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「私は充分ではない」「あれが足りない、これも足りない」。
そんな「足りない気持ち」になったときこそ、自分や社会のためになる考え方や行動をすることができる、と説明するTEDの動画を紹介します。
タイトルは、How to Make the Most Out of Not Having Enough(足りない状況から最大限のものを引き出すには?)
プレゼンターは、行動心理学者のKelly Goldsmith(ケリー・ゴールドスミス)さんです。
足りないと思う気持ちをうまく使うには?
Today, people regularly feel like they don’t have enough – not enough time, not enough money, not enough followers on Instagram. Can these every day experiences of scarcity actually have positive consequences?
今日、人々は、「自分は充分持っていない」と、いつも感じています。
充分、時間がない、お金がない、インスタグラムのフォロワーがいない。
このような、日々の「足りないと思う気持ち」は、ポジティブな結果をもたらしうるのでしょうか?
収録は2019年3月。動画の長さは13分。英語など5ヶ国語の字幕がありますが、日本語の字幕はまだありません。
動画のあとに抄訳を書きます。
☆トランスクリプションはこちら⇒Kelly Goldsmith: How to make the most out of not having enough | Kelly Goldsmith | TEDxNashville | TED Talk
☆TEDの説明はこちら⇒TEDの記事のまとめ(1)ミニマリスト的生き方の参考に
scarcity mindset がテーマのプレゼンです。
scarcity は、欠乏、物資の不足という意味。
当ブログでは、scarcity mindsetのことを「足りないマインド」と呼んでいます。
足りないことは悪いことではない
一緒にパズルを解いてみましょう。
毎日、何かが足りないと感じたとき、その状況をどうやったら最大限に活かせるか、その方法を考えるパズルです。
多くの人は、「何かが足りないことは悪いことだ」と思っています。
ですが、「足りない」という気持ちをばねに、ポジティブな状況、個人としても、社会全体としても恩恵を受けられる状況を作ることができます。
私が、「足りないと思うこと」に興味を持った理由の1つは、いま、私を含めて、多くの人が、たくさんのものにアクセスできるのに、よく「足りない」と口にするからです。
人々が日常、いかに「足りない」とこぼすか、わかっていただくために、会話によく出てくる「足りない状況」を2つ紹介します。
客観的に足りない状況
まず、客観的に見て、足りない状況(objective scarcity)があります。
必要なものが残り少ないことです。
車のガソリン、携帯電話のバッテリーが減っている状態は、客観的に足りない事態です。
何かをするのに、時間が足りない、お金が足りないときもそうです。足りない時間やお金について考えるスペースが脳にない、というのもそうですね。
現在、比較的、ものが豊富な社会ですが、それでも、「足りない状況」になります。
たとえば、私たちはしばしば、「時間が足りない」と感じます。
なぜでしょうか?
時間が足りない理由
1つには、技術が進歩したせいです。
これまでにないほどいろいろなものや機会にアクセスできるようになったため、人は、個人的にも職業的にも、取りこぼしたくない、と思うのです。
私たちは欲しいものは何でも、いつでも買えます。2日後に家まで届けてくれます。この状況のせいで買い物が減ったでしょうか?
答えはノーです。
なんでも、いつでも、どんなデバイスでも見られるようになったせいで、見る量が減ったでしょうか?
ノーです。
働く時間も増えました。以前は、本業を1つやって、生活費を払うことができればOKでした。
しかし、いま、多くの人は、副業をしなければならないと思っています。
手芸が得意なら、Etsyに店を持たねばならないし、気の利いたことが言えるならポッドキャストを始めるべきだし、朝ご飯の写真を撮るのが好きならインスタグラムのインフルエンサーにならねばならない、という具合です。
こうした副業をやる時間が、いったいどこから来るというのでしょう?
主観的に足りない状況
もう1つ、主観的に足りない状況(subjective scarcity)があります。
実際は、ちゃんと持っていて、何の問題もないのに、「充分ではない」と感じることです。
人と比べると、主観的に足りない状況になります。
誰と比べるかで、自分が持っているものが足りないか、足りていないか、大きく変わります。
また、他人の標準や期待、自分で設定するゴールのせいで、足りないと思うことがあります。
何も問題はないのに、何かと比べて、足りないと思うのです。
現代は、主観的に足りないと思うことが増えています。
ツイター、リンクトイン、フェイスブック、インスタグラムは、主観的に足りない終末的な状況を作る、4つの騎手だと思います。
こうしたサービスで、人は、1週7日間、1日24時間、私たちが追いつかなければならないと思ってしまう人の生活を見ています。
私にも経験があります。
クリスマスのとき、自分のエルフ(小人、妖精。この場合はエルフの人形)の飾り付けで、OKだと思っていました。
でも、友人たちが、小さなカップに入ったミルクや、手作りのクッキーとエルフをうまく組み合わせているのを見たとき、自分のエルフがゴミに見えました。
家族旅行で、オハイオのシンシナティに行ったとき、満足していました。友人が、子どもを地中海の貸し切りヨットの旅行に連れて行ったのを見たときまでは。
自分は、「親として不十分」だとがっかりしました。
このように、私たちは、常に、充分ではないと感じていて、ときには本当にそうです。
足りない気持ちがポジティブな結果を生むこともある
足りない気持ちが人の思考と行動にどんな影響を与えるか、リサーチチームを作り、論文を書きました。
多くの発見がありましたが、ここでは、もっとも大事なことを1つだけシェアします。
つまり、足りないと思う気持ちが、ポジティブな結果をもたらすこともある、ということです。。
これがわかってうれしかったです。日々のイライラに希望が見えますから。
足りない状況は制限ではなく、財産やパワフルな動機づけになるかもしれないのです。
足りなかったけど、みな親切だった
まずお伝えしたいのは、人が、「充分ない」と感じるとき、もっと人に親切にできる、ということです。
20代のとき、実際、そういう体験をしました。
2001年に、私は、『サバイバー:アフリカ』というリアリティショーに出演しました。
これは足りない状況に関する実験を見せるテレビ番組です。
何千人もの人が、この番組に応募しますが、出演できるのは16人だけです。
つまり、番組が始まるまえから、席は充分ない状態なのです。
参加が決まったら、食べ物も水も、睡眠時間も足りません。
もっとも大きく欠乏感を抱かせるものは、、勝利者は1人だけ、ということです。
数日間おきに、誰かが、ゲームから脱落します。何万人もの視聴者が見ている前で。
私はシーズン3に出ました。シーズン1とシーズン2を見ていたので、現場では、熾烈な競争と奪い合いがあるのだろうと思っていました。
でも、驚いたことに、みな、とてもお互いに親切でした。
番組では、うまく編集して、親切にしているところなんて見られませんが、現場にあったのは愛情でした。
「足りないこと」について知っている人は、これを聞いて驚くでしょう。
足りないことや競争は、敵対心をもたせ、人を攻撃的にする、と、みな、思っています。
しかし、サバイバーの現場に、それはありませんでした。
みな、協力しあいました。親切でした。だから、私は、不審に思いました。
足りないとき人に親切にできる理由
今になってみると、人々がお互いに親切だった理由が1つ思い当たります。
自分の個人的な成功も失敗も、他の人にかかっているとわかっていたので、私たちはチームとして協力しあったのです。
私たちは、いろいろな場面で、足りない状況になりますが、そんなとき、お互いに親切でいられるのは、勝利をめざしているからです。
勝つためには、協力しあって、ポジティブな人間関係を築き上げる必要があります。
足りない状況になると、人は戦略的になり、前を向くようになります。それはいいことなのです。
学生を使った実験
数年後、学生を使った実験によってこれが正しいとわかりました。
足りない状況にいる学生と、そうでない学生(コントロールグループ、比べるためのグループ)のグループに分けました。
日常よく使うリソースである、砂糖、水、ガソリンのリストを学生に渡し、コントロールグループには、「これで、できること」を1つにつき3つずつリストアップしてもらいました。
砂糖なら、ケーキを作る、紅茶を甘くする、コーヒーを甘くする、という具合です。
足りない状況にするグループには、同じく3つのリソースを伝えましたが、「これがないとできないこと」を3つ出してもらいました。
砂糖なら、やはり、ケーキを作る、紅茶を甘くする、コーヒーを甘くする、というふうになります。
どちらのグループも同じことを書くのです。ですが、コントロールグループの人たちは、リソースは充分な量があると考えます。
足りないと思うようにされたグループは、「充分じゃない」と考えます。
次に、学生なら、体験するよくある状況について考えてもらいました。テスト勉強をしているが、よくわからないので、友達に助けをもとめ、そのおかげで、テストがうまくいく状況です。
助けてくれた友達に感謝の気持ちを表すため、ちょっとしたプレゼントをしたいか、とたずねてみました。
足りないと思っているグループの学生は、もう1つのグループに比べて、かなりプレゼントを出し惜しみしました。
これは、「足りない状況は人を自分勝手にする」という社会通念に一致しています。
しかし、学生たちに、「もしプレゼントをすれば、将来また困ったとき助けてくれる確率があがりますよ」と言ったところ、足りないグループの人も、もっと気前よくプレゼントをします。
自分に見返りがあるかどうかで、足りないと思っている人たちは、自分勝手にもなるし、気前よくもなるのです。
足りないとき、人は自分の身を案じる
足りない状況が、即、人に敵対心をもたせ、攻撃的にするとは言えないのです。
もっと微妙です。
足りないと思うとき、人は、投資に対する見返りについて、より敏感になります。
自分にもっとも利益のあるように、戦略的な決断をするのです。
「これは、よくない」と思う人もいるでしょう。足りないことが、不純な利他主義を生むのですから。
つまり、自分がもらうために与えます。
でも、私はこれが悪いとは思いません。むしろいいことだと思います。自分を大事にするのですから。
特に欠乏という脅威を感じているときは、自分を大事にするのはいいことです。
足りないからウィン・ウィンをめざせる
スティーブン・コヴィーは、「長期的にみると、お互いにとって利益がなかったら、両方とも失うことになる」と言っています。
足りない状況のおかげで、私たちは、ウイン・ウイン(自分の利益が、他人の利益にもなること)になる機会を見つけやすくなります。
日常よくある、足りない状況をいいことに使えるのです。
足りないことが制限である必要はありません。そのおかげで、気前よくなり、文化が向上します。
自分自身をいたわる選択につながります。
それは、個人的にも社会的にもよい結果です。
足りないと思ったら、その感情に気づこう
最初に話したパズルにもどりましょう。
日常生活で、充分ないと感じたとしましょう。ガソリンが減る、銀行の残高が足りない、インスタグラムのフォロワーが減った、など。
そんなとき、ちょっと立ち止まって、自分がどんなふうに感じているのか、考えてください。
それは、居心地の悪さであり、恐怖ですらあるでしょう。
その気持ちを、行動を起こすきっかけにしてください。制限に感じることをモチベーションに変えるのです。
「大事なのは人間関係だ」と思い出させるきっかけにし、自分のリソースや時間をどんなふうに配分するか考えてください。
自分をいたわるのに、他人の許可は必要ありません。
みなさんは、必要なものはたいてい持っているでしょう。そんなとき、「ずっと居心地よくいたい」と思うものです。
けれども、ハングリーでいること(渇望した状態でいること)の利益を知ってほしいのです。自分だけでなく、自分の周囲の人の利益です。
「足りない」と思っている人は、ウイン・ウインになれる機会を見つけるときが、ベストの状態なのです。
お互いに満たされれば、パイは大きくなります。自分だけでなく、皆が利益を得るのです。
もし「充分ある」、と感じるなら、もう少し負荷をかけられないか考えてください。もっとできないだろうか? よりよくなれないだろうか?
あなたがハードルをあげて、もっと何かを得ようとすれば、ほかの人のためになるのではないでしょうか?
この地球上で、私たちは皆、次第に少なくなっていく時間を使っています。みなが同じゲームをしているのなら、一緒に勝利できるようプレイしましょう。
//// 抄訳ここまで ////
単語の意味など
side hustle 副業
Etsy 手芸、古物、その他いろいろな物を販売するサイト。出店そのものは無料。誰でも販売できます。
horseman 騎手
empirical 経験/実験による
call to action コール・トゥ・アクション
具体的な行動を呼ぶもの、きっかけ
Stephen Covey スティーブン・コヴィー
『7つの習慣』を書いた人
この本に「パイが足りない、有限だ」と思うと奪い合いになる話は出てきます。こちらの記事でも説明しています⇒こんな考え方が貧乏を引き寄せる。お金がたまらない恐怖のマインドとは?
足りないことに関するほかのプレゼン
少ないほうが幸せ。なんでも多ければいいという考え方が人を不幸にする(TED)
物が少ないメリット:足りないからこそクリエイティブになれる(TED)
足りない気持ちにふりまわされない
いま、新型コロナウイルスの流行のせいで、日々、「足りない気持ち」になっている人が多いと思います。
マスクが足りない、消毒剤が足りない、トイレットペーパーが足りない、食べ物が足りない、お金が足りない。
個人レベルでも起こっているし、自治体や国レベルでも起こっています。
ニュースをみれば、リーダーたちが、足りない、足りないと言っています。
医療現場では本当に、マスクや手袋、ベンチレーター(人工呼吸器)が足りていません(これは、客観的に足りない状況)。
こういう危機的な状況のとき、人間の悪い面とよい面がはっきり出ます。
マスクや医薬品を買い占めて高額で売る人がいるし、スーパーでトイレットペーパーや食品を思いきり買い占める人がいます。
これだけ連日ニュースになっているのに、3月に感染の多い地域に旅行して(仕事でなく遊び)、帰国後、家で大人しくせず、人の集まりに出て積極的に感染を広げる人もいます。
お花見を止められて、怒鳴るおじさんもいます。
その一方で、医療現場で、状況がタイトな中、必死で患者の治療をする人もいれば、多くの人が家でのんびりNetflixを見ているあいだ、食料品店で、店を消毒しまくりながら、働いている人もいます。
ホームレスの人たちに、注意喚起したり、感染のテストをしてまわっている人もいます(CNNで見ました)。
オンラインで注文された商品を、朝から晩まで車で届けている人もいます。
1人暮らしのお年寄りに、ボランティアで食品を運んでいる人もいます。
カナダでは(たぶん他の国も)、街工場の人たちが、ふだん自分たちが作っていないマスクや、医療器具を作りはじめ、「原価だけ回収できればいいから」と言っています。
同じ人間なのに、一方は社会的にネガティブな行動をし、もう一方はポジティブな行動をします。
この差は、何なのか?
その理由の1つは、「足りない気持ち」にふりまわされるか、ふりまわされないかの違いではないでしょうか?
「足りない気持ち」にふりまわされなければ、自分にも他人にもよい行動ができるのです。
*****
追記1:プレゼンに出てきた学生を使った実験、興味深いですね。
同じものをつかっても、「これでできること」を考えると、「大丈夫だ」と思え、「これがないとできないこと」を考えると、足りないマインドになってしまうのです。
ものの見方は本当に重要です。
追記2:現在の状況は、自分の身を守ろうとすることが、社会的な利益に結びつく事態だと思います。
日本はまだ感染も制限も少ないのでピンと来ないかもしれませんが。
「感染することより、経済的な死のほうが怖い」という人もいますが、医療システムが崩壊するほうが怖いです。
ほかの病気で治療が必要な人もたくさんいるのですから。
新型コロナウイルスに感染して病院で亡くなる人は、1人ぼっちで(家族とは離れて)死ななければなりません。
そういう人は1人でも少ないほうがいいです。
こんな時だからこそ、ウイン・ウインをめざしたい、と私は考えています。