化も成長もしないとき。

明らかに、この2つの考え方には問題があります。

人は、いつも正しいわけではありません。

私は、これまでの人生で、自分は正しいと思い込んでいたのに、実はしっかり間違っていた、という経験をしたことがあります。

私に起きたことは、皆さんにも起きるのではないでしょうか。

また、人は変わらないと決めつけることもできません。

私は、年月とともに、変わりました。

みんな、そうですよね?

私のコアの部分は、ずっと同じでも、大事な部分で、ずいぶん変わっています。

8歳の私は、18歳の私とは違うし、18歳の私は28歳の自分とは違います。

私は変わったのです。

私が変わったのだから、ほかの人も変わると考えていいと思います。

コンパッションとは?

誰かをキャンセルする代わりに、「コンパッション」というツールを使うべきではないでしょうか?

あるコンパッションの定義に魅了されました。

ふだん人々が言う定義ではありません。

コンパッションは、誰かとともに苦しむことです(to suffer with someone)。

想像してください。

おじいさんのある発言が原因で、「もうおじいさんを感謝祭のディナーに招くのはやめよう」とあなたは決めたとします。

このとき、キャンセルする代わりに、おじいさんと苦しみを分かち合うのはどうでしょうか?

お互いに対する愛情が、とても大きく、深く、強いので、一緒に苦しむほうを選ぶのです。

たとえ、それが、つらいことになりそうでも。

他の人が、誰かをキャンセルする権利を否定するつもりはありませんよ。

私が言いたいのは、キャンセルするのは最良の方法ではないかもしれない、ということです。

キャンセルする代わりに種をまく

感謝祭の例に戻ると、こんなとき、人は、おじいさんをキャンセルし、もうかかわらないようにするかもしれません。

すると、もう、おじいさんの意見に耳を傾けることもできないし、自分の意見をシェアすることもありません。

もし、私たちが、おじいさんと深いつながりをもち、彼を愛している唯一の存在だとしたら?

おじいさんを、皆さんの大切な人に置き換えて考えてください。

もし私たちが、種(たね)をまく存在だとしたら?

変化の種、影響の種、違いを生み出す種。

種をまいたからといって、それが育つとは限りません。

でも、自分が種を植えなければ、いったい誰が植えるというのでしょう?

誰かとともに苦しむという考え方は、興味深いです。

そうすることは、相手のすべてを尊重することで、考え方や信念体系といった、1つの側面だけを問題にすることではありません。

個々の部分より、その人全体のほうが大事だと考えるのです。

考え方が違っても仲良しだった2人

これを実践した2人がいます。

故ルース・ベイダー・ギンズバーグ判事(アメリカ連邦最高裁のリベラルな判事)と故アントニン・スカリア判事(同じく最高裁で、最も保守的だった判事)は、とても仲のよい友達同士でした。

しかし、信念においては正反対でした。

スカリアはこう言いました。「法律に対する解釈以外には、彼女を嫌う理由はない」。

スカリアは、ギンズバーグが間違っていると信じていたし、ギンズバーグはスカリアが間違っていると信じていました。

信念に関しては、お互い、譲らなかったのですが、それでも、毎週、一緒にお茶を飲み、家族ぐるみで、大晦日を祝い、一緒に家族旅行に行きました。

お互いをキャンセルせず、ともに苦しむほうを選んだのです。

考え方は全く違ったのに、お互いに対する愛情と尊敬の念は、育まれました。

相手に好奇心をもつ

お互いに好奇心があったのかもしれません。

自分と違う人に対して、好奇心を抱くと、付き合ううちに何か発見できるかもしれません。

これまでの経験が、私を作り上げているのだとしたら、他の人もそうですよね。

共感というツールを使って、歩み寄り、誰かの立場に立ってみたら、なぜ、相手がそんなふうに考えているのか、わかった。そんな経験はありませんか?

「そうだね、ベティ。それはいい考えだと思うけど、自分はどうなの? 父親との関係はどうなったの?」

こう聞きたい人もいるでしょう。

父に電話した

10年間、口をきかずにいたあと、ある日、私は、父に電話して、こう言いました。

「お父さんは、できることなら、時間を戻して、何かをやりなおしたいと思っているんじゃないの? 私は、そう思うよ。

でも、それはできないのだから、一からやり直すのはどう?」

「いいよ、おまえを愛しているからね。ずっと愛していたし、これからもそうだ」

この日、父に電話して本当によかったと思っています。

数年後に、父はアルツハイマー病になったのですから。

その数年後に父は亡くなったのですから。

ケンカする元になったことについては、決して意見が合うことはありませんでした。

でも、お互いに対する愛情は続きました。

口をきかなかった10年間も、その後の6年間も。

だから私は、皆さんに、キャンセルすることより、思いやりを持つことをおすすめしたいのです。

好奇心をもつほうがいいと言いたいのです。

深い愛情は違いを越える

深くて強い愛情は、違いを越えます。

なぜ、私たちは、互いに違うことをこんなに恐れるのでしょうか?

皆さんには、種を植える人になってほしいと思います。

変化の種、影響の種、多様性の種。

種を植えたからといって、何かが変わるとは約束できません。

でも、もし、何かが生まれたら?

今の私は、これまで体験したり、ふれたりしたものの結果です。

私の心は時の経過につれて変わりました。私の中に種を植えてくれた人々のおかげで成長することができました。

種を植えてくれた人の中には、実際に会った人もいれば、そうでない人もいます。

キャンセルカルチャーではなく、コンパッションカルチャーを作れたらどんなにいいか?

愛する人と、ともに痛みを分かちあうのです。

なぜなら、その人を愛しているから。

種を受けるコミュニティーになれないでしょうか?

自分が種を植えなければ、植える人はいないのですから。

//// 抄訳ここまで ////

自分と違う人とうまくやるためのプレゼン

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違っていてもべつにいい

先週、皆と一緒に未来と立ち向かおう、というプレゼンを紹介しました。

恐れずに共に未来に立ち向かうには?(TED)

誰かと一緒に行動するとき、「自分と違う人」との付き合い方が鍵を握るので、今回は、違っている人との付き合い方に関するトークを選びました。

自分と見た目が違っていたり、違う意見を言う人を排斥するのは、やはり、違っていることが怖いからでしょうね。

ベティさんも言っていたように、なぜ、違っていることがこんなに怖いのでしょうか?

自分と違うと、攻撃されるかもしれないと、本能的に思うのかもしれませんね。

まあ、同じ人間なので、根っこのところは同じだと思います。

違っているという点では、同じとも言えます。

違っているところばかり探さず、同じ部分を見つけようとすると、いい関係を築けるのではないでしょうか?

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カナダ在住の60代。ミニマリストです。

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