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紹介しそびれていた読者のお便りをシェアします。
和服の処分に関して、今年のはじめにりんママさんからいただいたお便りです。
形見の着物を整理した
件名:着ない和服の行く末
いつも筆子様のブログ拝見しています。
70才を目前に自分で持てる範囲の物で暮らさなければと生活を見直しています。
この正月に懸案だった私の和服の行く末が決まりました。
私の姑は和裁が達者な人で、婚約時代に紬の着物を縫ってプレゼントしてくれたり、孫が生まれた時は私の半てんと綿入れのおくるみをおそろいの布で縫ってくれました。
夜中の授乳の時に寒いだろうからとの心遣いですが、汚してしまったら簡単に洗えず、不潔になったら困るので、ほとんど使わずに冬が終わってしまいました。
姑からもらった物の話題がでたときにこの話をすると、ベテランの助産師さんが即座に「お姑さんが死ぬまで絶対に取っておかなければダメ。」といわれて、使わないけれど取っておき、その後で捨てました。
無駄に悩まず済んだので良いアドバイスをしてもらったと感謝しています。
姑の形見の着物
姑の三回忌で帰省した時に義姉から、「形見の着物を分けるからどれが良いか当ててみて」といわれました。
義姉も遺品の整理にとりかかるのに時間がかかったけれど、ようやく片付け始めて、縁者の方たちと「この着物にどの帯と帯留めを合わせるか」などとやっていました。
私も娘もいる前で2-3点合わせてもらい、後日一揃いの着物をいただきました。
自分の人生で和服は入らないと決めていたので、こんな形でまた着物をいただく事になるとは予定外の出来事で、その和服は畳紙につつまれたまま保管しておきました。
母の着物
次に実家の母が亡くなり、実家におきっぱなしの姑の縫った紬の着物が戻って来ました。
結婚後すぐに妊娠し太り続けたのでサイズが合わなくなってしまい、1回も着ていないのですが、母は「これは預かった着物だから、処分しないで(私に)返すように」と毎年の手入れの都度いっていたそうです。
私は物を少なくシンプルに暮らしているつもりでしたが、この和服に関しては、姑にも義姉にも実家の母にも手間ひまかけてもらっていました。
つぐないの気持ち
姑から見たら、私は決して良い嫁ではなかったと思います。
自分の生き方を曲げず、勝手な事ばかりして周囲から浮いた存在でした。
姑を困らせていたと思います。
後悔と申し訳なさで、この着物は捨てずに、生かして娘に引き継ぎたいとまで考えてしまいました。
お正月を前に和室をきれいに掃除したのを機に、畳んであった着物や帯を全部広げて見ました。
娘にも見てもらい2人して体にあて、鏡に写して、感想や思い出を話ました。
思い出としては大事なものですが、客観的にはリフォームや仕立て直しの余地はない「ガラクタ」で、これを生かして次の代に引き継ごうというのはただの妄想と野望だと気がつきました。
娘も引き継ぐ気持ちはないと分かりました。私が取っておくのは姑への償いの気持ちです。
そこにあると思うと姑を大事にしているような気持ちになって楽になるからです。
娘に「私は取っておくけれど、私が死んだら捨ててね。」といったら、もうそんなことを言う年になったのね、と笑われました。
筆子の返信
こんにちは。筆子です。お便り、ありがとうございます。
いつもブログをごらんいただき感謝いたします。
お正月に着物の整理ができてよかったです。
ずっと着ないで取っておいたお姑さんが縫った和服、結局は取っておくことにしたんでしょうか? メールの最後に、「私は取っておく」とあるからそう判断しました。
記念品(思い出の品)として取っておくのはいいと思いますが、義理で物は持たないほうがいいと思います。
着物を持つことがお姑さんへの償い、というのも、結局は自己満足ですよね。
まあ、その着物は、「自分の気持ちを落ち着かせるためのもの」という用途があるから、100%、ガラクタとは言えないかもしれませんが。
お姑さんは、この世にいないので、今さら何をしてもお姑さんのプラスにはなりませんよね。
「申し訳ない」、「償いたい」と思っても、もうできないわけです。償いの気持ちで何かを持つと、ネガティブな気分になってしまいます。
お姑さんの気持ちを思えば、りんママさんが毎日楽しく暮らすことがベストではないでしょうか?
お姑さんとの楽しい思い出を思い起こさせてくれるものを手元に置いたほうがいいのでは?
今年は、楽しい1年になることを祈っています。
—-こうメールで返信したら、りんママさんからお返事をいただきました。
思い出になるもの:再びりんママさんから
きちんとお返事いただけて、うれしくて、次のお手紙書いてしまいます。
実際に筆子さんのおっしゃる通りで、和服はまたきちんと畳んで押入の中に残っています。
あっても余り気になりません。
今までは、「着物をもらうというのは特別な価値のあることだから、着物をこのまま死蔵せず次の代に生かさなければ嫁として申し訳ない」という思い込みがありました。
お正月に着物を出して並べて、色柄も寸法もあってないことを娘と確認し「姑や義姉から受け取った物はあなたに受け継がせるだけの価値のないものだ。」と宣言できてすっきりしました。
ついでに「受け継ぐような宝石もないからね」と伝えたところ、「普通の家で次に引き継いでいってその人のことを思い出すような価値のある物ってあるかしら?」と考えはじめて、
「私がお母さんからもらって思い出す物は本だと思う。」という意外な答えが返って来ました。
娘が小さいときから本だけはふんだんに買い与えていました。大きくなってからは私の本棚から自由に本を探して読んでいたし、自分が読んで良かった本をお互いに紹介して一緒に読んでいました。
物としての本だけではなく、読書という体験を共有し、娘が受け継いでくれているのは本当にうれしかったです。
りんママさん、こんにちは。お便りありがとうございます。
ああ、なるほど。りんママさんは、着物をもらったら、必ず次の代に継承しなければいけない、それが嫁の役割だと思っていたのですね。
ガラクタは負の遺産だから、継承しないほうがいいので、りんママさんの代で止めることができてよかったです。
償いのつもりで持っているお姑さんの和服は、あってもあまり気にならないとのことですが、私ならやはり処分しますよ。
何も残さないように努力しても、人はいろいろな物を残して死なざるを得ないから、自己満足のためだけに持つものや、あってもなくてもいいようなものは、処分して「立つ鳥跡を濁さず」状態でいたいと私は思います。
娘さんが、りんママさんと一緒に本を読んだことを覚えているように、物はなくても、人は親しかった人のことは忘れませんから。
それでは、りんママさん、これからもお元気でお過ごしください。
着物など親の遺品の処分の参考になる過去記事
親が買ってくれた着物を断捨離する方法。捨てることで幸せになる方を選ぶ
親の遺品を片付けなければ…と思うばかりで、全く作業が進まない。どうしたらいい?
私の実家再生ストーリー。ガラクタを片付けたあと、親の残したものをディスプレイ。
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着物の整理に関する読者のお便りを紹介しました。
着物は、洋服に比べると処分しにくいかもしれません。
着物は、日本の伝統的な衣服であり、文化をになっていますから。
だからこそ、不用意に手に入れすぎたり、そのままずるずる持ち続けたり(つまり、あとに残す)しないほうがいいと思います。
私の母も、着物をたくさん持っています。母がなくなったら、弟夫婦か姪が片付けると思うけど、一仕事になりそうです。