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私が服の数をがーっと減らしたのは(自分基準です)、2年前です。今回は私が実際に捨てた服の写真を交え、どんな判断基準を使って捨てたのか紹介します。
2年前は服の数がリバウンド気味だった
2年前の今頃(2014年の6月)、手持ちの洋服の数を数えてみました。
それまでに、服はかなり断捨離していたつもりです。プロジェクト333もどきもやっていました。
プロジェクト333とは、3ヶ月33アイテムだけで過ごす、ミニマリストのファッションプロジェクトです⇒ミニマリストらしいファッションの選び方。プロジェクト333のすすめ。
それなのになぜかまだ67着もありびっくり。服の数はちょっとリバウンド気味でした。
まあ、数にはこだわっていないので、別に60着でも100着でもいいのです。問題は、自分がそれらの服をほとんど着ていない、ということです。
私は、毎日似たような服を着ていました。
着ない服をそんなに持っていても仕方ありません。この日からしばらく服を重点的に断捨離しました。
当時は、捨てマインドはあまり定まっていなかったと思います。自分で、これはこういう理由で捨てよう、これはこういう理由で取っておこう、とわりあいごちゃごちゃ考えていました。
今は、基本的に1年着なかったら捨てていますが、このルールにたどりつくまでに、いろいろ試行錯誤しました。
タンスを持っていなかったのは幸いだった
服の収納場所はメインフロアの寝室にあるクローゼットと棚を使い、季節外のものは、階下のクローゼットを使っていました。
階下のクローゼットは一時期かなりくしゃくしゃでしたが、この頃は、多少ましになっていたと思います。
くしゃくしゃのクローゼットの写真はこちらにあります⇒これで捨てたつもりになっていた(写真あり):ミニマリストへの道(50) 「捨てた気になっていたが、捨てていなかった」のところです。
クローゼットに入りきらないものは、クローゼットの横にある棚にたたんで重ねていました。
寝室のクローゼットは夫と折半して使っていました。当時住んでいた家は、2ベッドルームで、大きな寝室は、本やおもちゃ、服が多い娘にあてがっていました。
私たちは小さいほうの寝室を使っており、これが本当に小さい部屋でした。ベッドを入れると、ほかの家具を入れる余裕はなし。
カナダに着てから、タンスやチェストとは無縁でしたが、かえってこれがよかったと思います。物を入れる物があると、その分だけ物が増えます。
その理由⇒さっさと断捨離を終わらせるコツ:パーキンソンの法則から学ぶ
捨てる基準
この日はこんな服を捨てました。
●着古したもの
●以前はよく着たけれど最近は着ていないもの
●買ったけど一度も手を通していないもの(シンプルライフと言いながら、こんな服が本当にあったのです。それも1着ではありません)。
●天然繊維率の低いもの
●同じようなものが他にあるもの
●年寄りに似合いそうにないもの
この年の春に、肌にあたる服はなるべく天然繊維にしようと決めました。数は減らす代わりに、質には少しこだわることにしたのです。
天然繊維が好きな理由はこちら⇒私が天然繊維を選ぶ5つの理由~静電気が健康に及ぼす害はあなどれない
この頃は、こちらの記事の第4段階です⇒必ず知っておきたい洋服を減らすコツ~私はこんなふうに衣類を断捨離しました
写真で振り返るこの日断捨離した服
トップス
写真が白っぽいのは黒い服ばかりで何が何だかわからなかったので、バックライトをあてる補正を強くしたからです。
左下のしまの服はマルイの通販で買いました。90年代はじめに購入。「サマースーツの中に着るといい」とかカタログに書いてあった気がします。
手前のまんなかのグレーの長袖のトップスは、フェリシモの頒布会の1着。これも古くて、1990年代の初めか、80年代の終りに買ったもの。この服は、私のフェリシモ時代の終焉に入手。素材はすべてグレーの綿リブで、デザインが違うものが1着ずつ届く会に入っていました。
ほかにタンクトップなども持っていました。
私、本当にフェリシモでたくさん買っていたんです。
フェリシモの話⇒「持たない暮し」をめざす人が絶対買ってはいけない3つのものとは?~ミニマリストへの道(22) 2番をごらんください。
そのとなりは福袋に入っていた長袖Tシャツ。福袋も「持たない暮らし」をめざすなら、買わないほうがいいものの1つです。
右上のしまの服はイマージュ(通販)で購入しました。この服も1990年代に購入。半袖のトップスで、綿ではないので捨てました。
トップスの残りとボトムス
水玉のシャツは半袖で綿ですが、まったく着ないので捨てました。そのとなりのプリーツのパンツ(ショーツですがはくとスカートに見えます。ニコルの製品)、その上のカシュクールふうのトップスの3着は古くて、これまた80年代後半か90年代前半に買ったものです。ほとんど着ないから傷まないのです。
手前右のレースはワンピースです。冠婚葬祭用に買いましたが、これまた1度も着ませんでした。
その上のグリーンのノースリーブも一度も着ていません。これはパーカがついていて、若いデザインです。娘にあげようとしましたが、強く拒否されました。左上はセシールで買ったサマーニットのパーカです。化繊なので捨てました。
ここまで、ほとんど着ていない服ばかりなので、みな、コンディションはいいです。
ジャケット
薄紫のベストと、ピンクのジップのついたカーディガンはユニクロです。この2着を捨てたら、手持ちの服がすべてモノトーンとアースカラーになりました。
カレン・キングストンの「ガラクタ捨てれば自分が見える」という本には、断捨離をするときは、暗い色の服ではなく、明るい色の服を着ろ、と書いてあります。
その理由は忘れたのですが、たぶん明るい色の服を着たほうが風水的に物の手離れがよくなるのでしょう。
それで、断捨離をするときは、ピンクのベストをよく着ていましたので、これはわりと着用感があります。今は当然モノトーンの服を来て、物を捨てていますが、手離れの良さに変化はありません。
左上は合皮のベストです。あまりにもデザインが若いので捨てました。
ワンピースその他
左上はフリースのガウン。わりと着ました。これを捨ててから、ガウンやローブ、ハウスコートのようなものは使っていません。別に必要ないからです。
私はもともとガウンを着るタイプではありません。出産のために病院に行ったとき、産んだ翌日、電話に出ようと、よろめきながらネグリジェ姿で歩いていたら、看護婦さんに、「ガウン持ってこなかったんですか?」と咎められました。
「ふだん使わないのに、たった一晩入院するのに、わざわざ買えっていうんですか?お金ないのに」と心の中で言いました。
もしかしたら、こちらの人は、パジャマ姿で人前に出ては失礼である、という考えがあるのかもしれません。まあ失礼ですよね。でも病院の入院患者だからスーツより寝間着が自然です。
このガウンは福袋に入っていたから着ていたのです。福袋だから、ピンクという自分では絶対選ばない色です。
その隣は黒いワンピース(着用していません)、その隣は毛玉だらけのストールです。ストールは母に送ってもらったもので、よく使っていました。
白いのはTシャツ。写真ではわかりませんが、青汁を作るときに、薄緑のシミをたくさん作ったので捨てました。
青汁の話⇒グリーン・スムージーで健康に、丈夫で使いやすいミキサーで作っています
手前右はベロアの長袖トップスです。これも、1980年代の終わりか90年代の始めにかった古い服。あるとき、ベロアが流行って、なんでもかんでもベロアが使われていた時がありました。
そんなときに買った1着です。若いころは、気に入ってよく着ていましたが、カナダに来てからはほとんど着ませんでした。
環境が変わったからでしょうね。
私の体験ですが、自分の服の好みは変わらなくても、そのときの環境によって、袖を通したいと思う服はずいぶん変わります。私は、名古屋でOLをしていたのが、カナダで専業主婦となったので、特にその変化が大きかったのでしょう。
それなのに、古い服をいつまでも持っていたので、たくさん捨てるはめになりました。
☆このシリーズを最初から読む方はこちらへ⇒何度も失敗したけど、今も前を見て進んでいます~「ミニマリストへの道」のまとめ(1)
☆この続きはこちら⇒バッグを16個捨てたが全く困らなかった:ミニマリストへの道(64)
タイツなど
タイツと指なし手袋と、もふもふしたソックスも処分しました。カナダに来てしばらくはタイツもはいていました(ジーンズやレギンスの下に)。ですが天然繊維派になったので、タイツはすべて捨てました(パンストはもともとはきません)。それでも生きていられます。
このタイツは、毛玉だらけなので、よそに回すのがためらわれましたが、一応、寄付センターに持ち込みました。
以前、読者の方に、「筆子さん、そんなボロまで寄付してるんですか(あきれた人だよ、この人は)」というメールをいただきましたが、それは日本人だからそう思うのです。
こちらのガレージセールに行くと、もうとんでもないボロでゴミが売られています。
日本の人は全般に身ぎれいすぎるような気がします。
寄付箱
すべてを箱に入れ、
封をして寄付箱を1つ作りました。この頃は、Goodwillという店に何でも持ち込んでいました。
この日23着捨てて、残り44着になりました。まだまだ多かったので、後日、また断捨離しました。
実は、「実際に捨てたものを見たい」というメールをいただいたので、この記事を書きました。参考になるんでしょうか?
私と年齢が近い人は、ノスタルジーを感じるかもしれませんが、若い人は何の感慨もないでしょうね。