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いらないモノをたくさん持っていた私がミニマリストになるプロセスをつづった「ミニマリストへの道」シリーズのまとめ、第4弾です。
第4弾は、2014年の引越し前にどんなものを捨てたのか、画像つきで紹介している記事中心です。
「ミニマリストへの道」#61から#80までの目次
娘が幼稚園に入ったときにデジタルカメラを買い、その後5年間は娘の写真をせっせと撮影していました。
そうしてためこんだデジタルデータをの整理について書いています。整理していたというより、ただ溜め込んでいただけです。
本をためこみがちだった私がどんなふうに捨ててきたか書いています。本の断捨離は未だに続けています。
最近は電子書籍がたまりがちなので、本箱チャレンジを始めました⇒本や雑誌を捨てられないあなたに、本箱チャレンジのススメ
2014年の春から夏にかけて捨てた服を写真つきで紹介。それでもちょっと余計な服を引越し先に持ってきてしまいました。
後にこの余計な服を捨てて、衣類の断捨離は2014年に完了。
今は手持ちの服が傷んだときに買い替えるだけですんでいます。
引越し前にバッグを捨てました。
私が持っていたバッグはブランドものとか、会社に持っていくようななバッグではありません。
雑貨屋の福袋に入っていたバッグや、おまけでもらった袋物です。
考えてみれば、私は通勤しないし、荷物をあちこち運搬する仕事についているわけでもありません。現在は、旅行など特別のときをのぞけば、ショルダーバッグ1つで足りています。
荷物が多いときは、バックパックを背負っています。それで充分です。
私のバッグの写真はこちら⇒バッグだけ見てると30代ミニマリスト?レディースではなく男女兼用タイプが好みです
食器も引越し前にかなり捨てました。
シンプルライフを目指していたわりには、思ったよりたくさん食器を持っていました。なぜ、そんなに食器を持っていたのか、その理由を自分なりに考察しています。
この記事では、手芸なんてやらない私がためこんでいた手芸の材料とか、45年以上持っていて、ようやく捨てた色紙を紹介しています。
モノはいったん手に入れると、使うか捨てない限りずっと家の中にあるんだ、ということが、よくわかりました。
こんまり先生の本では「小物」にカテゴライズされる雑貨を捨てた話です。雑貨もたくさん持っていました。
こういう細々としたものを買うお金をすべて貯金しておけば、身の回りはスッキリし、貯金の残高は何倍も多かったのに、と思うことがあります。
お金持ちは所有物が少なく、貧乏人ほど余計な物を持っている、と言われますが、私の場合はまったくその通りでした。
本当にどうでもいい物で棚や引き出しの中が埋め尽くされていたのです。
ほんの10年ぐらい前は、家の中にカレンダーが5つぐらいかかっていたものです。
時計と名のつくものも5つぐらいあり、家電についている時計もあるため、デイライト・セービング・タイム(夏時間)で時間が変わるたび、ため息をつきながら時計の針を進めたり、戻したりしていました。
ためこんでいた娘の図画工作を捨てた話。こういうのは1年ごとに整理したほうがいいです。何年もためると整理が大変です。
まあ、まとめて捨ててしまえばいいのですが、人の作品なのでそうもいきません。
マニュアル、便箋、メモ帳、グリーティングカード、その他よくわからない紙も大量に捨てました。
自分の捨てた記録を見ていると、どれだけ資源を無駄にしていたのか、恐ろしいほどです。
あまりにたくさん紙を捨てたので、その後はなるべく溜め込まないようにしています。さすがの私もあれだけ捨てれば少しは学ぶのです。
今も紙はそこそこありますが、どこにどんな紙があるのかわかっているので、必要な書類がすぐに取り出せるようになりました。
最近は、「裏紙チャレンジ」というのを1人でほそぼそとやっています。これは、昔印刷した資料の裏(白紙部分)をメモ帳にして使い切るチャレンジです。
フランス語の書き取りをやるとどんどん減ります。
日記帳や手帳をずっと取っておく人も多いと思います。ですが、私は捨てることにしました。
今持っている日記帳は、現役で使っている10年日記だけです⇒日記を書くことは心の断捨離に効果的。10年日記を使っています
スケジュール帳は、今使っている分と去年の分だけ残しています。
この記事で紹介している大物はそこまで大きくありません。小物をためこむ私にしては大きな物です。
自分で持ち運べないものは、もう所有したくないと考えています。
以前の私は、必要な物はみんな持っているのに、「これがあるともっと便利になりそう」とか「これがあると、もっと楽しい生活になりそう」と考え、どうでもいい物をたくさん買っていました。
そのような考えはすべて買い物の言い訳でした。
言い訳して買ったものは、買ったその日とあと数日使うだけで、すぐに使わなくなっていました。
べつに便利にもならなかったし、楽しい生活にもならなかったのです。
それどころか、あとでまとめて断捨離するのに、たいそう苦労しました。
捨てるのにずいぶん時間や体力を使いました。心のエネルギーも相当使いました。「いらないから捨てよう」と決心するまでに、迷ったり、悩んだりして、かなりの気力、メンタルエナジーを消費していたのです。
その時は気づいていませんでしたが、こうしたメンタルエナジーも無限ではないのです。
もっとましなことにエネルギーを使うべきでした。
まだ数枚、語学の参考書についていたCDを持っていますが、音楽CDは全捨てしました。今は定額制の音楽配信サービスを使っています。
こうしたサービスは聴き放題ですが、私はBGMが流れていると仕事ができないので、1人でいるときはまず聞きません。
ジョギングやミニトランポリンをしているときや、騒音(夫のいびきとか)をマスキングする必要のあるときに利用しています。
引越し前にほとんどの物の荷造りをすませ、最低限の食器で暮らしてみたら、べつにそれで全然大丈夫だった、という話を書いています。
この「最低限のもので暮らしてみる実験」はときどきやってみるといいかもしれません。
人生で本当に必要なものって「物」ではないですからね。
引越し前に服を断捨離しました。が、諸般の事情から、捨て方が甘かったのです。そのあたりのことを書いています。
失敗から学び、今は服は増えていません。今後は減ることはあっても、増えることはないでしょう。
物を捨てるのが好きだという人気俳優、堺雅人さんの片付け術のポイントを紹介。
彼の捨て方のポイントは2つあります。
1.たいていの物はすぐに捨てる
2.入れる場所を決めておき、そこがいっぱいになったら捨てる
すぐに捨てる、コンスタントに捨てる、というのが鍵です。
結局、すぐに捨てないから物はたまっていくのですから。私も、用が終わった物はすぐに捨てています。家の中に入れないことにもこだわっています。
また雑貨を捨てた話です。いったいどれだけ持っていたのでしょうか?
捨てることができて本当によかったです。今もこんなにたくさん物を持っていたら、この気持ちの軽さを感じることはできなかったでしょう。
私の持っていたものは、「なくても大丈夫なもの」ばかりでした。
大枚はたいて買った柳宗理の小鍋は、なんとか活用しなければもったいない、と使いにくいのを無理に使っていました。貧乏性の私はこういう発想をしがちだったのです。
今はこういう思考はできるだけ持たないようにしています。
本当に自分の暮らしに必要なものは、無理やり使う必要はないのですから。
雑誌やネットで何かが紹介されているとき、「あると便利ですよ」という言葉がよく使われます。もし「持たない暮らし」を目指すなら、この言葉を聞いたら、「ということは、それはいらない物なんだ」という発想をしたほうがいいです。
日本にいる大半の人は、すでに、便利な物をたくさん持っています。
これ以上いらないです。
「便利」に「便利」をかけ合わせると「かえって不便」な状況になるのはよくあること。
1つ1つのアイテムの便利さを考えるのではなく、その物を生活に導入したとき、全体の一部として、その物がどんなふうに自分の生活に貢献するか考えたほうがいいです。
人が断捨離しているとき、「また使える物を捨てるなんてもったいない」と言う人はたくさんいます。
ですが、どんなに使える物でも、使っていなかったら、持っている意味はないのです。
こう答えると、「思わぬ事態になったとき、これがあってよかったと、きっと思うよ」と言う人もいます。
そう言われたら、そんな物がもともとなくても大丈夫な生活技術を磨き、困難なことに出会っても切り抜けられるメンタルパワーを身につけるほうが、長い目でみるとずっとよい、と答えてみてください。
「あると便利かもしれない物」について考えたり、管理したりすることに時間を使っていると、望ましい心のパワーは得られないのです。